パパラチア

「あれ?凪と一緒じゃないの?」

扉を開けざまの第一声がそれかよ・と、ネリエルに凪から託されていた紙袋を投げるように押しつけてやれば、わ!と声を上げながらもネリエルはそれをしっかりと受け止め、現世の食糧ね!と嬉しそうに声を上げた。何もらってきてくれたのかな、と声を弾ませ袋を覗き込むネリエルを前に、大袈裟にため息を吐いてみせる。何で俺はこんなことしてるんだか。


話は少し遡る。
現世から戻ってすぐふたりでネガル遺跡まで出向いて鍛錬をし、適度なところで切り上げて宮に戻ってから揃って湯浴みをした(あちぃから水浴びでいいのだが、水浴びは凪が嫌がる。寒いらしい)。ここまではいつも通り。
しかし今日は、現世から調達してきたものを片付けていた凪が、それらを虚圏で交流のある住人たちに届けに行くと言い出したのだ。そんなもん後にして俺の相手をしろと寝室に引き摺り込もうとしたら、あの女、気分じゃないと秒速で拒否してきた挙句、「あんたはネルのところに持って行って。私アウラのところに行くから」と袋を勝手に押し付けて自分はさっさと宮を出て虚圏の端に住む人間の女のところに行ってしまった。凪は一度決めたら行動が早い。明日でもいいだろうにと思うが、宮から消えた彼女を追うのももう面倒だった。
というよりも、ネリエルのところに食糧を持っていくこと。凪から一方的に頼まれただけで承諾もしていないので無視することもできたが、何もせず宮にいたことがバレたら後々恐ろしい。浦原が作ったあの忌々しい音がする装置を耳元で鳴らされでもしたら不愉快極まりないので、渋々凪に言われた通りネリエルの宮にそれを届けに行くことにしたのだった。

「グリムジョー、凪と一緒じゃなくても行動できるのね」
「ガキ扱いすんじゃねえ。あいつはあの人間の女んとこ行ってんだよ」
「アウラね」

叫谷での戦いで人間として死を迎え、魂魄のみとなったアウラが虚圏に移り住んで10年程経っただろうか。やりたいことが見つかるまで虚圏にいたらいい、というネリエルの提案を受け入れた彼女は今も虚圏の片隅で破面たちと交流を持ち静かに暮らしている。ハリベルとネリエルが彼女の存在を公認しているので、他の破面もアウラに手を出さない。そしてアウラと交流をもっているのは彼女たちだけではない、凪もだ。いつか彼女が成仏したくなったら魂葬するのは自分の役目だと凪は言っていた。それで改めて凪が死神なのだと再認識したのだが(正直あいつが死神だってことは今更どうでもいい)。

「じゃあ俺は帰るぜ」

用は済んだ。まだ凪も宮には戻っていないだろうからアウラのところまで迎えに行くか、と踵を返した時だった。

「待って。凪、アウラのところに行ってるなら戻るまでまだ時間あるでしょ」
「あ?」

時間があるとかないとかではなく、ここに長居する必要がないから帰るのだが。なんだよ、とネリエルを見下ろしながら睨めば、それに臆することなく彼女は口を開く。

「ハリベルから聞いたけど、グリムジョーと凪、つがいとして管理してもらうようにしたんだって?」

はあ?と反射的に声が出た。一瞬何のことかわからなかったが、少し前、ハリベルが虚圏の住人たちの情報をまとめて管理すると言っていたことを思い出した。あの時、自分と凪は一緒に情報を管理した方がいいとの彼女の提案に凪が承諾し、関係性をどう記すかと問われ、つがいと書いとけと答えたのは自分だった。

別にそれはなにも特殊なことではない。凪とは前々から行動を共にしているし、今後も共に生き続けることは変わらない。関係性を改めて示せと言われたので、わかりやすくつがいと答えただけだ(以前からも関係を聞かれたらそう答えていたし凪も否定していない)。だからネリエルもそれは承知の上だろうし今更確認される道理がよくわからなかった。

「だったらなんだよ」
「あのね。凪とつがいって言うなら凪に指輪のひとつくらい贈りなさいよ」
「あ?」

渡した紙袋はいつの間にか彼女の従属官(顔がでかい方だ)が部屋の奥に運んで行っていた。両手が空いたネリエルは腕を組んで、「知らないの?」とグリムジョーを見上げて言い募る。

「現世や尸魂界の風習よ。つがいは左の薬指にお揃いの指輪をはめるのよ。一護と織姫もしてるでしょ」

黒崎の名前を出され、最近見た黒崎の姿が脳裏に過ぎる。いつか凪を現世に迎えに行った時に鉢合わせたのだ。確かに、あの時会った黒崎は以前闘った時には身に付けていなかった指輪をしていた(どの指につけていたかまでは覚えていないが)。その腕には馬鹿でかい霊圧を放つ黒崎のガキもいたが、そいつは指になにもつけておらず、黒崎の隣にいた織姫が黒崎と同じ指輪をしていたのだけは覚えている。あれはつがいだと示すものだったのか、とネリエルに言われてはじめて合点がいった。

「自分のつがいになってください、て相手に申し込むときに渡すのよ」

そう言って彼女は、ペッシェ!と部屋の奥にいだもうひとりの従属官を呼ぶ。ハ!!と素早い動きで現れた従属官(今度は細い方だ)は、何か薄いものをネリエルに手渡したかと思うと、ネリエルが受け取り様にそれをグリムジョーの眼前に突きつけてきた。

「…何だこりゃ」
「指輪のカタログ。現世から取り寄せたの」

凪もたまに読んでいる雑誌というやつの仲間だろうか。薄い紙の束を開いて見せつけられているが、そこにはいくつもの指輪の写真が並べられてた。

「凪にはいつも現世と尸魂界から色々調達してもらってるし、御礼がしたいのよ」
「礼をしたいなら勝手にやれよ、俺を巻き込むんじゃねえ」

そもそも興味ねえ、と目の前のカタログというやつを手で払えば、そうじゃないの!とネリエルは目を吊り上げる。いきなりネリエルの声量が上がったので、思わず動きが止まった。虚を突かれたというやつだ。

「グリムジョーが興味あるとかないとかじゃないの!女の子は指輪に憧れるものなの!」

あなたのことだからロマンチックなプロポーズもしてないんでしょどうせ!と捲し立てられる。ネリエルが使う現世かぶれの言葉の意味はよくわからなかったが、とにかくつがいになるにはそれ相応のシチュエーションとやらで正式に相手に申し込んで承諾を得るのが習わしなのだと力説された。
黙っていれば彼女は次から次へと文句を連ねて、あなたが勝手につがいだって言い始めたんだから、せめて指輪くらい贈りなさい!と、再び眼前にカタログを突きつけてきた。

「凪もあなたから指輪をもらえれば嬉しいでしょ。凪に喜んでもらえるようにするのが私からの御礼なの」

私が現世から調達するから、あなたは届いたら凪にちゃんと渡してあげて!

押し付けられたカタログを反射的に受け取れば、言いたいことは全部言ったと言いたげなネリエルの様子に半ば圧倒されている自分がいた。なんとなく居心地が悪いまま「あいつがそんなので喜ぶかあ?」と反論を零せば、喜ぶに決まってるでしょ!とさらに圧をかけられる。

「分かったら入って。カタログいっぱいあるからさっさと凪に似合いそうな指輪を選ぶ!」

扉を大きく開いて中に入るよう促してくるネリエルに、めんどくせえ・と吐き捨てれば、グリムジョー!と思いっきり咎められた。…拒否する選択肢はないらしい。頭を掻きながら、わーったよ!とネリエルに降参の意を伝えれば、ネリエルは嬉しそうに(なんでこいつが嬉しそうにすんだよ)、凪は色白さんだから、ゴールドでもプラチナでも似合うと思うのよねー!とカタログとやらのページをパラパラ捲り始めた。
諦めて部屋に入ろうかと思った時、何気なく受け取ったままになっていたカタログに目が止まった。シルバーやらゴールドやらがベースとなった指輪の写真。それに石がついているもの、なにもないもの、様々なものが載っている。正直どれも同じに見えて目が滑っていた時だった。その中の一番端にひっそりと描かれていたそれに、思わず目が止まる。どれが凪に似合うかしら、と部屋の奥に戻りながらカタログを眺めていたネリエルを、おい・と呼び止めた。

「これだ」

指でトントンとそれを示してからネリエルにカタログを投げ返す。咄嗟のことに、わ!と声を上げつつもしっかりとそれを受け取った彼女は、先程グリムジョーが示した指輪の写真をまじまじと見て、「珍しいけど素敵ね」と頷いた。

「凪の指のサイズだけど、私とそんなに変わらないよね?」

再び近づいてきたネリエルがグリムジョーの眼前でひらひらと左手を振る。この指よ、と右の人差し指でネリエルは自分の左の薬指を指した。
ネリエルの指と、何度も触れて絡めた凪の指を目で比べる。少し目を細め記憶を辿ってネリエルの指に凪のそれを重ねてみた。

「てめえよりひとまわり細え」
「…さすがね。了解」

準備できたら届けるわね、それまで凪には内緒よ!と言う彼女に返事をせず、もう話は終わったとグリムジョーは今度こそ踵を返した。居心地が悪くて仕方がない。その背にネリエルが思い出したかのように「あなたのサイズは?」と声を投げてきた。もうこれ以上むず痒いやりとりはごめんだ。

「適当に選べや」

ちらりとネリエルに視線を送りながら言い捨てると同時に響転でその場を去る。遠くの方で、まったく、とため息をつく音と、楽しみにしててねー!と楽しそうに叫ぶネリエルの声が耳に飛び込んできた。


(20220621)