I, and my body


「あと1時間くらいでミディールに着くぜ。着いたらすぐクラウドの捜索だから準備しとけよ」


朝早く起きて服を整え、ヴィンセントは先に部屋を去っていった。
少し名残惜しい気持ちを抑えて軽くシャワーを浴びコックピットへ出ると、皆はもう揃って待っていて、舵を切るシドがわたしにそう告げた。ティファは部屋から出てこないようで、バレットやユフィ、ケット・シーが代わる代わる今までのことを説明してくれている。バレットやティファも捕らえられて、昨日救出されたばかりなのだと話した。


「ユフィ、疲れてるなとは思ってたけど。朝から大変だったのね」
「そーそー…ま、ユリアのことはほとんど何もしてないけどね…」


一晩休んですっかり元気になったのかと思えば、いまだ体調が悪そうにしているユフィは疲れよりもむしろ船酔いがひどいようで、時折紙袋に向かって顔を突っ込んでいる。背中を摩ってやりながら聞いた話を思い返した。


「…神羅のこともメテオのことも、ウェポンのこともどうにかしなきゃいけないわけね」


とはいえ、メテオやウェポンをどうにかしようとしているのは神羅も同じ。
これから神羅がどう動くのかは知れないけれど、おそらく神羅側もまだ決め切れていないのだろうし、どちらにしたってこれからのことを、そしてなによりもティファのことを思えばクラウドの捜索を優先すべきだというのは全会一致のことがらだった。


気分が悪いというユフィが少しでも外を眺めて落ち着きたいのだと甲板の方へ消えた頃、ケット・シーへと歩み寄って外へと連れ出した。彼も何を話したいのか分かっているようで、わたしの言葉に二つ返事で頷いて、デブモーグリを操ってのそのそとわたしの後ろをついてくる。


少し離れた廊下へ出ると、人通りの少ないそこに細長い蛍光灯が無機質に光っていた。周囲を見渡すけれど誰もおらず、奥に見える部屋も今は空室のようで、今のうちに内緒話は済ませてしまおうと前置きなしに話を切り出した。


「わたしのこと、聞いてもいい?」
「そんなことやろ、思ってました。もちろんです」
「…ああ、でも、そのまえに」
「?」
「ありがとう。ええと、リーブ?」


ケット・シーは驚いたように口をぽかんと開けている。
リーブ・トゥエスティ。神羅カンパニー都市開発部門統括。見覚えのないと思っていた男の姿はけれど、あの後落ち着いて思い出せば全く知らない顔ではなかった。都市開発部門の人は神羅カンパニーの人間には珍しく、テロや問題がなくともスラムの視察によくきていたし、そのパンフレットも見たことがあった。その中にあの時助けに来た男の顔があったのを思い出したのは今朝のことだったけれど。


そもそも会議の盗聴で今回の救出作戦をしたりと上役の会議の内容を知っていなければ動けないようなことをやっている以上正体も限られる。あの時は思考もまともに動いてなくて気付かなかったけれど、彼がケット・シーでなければあそこまでタイミングよく救出にくるのも難しかっただろうと思う。


——と、いろいろ推理をしてみたけれど。
否定する様子もなく、別に今更隠し通すつもりもないのだろうケット・シーに向かって話し続ける。


「助けにきてくれてよかった。1週間?ずっと痛くて…苦しかったから」
「…あの魔晄には『不純物』が混ざっとるんやて、宝条の部下の男から聞きました。…ジェノバ細胞の一部を混ぜ込むことで、ユリアはんの力を抑えられる、と」
「そう、なんだ」


どうやってかはわからないけれどライフストリームの力を借りて存在を保つわたしの体は、セフィロスを前にしたときに強い痛みをもたらした。不純物の混ざるライフストリームはわたしの体と「馴染まない」ようだ。宝条は天才科学者だというから、そのくらいのことにはすぐに気がついただろう。なるほど、と肯くわたしに、どこか痛ましげな表情を浮かべながらケット・シーが話し続ける。


「…ユリアはんの体はライフストリームが…詳しいことはようわからんけど、とにかく何か不可思議な変質を起こして体を作っとります。だから体から離れた一部は…例えば肝臓は、体から切り離されて1時間ほどで元のライフストリームに戻ってしもたって、聞きました」
「…なかなか激しい人体実験を受けてたんだな、わたしは」


ケット・シーは本当に話したくなさそうだった。
わたしはといえば、あの時の痛みはそれが原因かとむしろスッキリしたような気持ちだったけれど、目の前のぬいぐるみは落ち込んだように耳をふにゃりと下げて俯いている。


「…実験で、分かったこととか、知ってたりする?」
「まだ実験は始まったばかりで分かっとらんことも多いみたいやけど…存在は古代種とも人間とも違っていて、生殖機能はなく、魔晄の調整で細胞の維持はなんとかできても分裂は不可能、つまり繁殖は絶望的、と…」
「…やっぱり」


ケット・シーが告げる事実に、昨日ヴィンセントに告げた言葉を思い出していた。すでに死したこの身体はきっともう、新しい命は生み出せないと、誰に言われずともそう直感したことは、やはり間違ってはいなかったのだと。だから特に驚きはなくて、ただ、ケット・シーから今までに聞いたことのない難しい言葉がたくさん飛び出てくるのが、なんだかおかしかった。


「ありがとう。自分のこと、知れてよかった。クラウド探さないとね」
「ユリア、はん…」
「ケット・シーは何もしてないんだから落ち込まないでよ。それに、まあちょっと痛かったけど、調べてもらえてよかったよ。わたしはこの世界で、わたしのこと、何も知らなかったから」


嘘はついていない。ケット・シーが悲しむことは何もないのだと、わたしは心から思っている。あの時一瞬だけ見たあの優しげな男性の顔が脳裏を過ぎった——きっと、神羅カンパニーで働くには優しすぎる人。


無意識に、ケット・シーに手を伸ばしていた。
このぬいぐるみはあまり表情のバリエーションがないけれど、それでも頭を撫でると少し表情が安らかになるのを知っていた。中に誰がいるのか知った今、少し失礼かなとも思ったけれど、撫でてやるとやっぱり少し安心した風に見えたので、構わずに撫で続ける。


「神羅カンパニーの中で一人で戦ってくれたんだね。あなたがいなければわたしは今もあのカプセルに閉じ込められていたんだよね…宝条のとったデータも、調べてくれたんでしょ」


本当を言えば、自分にされたことについては、宝条にさえ怒ってはいない。わたしの体のことをただで調べてもらったのだと思えば、痛みに耐えた甲斐があったとさえ思っている。言葉を探すように口を開いては閉じるケット・シーの頭から手を離して、なるべく優しく見えるように心がけて、笑顔を作った。


「ありがとう」


わたしは大丈夫だよ。ちゃんとこの小さなぬいぐるみにも、その向こうにいる彼にも伝わるといいけれど。