I want it all.



レッドXIIIはそれから何も言わず、静かに俯いていた。あたりには炎の燃えるぱちぱちとした音が響いている。それはまるで彼の嗚咽をそっとかき消すような、優しい音だった。


「……そろそろ、宿に戻ろうか。レッドXIIIはどうする?」
「オイラはもうちょっとだけここにいようかな。じっちゃんの家で寝るから、オイラのことは気にしないでいいよ」
「……そっか、じゃあまた、明日ね」
「うん、おやすみ!」


俯いたままのレッドXIIIが明るい声でそう言うのを聴いてヴィンセントと二人、立ち上がった。


「……あ、そうだ!」


歩き出しかけたわたしをレッドXIIIの明るい声が引きとめた。振り返ってどうしたの?と問いかけると彼はゆらゆらと尻尾の明かりを揺らしながら口を開く。


「じっちゃんがユリアに伝言だって」
「伝言?」
「うん。『置かれた場所で咲きなさい』だって」
「……置かれた、場所で……咲きなさい」


ごめんね、引きとめちゃって。レッドXIIIは振り返らずに声だけでそう言った。
——置かれた場所で、咲きなさい。レッドXIIIにありがとう、と告げて再び隣のヴィンセントと共に、歩き出す。宿はすぐそこにあって、前に訪れたときに使ったのとは少し違う、ダブルベッドが1つ置かれただけの小さな部屋に通された。


「置かれた、場所で……か」
「……あの老人もうまいことを言う」


わたしの呟きに答えるようにヴィンセントはごく小さな声でそう言った。
きっとヴィンセントも、クラウドも。何も言わないけれど他の、皆だって。同じ思いでいるに違いないと思う。わたしに大空洞へ行ってほしくなんか、ないはずだ。——きっと、エアリスも。


「……エアリスはわたしに、わたしの役割と彼女の役割は違う、って言ったんだよね」
「……彼女が言うのならそうなのだろうな」
「うん。……たぶん、同じように、わたしの役割と……クラウドの役割も……」


それを認めるのはあまり快いことではなかった。皆に命の危険を背負わせて、わたし一人。


「セフィロスを倒せなければ皆死んでしまう……命の危険があるのは大空洞へ行こうが行くまいが変わらないだろう」
「でも、」
「そもそも」


ヴィンセントは抑揚のない静かな声で話すけれど、それには不思議な威圧感のようなものがあってわたしは思わず口を止めてしまう。何を考えているのかわからない、いつもの無表情なのに。


「ミッドガルの避難は必要なことだ。それは逃げなのか?」


タークスの皆や、リーブや、大空洞へは行かない神羅の関係者は皆逃げていることになるのか。——そう、思ってるわけじゃあ、ない。


「……もしも、」
「ヴィンセント?」
「……もしもお前がミッドガルに避難誘導に行くのなら、」


——私もそちらへ行こう。
いつか聞いたのと——ほんの数日前に忘らるる都で聞いたのとほとんど同じ言葉だった。あの時は逃げてもいいと、そう言った彼。けれど今は、逃げるためにそう問うているわけではないのだと、思う。むしろ、ともに、戦うために。


そしてきっと、死ぬ時はともに。
明確な言葉をくれない彼の、精一杯の愛情の表明のようにも思えた。わたしが深読みして、勝手に、期待しているだけなのかもしれない、それでも。それでも、星の命運が決まる瞬間をともに過ごしてもいい、過ごしたいのだと、そう言ってくれているんじゃあ、ないか。最後まで諦めずに、隣で、未来を信じていいのだと。そしてそれはセフィロスと大空洞で戦うのとはきっと全く異なる種類の戦い、で。


「……朝まで、考えさせてほしい」
「……ああ」


ヴィンセントは頷いた。


「……ヴィンセントは本当にどこにもいかなくていいの?」
「……」
「あの祠には、」
「私は、」
「……」
「……私は彼女に償いきれない罪がある。彼女が望まないなら……会いにゆくつもりはない」


嘘だとすぐにわかった。
きっと会いたいはずだ。会いたくて仕方がない、はずだ。それを押し隠しているのはわたしのためか——彼女のためか。どちらも、かもしれなかった。彼がそれ以上言わないのならもうわたしからは何も、聞けないけれど。


それから無言になって、食事をとって、シャワーを浴びた。互いに薄いシャツ1枚になって、わたしはベッドに座り、彼は脇に置かれた椅子に座ってぼんやりとしていた。


「……そろそろ、寝る?」
「……ああ」


ベッドが1台しかない部屋に通されたのは初めてのことだった——他にも空いていたはずだけれど、多分店主が気を利かせた、のだと思う。わざわざ断る理由もなかったので、なんとなくそのまま、この部屋に入った。


——それに、わたしが明日、どこに行くにせよ。飛空挺へ戻るにせよ、ミッドガルへ向かうにせよ、今日がきっと、二人で落ち着いて過ごせる最後の夜だと思ったから。今夜だけは、いつもより少しだけ多くを望んでも、いいんじゃあないか、と、そう考え、て。だから、そう、断らなかった彼に少しの期待さえ、感じた。


「……ヴィン、セント」
「……どうした」
「……あの、」


言葉を止めた。何を言えばいいかわからなかったから。
まだメテオがくるまでには時間があって、けれどその時間は刻一刻と、迫っていて。……それについてわたしにできることもなくて。こういう時にどうしたらいいのかなんて、わかるはずもなかった。前に——前に、恋人を失ったときには。ザナルカンドで突然に、わたしの魂を祈り子にすることをユウナレスカ様から告げられて、そのままわたしは死んでしまったし、それからすぐに彼も。


「何を考えている」
「……前にわたしが……『死んだ』時のこと、かな」


また死んでしまうかもしれない、のか。あの時、痛みはなかった。ただ静かに肉体から意識が離れていって、祈り子像へ封印されるのをどこか他人事のように見ていた。肉体から解放されたときの感覚だけは忘れたことがない——それがわたしが生きていたころに感じた最後の感覚だった。もしかしたらあれよりもずっとずっと苦しいのかもしれないし、同じように眠るような安らかさなのかもしれない。人が命を終える瞬間に抱く感情は一体どんなものなのだろう。そんな哲学的な思索に気をとられていたわたしは突然目の前にできた影と、唇に感じた冷たい感触に思わず肩をびくりと、大きく震わせた。


とん、と肩を押される。視界いっぱいに映る、面白くなさそうな表情の彼。


「……別にわたし、」
「言い訳を求めているわけではない」
「そう、ですか」


——愛を囁いてはくれないくせに嫉妬はするなんて随分と身勝手な恋人。でもそんなところさえ可愛らしく感じてしまうわたしはもう、彼にどこまでも毒されてしまっている。彼の愛は甘くて苦しくて痛い、毒。酷く中毒性が高くて、こんなふうに過剰接種してしまったらもう、それがなかった頃には戻れない。


「わたしが好きなのはヴィンセント、あなただよ」
「……知っている」


同じ言葉を返しては、くれない癖に。
わかってはいても痛む心に思わず視線を逸らしてしまう。けれどヴィンセントはだから、とさらに言葉を、続けた。


「お前が構わないなら……」
「……?」
「今夜だけでいい、お前の全てを私にくれないか」


低い声がそう、囁いた。瞳が甘く、熱を持っていた。
このままわたしが拒絶しなければその先にあるのがなんなのかは当然、わかっていた。第一これが初めてなわけでも、ないし。肩を抑える手はいつも通りに冷たいのに、触れた先から全身が熱を持ってゆくのがわかった。彼の心に宿っている感情はきっとわたしが抱くそれと、同じ。


「……全部、あげる。代わりにわたしにも貴方のぜんぶ、ちょうだい」
「……ああ」


最後かもしれないから、だから、欲しくなる。
全てを受け入れるように、そっと瞳を閉じた。



「置かれた場所で咲きなさい」渡辺和子(幻冬社文庫)
次のお話は私がサボらなければ裏ですが飛ばしても話の展開には支障をきたさないように気を付けるつもりです