The glitter lights up the world.



赤土色の峡谷に降り立つと、わたしという存在がこの広大な星の中で、そして空に輝く満点の星空の中でどれだけちっぽけなものであるのかを強く感じさせられる。このどこまでも広がっているように見える山々の片隅、コスモキャニオンの村には数日前と同じように、自然に溶け込むように控えめに家が立ち並んでいた。魔晄炉のないこの場所では空がどこまでも澄んでいて、星の光が柔らかく差し込む――今はあの赤い光がこの夜空を埋めつくさんばかりに光っていて、その薄暗い光が不気味にこの地を照らしているけれど。あの光はこんなにも壮大な山々さえ一瞬で消し去ってしまうことができる。改めてそれがとても恐ろしく感じられた。


ブーゲンハーゲンさんの調子が良くない。コスモキャニオンに入ってレッドXIIIに声をかけてきた男がまずはじめに告げた言葉だった。あの時、忘らるる都へともに向かった時にはとても、楽しそうにしていたのに。ずっと不安げな表情を浮かべていたレッドXIIIは不安の色をさらに強める。


「……とりあえず天文台の方へ行こう?」
「うん、ごめんね、ありがとう……」


――もし、叶うなら。
もし叶うならあの、全てを悟ったような表情の老人に、わたしのことをもう一度尋ねてみたかった。わたしの役割、わたしがここで生きる、意味について。そうしてクラウドの言葉を、よく考え直してみたかった。けれどそれはもう、難しいのかもしれない。ぼんやりとそう考える。


レッドXIIIがこの場所でどれだけ愛されていたのかは、彼と共に峡谷を歩いていれば痛いくらいに伝わってくる。そして彼らが不安そうにブーゲンハーゲンさんの話をするたび、レッドXIIIは辛そうに瞳を伏せていた。


崖を開いた洞窟や、梯子や、階段を登って崖の頂上、大きな機械が屋根から飛び出るブーゲンハーゲンさんの家。入った瞬間に駆けていったレッドXIIIを追いかけようと思わず右足を一歩前へ踏み出したけれど、直後左腕を後ろに引かれて振り向いた。


「……二人にしてやれ」
「……うん、ごめん。そう、だよね」


最期かも、しれないし。


「……外で、待ってようか」
「……ああ」


上階からはレッドXIIIの声が聞こえる。悲しげな声でどんな会話をしているのか、はっきりとは聞き取れない。聞かない方が、いいだろう。繋がれた手はそのまま、ヴィンセントにそっと引かれて静かに、扉を閉じる。外へ出て崖下を見下ろすと、谷底で小さく燃える暖かな焚火の赤が目に止まった。メテオの赤い光とは違う、暖かな光がぱちぱちと天に向かって伸びている。


「あの焚火のところで待ってれば、しばらくしたら戻ってくるんじゃないかな」
「……そうだな」


そう提案したことに深い意味はなかった。
ただ、そう、あの光がとても、彼に似ているような気がした。






独特な模様をした手織りの布の向こうの扉も、木でできた梯子の上の家の扉も、全て固く閉ざされている。前に訪れた時も同じように多くの村人が扉の向こうに篭りきりだったが、元々は子供達が外を駆け回る賑やかな場所だったのだと、前にここを訪ねた時に村人が話していた。日が落ちてからそう時間が経ったわけでもないのに、まるで真夜中のように静かな村の真ん中で、ぱちぱちと燃える焚火の音だけが寂しげに響き渡る。


「……レッドXIII、大丈夫かな」
「さあな。……それよりもお前はどうなんだ」
「わたし?」
「ブーゲンハーゲンと話すことが……あったのだろう」
「……別に、何か特別話があったわけでは、ないけどね」


わたしがわたしのことについて話せる人はそう多くない。この世界には決して友人も知り合いも多くないし、その多くはこの旅の前に失ってしまった、し。


「……エアリスのやりたかったこと、代わりにできたら、よかったんだけど、な……」


ホーリーを発動してメテオから守ることが――そしてそれによってクラウドがどうなってしまったとしても彼によって星が滅んで彼が傷ついてしまわないよう、彼を守ることが、彼女にしかできない、そして彼女が命を危険にさらしてもやりたかったことなのだと、今は全て、明らかになっている。彼女は今もきっとライフストリームの流れのなかでわたしたちを、そしてクラウドを見守っていて。わたしはそんな彼女が生きている間ずっと、見てきた。


「……だからそれが、お前の役割だと?」
「ちがう、のかな……」
「私はエアリスとそう何度も話したわけではないが……お前は彼女が、お前自身の命を危険に曝してまで戦うべきだと考えていると思うのか?」
「……それ、は、でも彼女だって、」
「彼女とお前では根本的に事情が違う……クラウドも言っていただろう」


ヴィンセントはわたしが、大空洞へ行くことに反対、なんだ。……それはそうか、誰もわたしが向かうことに賛成はしていない。きっとわたしが行くと言えば止めないのだろうけれど。エアリスがどう思うか、それを問われるのは少しきまりが悪いと思う。誰もが皆、命の危険を冒して戦いに赴こうとしている。わたしのそれが彼らと根本的に事情が違う。それはわたしの体のことだから、当然理解はできている。誰よりもよくわかっていると、思う。けれど、それに納得できたわけではなかった。


言い返そうと口を開いた瞬間、彼の声とわたしの声、そして焚火の音しか聞こえなかったこの広場に新しい音が響いた――岩を叩くような足音に振り返ると、ゆらゆらと揺れる背中の尻尾が近づいてくる。レッドXIIIの表情は、暗い闇に紛れてこの距離からはうかがえない。


「レッドXIII……」


近づいてきたレッドXIIIの様子は一見普段通りだった。決して泣いているわけでも、悲しげな表情を浮かべているわけでもない。けれど瞳はいつもよりもうるうると潤んでいて、彼が必死に無表情を保ち、涙を堪えるように奥歯を、噛み締めていて。


「ブーゲンハーゲンは……」
「……」


立ち上がったヴィンセントのマントがはためいて、それに合わせるように焚火の炎が揺らめいた。焚火の前で立ち止まったレッドXIIIは躊躇うように口を噤む。やがて笑みを浮かべて口を開いた――いつもより幾分か子供っぽい、明るい笑顔だった。


「じっちゃん、また旅にでるって!」
「旅……?」
「この前の飛空挺がよっぽど気に入ったらしいんだ。じっとしていられないってとびだしていっちゃったよ!オミヤゲまでもらったんだ、ホラ!」


潤んだ瞳の向こうに光る色とは裏腹の、不自然なくらいに明るい表情と明るい声でレッドXIIIは語り続ける。オミヤゲ――たてがみを留める綺麗なクリップはまばゆい炎を反射して不思議な光を放っていた。ブーゲンハーゲンさんのあの神秘的な雰囲気を思い出す、綺麗な光。


「あれ?オミヤゲって帰ってきてからもらうんだよね?ハハハ、へんなじっちゃん!」


レッドXIIIは笑っていた。ハハハ、と明るい笑い声は少しずつ嗚咽が混じって、声はやがて小さくなって、それから完全に消える。レッドXIIIは俯いて、地面にぽつぽつと、染みが広がってゆく――そっと目をそらして、ぱちぱちと燃え続ける焚火に木の枝を数本投げ入れると、炎はまた少し大きく燃え上がった。


人生は長い旅だと言う人がいる。けれどわたしは――生きてきた時間よりもずっと、そのあとに過ごした時の方がずっとずっと永い、わたしは思う。死こそが、新たな旅路の始まりじゃないか、と。


「……そっか、きっとブーゲンハーゲンさんだから、世界中を飛び回ってたくさんの人と会って……帰ってきたらきっと色々なことを話してくれるだろうね。……ううん、もしかしたらまたどこかでひょっこり、会えちゃうかも」
「ウン……そう、そうだね……」
「また会えたら、お話を聞かせてあげよう。どうやってセフィロスを倒したのか、とかさ」


レッドXIIIは消え入りそうな小さな声でそうだね、と繰り返した。そのたてがみではきらきらと、彼がもらった「オミヤゲ」が輝いていた。