その日、夢を見た。はじめてマリアと枕を並べて眠った日の夜のこと。
「マリアを、お願いします」
そう頭を下げたのは、穏やかな表情の青年。黒髪で、右目は前髪で覆われていて、みえる左目は灰色だった。目の前に立つ彼は隣で寝ているはずのマリアと目元がよく似ていて。ああ、こいつが「アレルヤ」なのかってすぐに分かった。
「ノエルは無事そっちに着いたか?」と聞いてやれば、「今は眠ってます」と彼は困ったような笑顔で言ってみせた。「あの子は強がっててもすぐに泣いちゃう子だから。この数年はあんまり眠ってなかったみたいなんです」と。
そのとき分かった。ノエルが「アレルヤ」に惚れたわけ。「アレルヤ」がノエルを誰よりも愛しているということ。
「別にいいぜ?今の俺にとって、こいつは俺の生きる意味だ」
あの後、マリアを引き取ることを決めた。「同じ」にはさせない。自分と同じになどさせるものか。その思いが、気づけば彼女を引き取って自分が育てるという決断をさせ、諸々の手続きを終わらせて今に至っている。幸いマリアもライルには懐いていたし、彼女は彼女で母親の死を受け入れようと頑張っているのが見て取れる。けれど、まだマリアは幼い。「誰か」を必要としている。その「誰か」が現れるまで、自分がマリアの「誰か」になってやる。そう、決めた。それが、いつからか自分の「誰か」になっていたノエルがいなくなった今、自分の生きる意味になっていて。
「それより悪いな、お前の大事な女寝取っちまって。胸中、穏やかじゃねえだろ?」
肩を竦めながら言ってやれば、アレルヤは口調自体は変えないものの先ほどとは全く違う感情を込めた言葉を投げかけてくる。
「そうですね、正直腸煮えくり返って今すぐにでも貴方を殴り倒したいくらいです」
「おー怖い怖い。…じゃあ殴られないように暫くこっちにいなくちゃな」
「僕はこうみえても執念深いですから、どんなに遅くなっても絶対殴りますからね」
「肝に銘じとくよ」
でもこんな世界で生きるんだ、いつ死んでもいいって思っていたが、お前らがマリア置いてったせいでそれが出来なくなっちまったからな。責任、取れよ?
そう笑って言ってやれば、「いつか、必ず」とアレルヤは頷いた。その力強い言葉に、なんとなく安堵感を覚えて、ニールによろしくなと片手を上げた。
それと同時に、覚醒する。徐々に鮮明さを取り戻していく視界いっぱいに見慣れた天井が映って、そのまま上半身を起こしながら時計を確認すれば少し起きるには早い時刻だった。隣で小さく寝息を立てるマリアの髪を起こさないように撫でて、先ほどまでのことを思い出す。あれは、夢?いや、違う。あいつは、ちゃんと自分の娘を託していった。
ひとつ息を吐きながら、ライルはマリアの寝顔を見つめた。
「今思えば、俺はお前がノエルの中にいるときから知ってんだよな」
偶然か、それとも必然か。むしろ、ニールがそうなるように運命を操ったか。何となく、奴ならやりかねない。笑いながら「姪っ子頼むぜ」と、軽く“お願い”されそうだ。…お願い、されることが多くなったな。
「分かったよ、ニール」
俺は、俺にしか出来ないことを、こっちの世界でやるまでだ。俺が命を賭けて面倒見てやる。だからお前らは上から指咥えて見てやがれ。
「俺が、お前らの遺したモノを見届けてやるよ」
空に向かって投げたこの声は、あいつらに聞こえただろうか(きっと、聞いてくれている)。
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