I want to save everything I can reach.



「……ジュノンからヘリが出せる、って。バギーは置いていくことになっちゃうけど」
「バギーで行くより空路の方が早いだろうな」
「たしかに。バギーはジュノン支社の駐車場に運んどくって」


朝がた、海岸線の向こうから昇る朝日を眺めながらPHSを閉じた。ジュノンの街もまともに訪れたことは一度もない。神羅カンパニーの支社があるという街はミッドガルほどではないけれど似たような階層構造の街になっていて、上部の街はざわざわと混乱の様相を見せている。本社が壊滅状態なのだから致し方ないだろうけれど。


ヴィンセントは甲板にでて静かに海岸線の向こうを眺めている。一日掛けて渡った海、その向こうにあるコスタ・デル・ソルはここからでは見えない。潮風が髪をさらって、マントとともにはためいていた。


——彼はどうして、わたしに、着いてきてくれるんだろう。
やっぱりよくわからないな、わざわざ聞くこともない、けれど。ここで待っていればいい、と言われているけれど手持ち無沙汰のわたしは結局ヴィンセントと同じようにただ青く輝く海をぼんやりと眺めていた。


ふいに遠くから声が聞こえて、振り返る。


「ユリアーーー!!」
「……?ユフィ?」
「やーっと来たよ!待ってたんだからー!」
「待ってた……?」


走り寄ってきたのはユフィだった。遅い!と頬を膨らませる彼女に意味がわからずに首を傾げていれば、アタシもミッドガルの避難誘導を手伝うんだ、とここにいる理由を教えられる。そしてその後ろからは見慣れた赤毛が歩いてきた。


「ったく、勝手に走っていくなよ、と」
「うるさいなー!アンタが歩くの遅いんでしょ!」


困ったような表情の男、レノとユフィがふつうに会話している様子に思わず目を丸くしてしまう。この二人が話しているところなんて、見たことがなかったので。つい数日前に螺旋トンネルで戦わずに消えていった彼も、あの時の暗い雰囲気は影を潜めていつもと同じ飄々とした雰囲気を漂わせている。そういったところについては彼らはプロなのだろうけれど、内心関心してしまう。隣をちらりと見れば、彼の大先輩であるはずのヴィンセントは興味なさげに町並みをぼんやりと眺めていた。


「ユフィはどうしてここに?」
「アタシもミッドガルの避難を手伝うことになったんだ。さっきコイツがヘリで迎えにきたんだよ」
「コイツはないだろ、と……」
「……なるほど」


状況はよくわからないけれど、タークスの彼らと、それからユフィと、ヴィンセント。おそらく誘導に割ける人員はそれで全部、なんだろう。時間がないんだ、そろそろいくぞ、と告げてひょこりと赤毛を揺らした彼についてヘリに乗り込むと、操縦席に座ったレノがすぐにエンジンをかけた。大きな音が響いて、機体ががたりと揺れる。


「すごい音!飛空挺ってすごく静かだったんだね」
「しかもすっげー揺れるんだよ!」


もういやだ、というようにユフィが動き出してさえいないヘリの中で顔を青くして、程なくしてふわりと機体が舞い上がるともう、無言で窓の方へと顔を向けて口に袋を押し付けている。激しく揺れる機体に構わずレノが大きく舵を切ると、ヘリコプターの外へ投げ出されそうな強い力に慌てて窓へと手をつけてやり過ごそうとする——瞬間反対方向へ切られた舵。


「っ、ヴィンセント、ごめん」
「……このままじっとしていろ」


半ば突進するようにぶつかると、そのまま肩を両腕で強く、押さえつけられる。彼の固い胸板を背中で感じて、思わず一瞬、息を詰めた。決して大きな声ではない彼の言葉はすぐ耳元から、この騒音にも負けずにはっきりと聞こえてくる。シートベルトは、と問われたけれどそれが何なのかわからないわたしは首を振ることしかできない。


「お前ら大丈夫かー?」
「っ全く!」
「おーおー、後少しだから我慢してくれよ、と」


思った以上に揺れる機体は多分彼の運転が荒いからでもあるのだろう、楽しげなレノの声に勘弁してくれ、と思う気持ちをぐっと飲み込む——これ以上口を開くと、言葉以外に出てはいけないものまで吐き出されてしまいそうだった。


そんな吐き気を抑えて、揺れる機内でだいぶ無理のある体制でヴィンセントに体を支えられて1時間、ようやく機体が降下を始めて、それからどん、とひときわ大きな衝撃が機内に広がる。それを合図に、長い長い空の旅は終わりを告げた。


「……ユリア、これがシートベルトだ。次に乗ることがあったら必ず着けろ」
「……はい、ごめんなさい……」


ようやく離れたヴィンセントが太い紐のようなものを外しながらそう言うのに、申し訳なくなって俯いてしまう。なかなか——悪くない体勢だったけれど、それに何かを感じるような余裕さえ、なかった。ユフィに至ってはすぐ隣にいたのにわたしたちのことになどまるで気がついていないように目を回している。アレイズをかければすぐに、怒った表情ですでに降りたレノの方へ何かを叫びながら駆け出した。苦笑いを浮かべて見送り、わたしたちも降りようかと、声をかけようとしてヴィンセントの方を向くと、珍しく愉しげに笑う彼がわたしの方を、見ていた。


「……まあ、こうして1時間過ごすのも悪くはなかったが」


そ、んなこと……!
パッと自分の頬に朱が差したのが、自分でもわかった。何も言えずにただ口を開閉させるだけのわたしにふ、と笑うと、そろそろ行くか?と尋ねられる。それを、言おうとしていたのに!


「う、ん……い、行こう……!」


抗議の言葉さえ口から発することはできずに、なるべく彼の方を見ないようにしてヘリコプターを降りるので精一杯だった。こうしてたまにわたしを揶揄っては笑う彼の心情はわからなくもない、けれど、やっぱり、心臓に悪い、と思う。わたしが死なないからってそんなの、ずるい。





「……あ、ツォン……」


五番街スラム駅は人でごった返していたけれど、タークスの彼らは皆スーツを着て固まっていたからすぐに見つけ出すことができた。近寄ってみると久しぶりに見た人影——古代種の神殿で助けた彼が、仲間に囲まれて静かに佇んでいた。わたしの声に反応して顔を上げた彼と、視線が絡む。


「……ああ、お前か。あの時は済まなかった」
「いや、別に……その、傷は大丈夫だったの……?」
「ああ、医者にかかったが……応急処置が良かったから、と」


ケアルもレイズも、アレイズも。深い傷を塞ぐことはできても、完治させるわけではない。彼のあの傷だって、その後しっかりと治療しなければ最悪命に関わったと思う——神羅、それもタークスだし、その心配はしていなかったけれど。けれどあれからそう長く月日が経過したわけでもないのに、彼はあの時の傷なんてなかったかのように悠然と立っているので、その医者がすごいのか彼の回復力が高いのかはしれないけれど、どちらにしたって感心してしまう。……まあ、両方、なんだろうな。


「5分後にプレートから住民を乗せた電車が来る。降りて無人になった電車に乗ってプレートの上へ。手分けして住民を電車に乗せて運ぶ。いいか?」


そう告げたツォンが一枚の紙をわたしたちに手渡す——列車の、時刻表だった。過密スケジュールで動く電車のほとんどは自動運転で、本社でリーブが管理しているのだと説明を加えるツォンに、わたしに助けを求めたあの小さなぬいぐるみを思う。


「……わたしたちも、がんばらないとね」
「……ああ」


大空洞へ行くことだけが戦いではないと、そう言ってくれたのはクラウドだった。けれどきっとみな同じように思っている。そしてミッドガルで一つでも多くの命を救うことは、それと同じくらいに大切なことだとわかっている。だからこそヴィンセントはここにいて、ユフィも、ここにいる。リーブはきっと寝る間も惜しんで此処で働いているのだろう。もちろん、ここにいるタークスの皆も、同じ。


電車が止まって、賑やかなホームはさらに人で溢れかえった。この電車はここで折り返すけれど、その脇を通って別の電車が駅を通過してゆく——時刻表によればあの電車は六番街スラムまで行くようだった。騒がしい駅から人の波に逆らって何とか無人の電車に乗り込むと、ちょうど扉が閉ざされる。動き出してしばらくすれば喧騒が遠ざかって、再び時刻表へと視線を戻した。時計は正午すぎ、今日の最終電車は10時過ぎ。明日のことはわからないけれど、メテオが降り注ぐまであと、5日。


守れる限りのものはすべて、守りたい。それはわたしが今まで失敗を繰り返してきたことで、もう、間違いたくはない、ことで。空っぽの電車がぐんぐんとスピードを上げて螺旋トンネルを上がってゆく。世界を救ってくれるはずの仲間たちに思いをはせて、それからもう一度思い思いに座って外を眺めたり俯いたりしているタークスや、仲間たちを見た。——がんばろうと、そう思った。