やわらかいまなざしがいたい

「カフェインとやらは摂らない方がいいんだろう?」

そう言って白湯の入ったティーカップを差し出してきたハリベルに、凪はありがとうと答えながらそれを受け取った。
腹に子が宿ったとわかって、らしくないと思いながらもグリムジョーに告げた後逃げるように駆け込んだ先はハリベルの宮だった。凪の様子に何かを察したのか、落ち着くように宥めてくれたハリベルに、グリムジョーの子ができたと震える声で告げるには時間はかからなかった。何かあったとは察していたがその予想の上をいったのだろう、少し驚いたように目を瞠り、ハリベルはそうかと小さく頷いた。そして手を引かれるままにソファに誘導され、今日は冷えるからと温かい白湯を淹れてくれたのだ。凪は好きな紅茶も飲めない身体になったのか、と透明な湯を眺めながらぼんやり思う。

「グリムジョーは?」
「誰の子かって聞かれたわ。無理もないわよね。死神と虚の間に子ができるなんて、誰も予想できないもの」

自嘲を零しながら、先ほどまでのグリムジョーとの会話を反芻する。あんたしかいないと答えて半ば無理やり飛び出してきたが(別にその言葉がショックだったとかそういうことではない。その場の空気に居た堪れなくなっただけなのだ)、こういう時自分を受け入れてくれて最適な解をくれるのは虚圏ではハリベルだという確証がなぜかあって。慰めてほしいのか、落ち着かせてほしいのか、自分が今何を求めているかも正直わからない。それほどまでまだ混乱している。

「虚も子を作ろうと思えば作れる」

凪の隣に座ったハリベルは落ち着いた声音でそう呟いた。

「虚同士で子は作れるし、珍しいが虚圏には破面の一族も存在している。だから、グリムジョーもお前も生殖機能があるなら子ができても不思議ではない」

冷静な彼女の言葉に、そうなの?と凪は問い返す。虚同士で子が作れるなんて初耳だったし、グリムジョーもそんなこと言っていなかった。死神同士で子は作れるが、自分達には種族の壁がある。現実的に不可能だと思っていたし今だってそう思っている。しかし、虚圏でふたり暮らし始めてからグリムジョー以外と身体を重ねた相手などいないし、逆をいえばグリムジョーしか心当たりはない。

「元を辿れば我々は人間だ。霊子で構成された者同士なのだから、子ができても不思議ではない」

ハリベルは言いながら目を伏して、ただ、と彼女は自分の下腹部に手を当てる。

「子が育つ器官を有していれば、だ。私はそこに孔があるから望めない」

虚の孔は身体のどこかにある。ハリベルは下腹部、それは子宮がある位置に空いていた。
望めない、という彼女の言葉は凪の心に引っかかった。ハリベルは子どもが好きだ。虚圏にいるピカロの子達や子ども型の破面を可愛がっているし、穏健派の彼女にピカロたちも懐いている。子を宿す子宮をもたない彼女は自分の子孫は残せない。だからこそ子供が好きなのか、特別な感情を抱いているのか、と彼女の本心はわからないけれどそんなことが凪の頭によぎった。

「凪はどうしたいんだ」
「…わからない」

ティーカップをサイドテーブルに置いて(白湯は結局一口も飲まなかった)腹を抱えるように自分に腕を回してから凪は答える。本当にわからないのだ。子ができたとわかってまだ時間が経っていないということと、この事態を信じることができていないということと、…グリムジョーともちゃんと話ができていない。宮を飛び出してここに駆け込むよりまずグリムジョーと話をしなければならないのに。何故かそれがらしくないけどとても怖くて。なぜ怖いのかわからないけど居た堪れなくて。縋った先がハリベルだったのだ。

「あいつは粗暴だが、お前のことはとりわけ大切にしているから余計なことは言わないと思うが」

そんな前置きをハリベルはした上で、凪の肩に手を置いた。そっと添えられたその掌は衣服越しでもあたたかさを感じられて。思わず顔を上げた凪に、口元は隠されているけど安心させるように少しハリベルは笑ってくれた気がした。

「グリムジョーの子である前に、凪の子であることは間違いない。お前がしたいようにすればいい」

私の子、と口の中で唱えれば、そうだとハリベルは頷いた。グリムジョーの子だということで頭がいっぱいだったけれど、自分の中に宿った命だ、自分の子であることは間違いないし、私の子だ。たとえグリムジョーが望んでいなくても、酷いことを言ったとしても、私の子であることに変わりはない。
…まだ、自分の中でも答えは出ていないけれど。

「グリムジョーが迎えにくるぞ。あたたかくして帰れ」

遠巻きから見守っていたのだろう、三獣神のひとり、アパッチが少し気まずそうな様子を見せながらもハリベルに何か言いつけられて何かを持ってやってくる。それは砂漠の土地である虚圏には必須のマント。白くて大きいマントですっぽりと凪の身体を包んだハリベルは、少し首を傾げながら「帰りたくないからここにいていいが」と提案してくれる。どんどんグリムジョーの霊圧が近づいてくる。それに少し畏怖めいたものを感じるが、凪は小さく首を横に振った。

「ありがとう。…帰るわ。ちゃんと話さなきゃだし」

マントを胸元で合わせてそっと立ち上がる。ここにきてよかった。本当に短い時間だったけれど、ハリベルに言われて大事なことに気づくことができた。
この子は、私の子。
だから、ちゃんと、最後は私が責任を取る。


ありがとう、ともう一度ハリベルに告げれば、彼女は何かを察したのか、ゆっくり考えればいいと言ってくれた。彼女はなんでも見透かしてしまうようだ。凪は力なく笑って、すぐそばまで来ているグリムジョーの元に向かうべく部屋を出た。


(20221121)