偶には甘えさせて

虚圏に太陽は昇らない。常時空に浮かんでいるのは月のみ。だから日中や夜間などといった感覚を空から察することはできないのだが、一応24時間を一日とする時間間隔は存在していて、凪がどこかからか持ち込んだ時計の針が今は夕方であることを示していた。
いつもなら食事時。グリムジョーは虚圏にいる大虚や破面を捕食しに行くか、凪が食べる食事を一緒に摂るか、その時の気分や空腹具合でどうするか決めている。虚を食べることで己の力にもなるのだ、捕食することはやめないしずっと続けるだろう。

「おう、凪」

昼過ぎから珍しく自室に篭っている凪に対し、乱暴に扉を叩きながら声をかける。自室といってもそこは普段はほぼ物置と化していて、凪が現世や尸魂界から取り寄せたという本がたくさん並んでいる。主にふたりで過ごす大部屋に彼女はいるため、凪が自室にいること自体珍しく、そこを訪ねることすら久しぶりな気がした。
開けるぞ、と扉を開ければ、部屋の隅に置かれた少し小さめのソファで丸くなったまま彼女は眠っていた。グリムジョーの声に気づかず眠り続ける凪のそばに近づくが、彼女が目を覚ます様子はない。微かに胸元が上下していることから呼吸はちゃんとしていて、本当に静かに眠っているだけだということがうかがえる。

十年以上前のことになるが、凪は力を失いかけてずっと眠り続けていたことがある。あの時を思い出して、少しざらりとしたいやな感触が胸の奥に感じた。

今は彼女も力を取り戻し自分と匹敵するくらいには強い。死神でここまで強い女はなかなかいないと思う。今は停戦状態であるしわざわざ死神と争う理由もないため虚圏で凪と穏やかに過ごせているがそんな日もいつまで続くのか(元来破壊することが自分の生まれ持ったさだめだ)。

「凪」

そっとその頬に触れる。柔らかな頬からいつもより高い体温が指先から伝わってきた。もともと体温は低いはずなのに、と少しの違和感を覚えていたらグリムジョーの気配に気付いたのか、凪の瞼がぴくりと動いてゆっくり瞳を開いた。ぼぅっとした表情でこちらを見つめてくる凪に、グリムジョーはいつまで寝てんだよと呆れたように言葉を投げた。

「てめえ最近寝てばっかだな」

ため息混じりに素直に感想を述べれば、凪は目を擦りながら、無性に眠いのよね…とあくびをしながら言った。身体を起こしながらひとつ伸びをした凪は、お腹空いたな、と呟く。まさに食事の時間だからここに来たのだ。どうするか聞くまでもなかった。

「グリムジョー、外に食べにいく?」
「今日はここで食う」

外に食べに行くのは虚を捕食するということ。ここで食べるというのは凪と同じものを食べるということ。わかった、と凪は言ったかと思うとグリムジョーの腰に腕を伸ばして自分の身体を彼に預けた。あん?とグリムジョーは凪の頭を少し乱暴に撫でながらどうしたと問う。まだ眠いと甘えるように言ってくる。なんとも珍しい。へえ、とグリムジョーは笑い、彼女の身体を抱き上げた。

「飯調達してくるからここで寝んな」

見えるところにいろ、と耳元で呟けば、凪は素直に頷いた。素直すぎて少しどころか拍子抜けしてしまうがたまにはいいだろう。いつもの部屋に戻りながら、どこから凪の食べ物を調達するのが面倒ではないか頭の中で考えを巡らせた。

(20221006)