いつかみたゆめ、いつかくるとき


ニール兄がいなくなって、アレルヤもいなくなった。ソレスタルビーイングが崩壊して、帰る場所がなくなった。もう、皆のところにいっちゃおうか・って思ったとき、マリアがお腹にいるって知った。今ここで私が皆のところにいっちゃったら、この子はどうなるの?って思ったら、まだ会いにいけないって思った。
まだ、行けないの。ごめんねアレルヤ。もうちょっと待っててね。全部終わったら、会いに行くから。だから、ね。



約束、したのに。

たとえそれが一方的な約束であっても、自分にとっては誓いに近かった。今の自分に残された生きる意味は、彼の忘れ形見であるマリアただひとりだ。あの子を残して死ねない。絶対に、ここから離れちゃいけない。そう思って。心に誓っていたのに。

なんで、邪魔するの?

目の前が赤い。周りは暗いのに、その色だけがいやに鮮明に見えた。全身が重い。痛いというより身体に力が入らなくて、ああもう全部麻痺しちゃってるんだなって冷静に思った。ぴちゃりと頬に何か温かくて冷たいものが触れる。それが自分の身体から流れ出した血だと、身体から失われている血だと気づいて、一刻と一刻と近づく死に絶対的な恐怖を感じた。


マリア、マリアは。私のマリア。アレルヤの、マリア。あの子、私がいなくなったらどうするの?まだ小さいのに。泣いちゃうよ。いつも私に気を遣って笑ってるけど、本当はずっと寂しい思いをさせてる。
まだ、私は死ねないんだよ。ここで、この世界であの子を守らなきゃ。約束、したんだよ?私はまだ頑張らなきゃならないのに。

つうっと感覚の失せたはずの頬に何かが伝うのを感じた。起き上がろうと身体を必死に動かす。それでもほんの少しだけ指先が動いただけだった。なんて私は無力なんだろう。頑張らなきゃ。もっと、頑張らなきゃ。頑張らなきゃ。

「もう、頑張らなくていいんだよ」

耳元で囁かれたように、柔らかな、優しい声がそこに響いた。懐かしい声。大好きな声。大好きな人の、声。ずっとずっと、会いたくて会いたくてたまらなかった人の、声。

「アレルヤ…?」

もう頭を起こす力もない。けれど、不思議とそちらを見上げている自分がいる。膝をついて、そっと頭を撫でてくれている。優しい人。優しい手。優しい笑顔。記憶と寸分も違わない彼が、そこにいた。

「うん、ごめんね。先に逝っちゃって。それからありがとう。ずっと見てたよ」

頭を撫でてくれていた手が頬へと添えられ、そのまま冷たい身体を起こされて抱きしめられた。彼の温かい体温が全身に伝わって、脈打つ心臓の鼓動も自分のそれと同化する。鼓動が同化することで、自分のそれがもう動くのをやめようとしていることに気づいた。瞬間、あの子の姿が蘇る。小さな存在。笑ってる、あの子の姿。

「ロックオンも向こうで待ってるから」

だから、と続けようとしたアレルヤの言葉をノエルは制する。まだ駄目!とアレルヤの腕の中で叫んだ。

「駄目なの、マリアがまだ…!」

私はまだ死ねない!
そう叫ぶノエルに、アレルヤは一瞬瞳を翳らせる。ずっと見ていたから知っている。彼女がひとりでマリアを産んで、ひとりで育てて、ずっとずっと頑張っていたこと。誰よりも、娘を愛していること。だから、彼女の気持ちは痛いくらい分かる。娘にとってもまだ、母親は必要だ。でもね、ノエル。もう、いいんだよ。

「うん、知ってる。でも大丈夫。あの子は強い子だよ。だって、ノエルが頑張って育ててくれたんだもの。強くて、優しい子だよ」
「でも…!」
「ロックオンが言ってた。あいつはちゃんとマリアを見てくれるって。本当は俺なんかよりずっと面倒見が良い奴なんだって」

ノエルがこっちに来るって知ったとき、どうしたらいいかわらかなくなっていた自分を宥めるように彼は言ってくれた。後のことは俺の片割れがちゃんとしてくれるから、お前はノエルを迎えに行ってやれって。だから僕は安心してるんだよ。きっと大丈夫だって。あの子は、僕たちの娘は、強く生きてくれるって。

「…ライル兄の、こと?」
「うん。…だからね、ノエル。…もう、いいんだよ」

昔から、アレルヤに「大丈夫」って言ってもらえるのが一番安心できた。絶対大丈夫って思える、そんな力を彼の「大丈夫」は持っている。「頑張ったね」ってアレルヤに言ってもらえるのが一番嬉しい。素直に、頑張ったんだよって言える。だから、ね。

「頑張ったね」

大好きだったその言葉に、ノエルはただ頷いてそっと目を閉じた。


prev...top...next