The islands farthest from the sadness



ミディールの町は今までに見たどの街よりも長閑で、悲しみから遠いところにある。魔晄炉もなければ、人工的な高い建物もなく、木でできた低い家々には人々が穏やかな顔で過ごしている。空を見上げなければメテオのことさえ忘れてしまいそうな、静かな村だった。


町から少し離れた場所に飛空挺を停めて皆で降りると、ティファは不安げな表情で町の方を眺めていた。きっといろいろなことを考えているのだと思う。クラウドがここにいるかどうかも分からないし、見つかっても無事かどうかは分からない。大切な人がそばにいないことがどれだけ苦しいのか、それが今のわたしにはよくわかって、胸が苦しくなるのを感じた。桃色の服を着た、大切な彼女の姿が頭に過って、それから、あの一度だけ聞いた明るい声を思い出した。


ティファの方へ歩み寄ると、それに気づいた彼女が振り返った。表情を取り繕うこともできず、ただ不安そうに眉を下げている。努めて優しく微笑みながら口を開いた。


「わたしは海岸の方を見てくるけれど、もしどこかに倒れていたら村で保護されているかもしれないから…ティファは町のほうを見てくるといいかもしれない」
「うん…ありがとう…」
「ティファ、大丈夫だよ。きっと見つかる」


——だって、ライフストリームには彼の、ザックスの意識が流れている。そして、エアリスも。クラウドを頼むと、そう告げた彼が簡単にクラウドを死なせたりしない。無根拠な希望的観測だった。元気付けるようにぎゅ、と彼女の両手を握ると、ティファは弱々しく笑って頷いた。


ティファがバレットとケット・シーを連れて町の方へ歩いてゆくのを見送ってから、シドはハイウィンドの方へ消えてゆく。飛空挺の整備は乗組員とシドにしかできないことなので、残ったメンバーは飛空挺から離れて、町の外を手分けして探すことに決めた。


ティファに告げた通り海に沿って歩いてゆくと、遠くに見える浜辺には巨大な塔のようなものが見える。なんだろう、と不思議に思い近づいて思わず嘆息した。


「…わあ、すっごい…」
「シーウォームか?」


振り返ると鮮やかなマントの赤が視界を染めた。ヴィンセント、と小さく呟くと凪いだ瞳がこちらを見つめるので、昨日のことが否が応でも思い出されて、そっと瞳を逸らす。遠くに見えたのは巨大なモンスターだった。


「…うん。スピラには…西の砂漠にサンドウォームっていうモンスターがいて、ちょうどこんな見た目をしていたけど。でもこんなにそこら中にはいなかった、かな…」


もし海岸に打ち上がっていたなら、彼らの腹の中という可能性もあるのだろうか。目立つ彼の金髪は視界に映る限りでは見当たらず、ヴィンセントと顔を見合わせた。多分同じことを考えただろう彼がホルスターから銃を取り出す。皮の手袋に包まれた右手が銃を掴むのを見てどくり、と胸が鳴った。理由は明らかだけれど、今日はなんだか、やけに彼の身体を意識してしまう。平常心と言い聞かせても、その指が昨日どこに触れたのか、その映像が頭を過っては心を掻き乱すのだった。過剰に反応するわたしの考えていることなど手に取るように分かっているんだろう、ちらりとこちらに視線を向けて緩く唇を上げる彼に恥ずかしくなって俯いた。


「ふ……今日はまだ、何もしてないが?」
「っ、」


「まだ」ってどういうこと、なんて聞けるはずもなく、ただ揶揄う色の込められたそれに振り回されている自分が悔しくて、違う、クラウドを探しにきたんだと、首を振って彼を置いて歩き出した。いきましょう、少し苛立ったような大きな声でそう言えば笑いを堪えた声がああ、と返すのを無視して、砂浜に足を踏み入れた。


二人がかりでシーウォームを1体ずつ倒しながら立ち昇るライフストリームの向こうに人影のないことを確認する作業を繰り返す。辺りを見渡し、モンスターを倒し、その裏へ回っても人影はない。3体目を倒したところで小さくため息を吐いた。


「大丈夫か」
「うん、魔力は大丈夫だけど…見つからないね」
「…クラウドが行方不明になって1週間が経つ…村の方で保護されている可能性もある。ミディールの診療所は有名だ、発見されていればなんらかの処置は受けているだろう」


ヴィンセントが淡々とそう言うのを聞いていると、本当にそうであるような気がしてくるので不思議だと思う。ミディールエリアのことは全く知らないけれども、もしそんな場所があるのならきっと。そう思えるような力がある。


「…だが、お前はクラウドが苦手なのでは」
「えっ…と、…」


少し驚いた。誰にも気づかれていないと思っていたわけれはないけれど、旅は大所帯だったし、クラウド本人と、同じ声を聞いていたエアリス以外にそうはっきり気づかれているとは思っていなかったから。答えようと口を開いたけれど、少し言葉に迷ってしまう。わたしが瞳を彷徨わせているあいだも、ヴィンセントの瞳は静かにこちらを見つめていた。


「…苦手なんじゃなくて…彼の中に『それ』が…ジェノバがあると、星が怯えるから…近寄れなかったんだよ」
「…黒マントやセフィロスにも同じ反応をしていると思っていたが、そういうことか」
「よく見てるな…」
「ふ…ほかでもないお前のことだからな」
「っ、ヴィンセント、」


小さく睨み付けると首を竦めて両手をあげる。そんな仕草さえ絵になるのだから美しさとは暴力なのではないか、とか、そんなことを考えて、ふと後ろに近寄ってきた新しいシーウォームにフレアを放った。ヴィンセントがそこにさらに数発打ち込むと、シーウォームは反撃のゆとりもなく緑色に溶けて消える。——そこにもやはり、探していた男の姿はない。


ライフストリームに飲み込まれたクラウドがまだ地上に上がっていない可能性も、途中どこか別の場所に打ち上がってしまった可能性もある。海を、漂っている可能性だって。けれど一方で、もう既にこの浜に打ち上げられてミディールの町で救助されている可能性も、どこかで自分の力で目を覚まし、わたしたちの助けを待っている可能性もある。信じるならば、希望のある方を信じたい。


そして、何よりも。


「…約束、したしね…」
「約束?」
「約束。クラウドをよろしくって」


不思議そうな表情を浮かべるヴィンセントに、けれどそれ以上は言わない。彼はザックスのことを知らないだろうし、これはわたしとエアリスと、ザックスの間で交わされたものだから、それをただ自分の中に留めておきたかった。理解できずに微かに眉を潜めているヴィンセントに笑いかける。


「嫉妬?」
「…」


図星だったのかてんで的外れだったのか分からないけれど、ヴィンセントは何も言わずに瞳を逸らすので、思わず笑みhがこぼれたその瞬間、わたしの持っていたPHSが着信音を鳴らした。


——ミディールの町の診療所でクラウドが見つかったと、電話越しにバレットが告げた。