We are different people



螺旋トンネルを抜ければプレートで隠れていた空が建物の向こうに青く広がっていた。雲ひとつない晴天。だからこそ、見るたびに大きくなってゆくメテオがくっきりと赤く空を染めて、不穏さを醸している。そして駅を通過するたびホームの向こうにいる市民たちが皆不安げな表情をしていて電車を待っているのが窓の向こうに見えた。プレートの上も下も、そこに生きているのは同じ人。ミッドガルに住んでいた頃はスラムとプレートの上ははっきりと分かれていて、プレートの上は別世界だと思っていたからか、そんな当たり前のことにどこか驚いてしまう自分がいた。


タークスの皆は途中で降りてゆき、此処に残っているのはヴィンセントとユフィの二人で。このまま向かう先は社宅エリアのあるという五番街だった。


「一人は駅で誘導、二人は手分けして住宅街を回れってツォンが……」
「……わたしとユフィが住宅街かな?」
「そうじゃない?ヴィンセントが住宅街なんか回ったら誰も付いてこないって!」


ユフィは相変わらず身も蓋もないことを言うなあと苦笑いしてしまうが、ヴィンセントは特に興味がないようで、そうか、と小さく言って窓の外へと視線を戻した。街の避難については区域ごとに時間帯が割り振られているものの、割り当てられた日になってもこない市民や、逆にそれよりも早く訪れる市民などでめちゃくちゃになっているのだとレノは此処を降りる直前も頭を抱えていた。電車が減速を始めたのを体で感じて、ユフィと顔を見合わせて頷いた。


「じゃあ、ヴィンセント、また後で」
「……ああ」


ヴィンセントが静かに頷いたのをみとめて、ホームよりも少し手前で一度止まった電車から飛び降りた。


「今日までで移動が済んでるはずのところ、1番から38番?みたいだね」
「じゃあアタシは38番地区から回るから、ユリアは1番から回って合流しよーよ!」
「うん、それが一番わかりやすいだろうね」


ユフィの提案に頷くと、じゃあ急がなくちゃ、と駆けて行った彼女を見送る。足の早い彼女の姿はあっという間に見えなくなって、それからようやく地図を開いた。


「……地図、読めないんだよなあ……」


思わずそんなことを、ぼやいてしまう。とはいえ駅の近くから遠ざかる方向に数字が増えてゆくことくらいは読み取れて、つまり今いるこの場所から順番に家々を回っていけばよいのだと理解して、ついでにユフィには気を遣われたのだと気がついて小さく肩を落としてしまった。


「……まあ、がんばろう」


なんだか気の抜ける始まり方だと、そう思いながらも一度深呼吸をして、気持ちを入れ替えて。同心円状に支柱から広がるように道が整備された住宅街へと、足を踏み入れた。






扉の脇に着いた呼び鈴を鳴らすと、ぴんぽん、と無機質な音が静かな街に響く。カーテンが閉じられて電気の消えた部屋。何度か鳴らしても誰かが出る様子はない——留守か、あるいはもう、避難済か。今はもうどこの店も閉まってしまっているというから、留守ということは考えづらい。


「ちゃんと、避難したんだろう、な」


それならそれに越したことはない。時間を確認すれば3分ほどが経過していた。ずらりと立ち並ぶ家々一軒一軒で在宅を確認して同じ作業を繰り返すのだと思うと、途方もない作業のように思える。けれどこうして地道な作業を繰り返すことでしかできないのも事実だった。隣の家に歩いて、再び呼び鈴を鳴らして。電気は消えているし、やっぱり応答はない。その隣は電気はついているけれど呼び鈴からの応答もなければ、中に人の気配も感じられなかった——慌てて逃げてしまったのかもしれない。電気を消すような余裕もなく。空を見上げればいつでも見える赤い光。それを見れば、見たこともないこの家の住人の気持ちもわかるような気がした。


初めて中から人の声が聞こえたのは初めてから30分くらいが経過してからのことだった。中から出てきたのは、恰幅のいいYシャツ姿の男性だった。君は誰かね、と尋ねる男は質の良いネクタイをしていて、きっと社内でもそれなりの上役に就いているだろうことが窺える。


「あの、スラムへの避難の話は聞きましたか?」
「ああ、そのことか。君はタークスかなにかかね?」
「いえ、そういうわけでは……ただ、リーブ……さんの、頼みで」
「統括の……?まあいい、俺は此処を出るつもりはないよ」
「どうして、」
「スラムなんて小汚いところにこの俺が行けるわけがないだろう?どうせ大したことなどないさ、それに」


——スラムなんぞに行くくらいなら、死んだ方がマシだ。君もそう思わないか?


そう笑った男に思わず、固まってしまう。


プレートの上のことは別世界だと、思っていた。此処にきて、ああ、ここに住むひともまたスラムに住む人たちと同じ、同じ人間なのだと、少しの安堵を覚えていた。けれど、きっとわたしが、スラムにいたわたしがそう思っていたのと同じように、此処の住民もまた、スラムを全くの別世界だと、思っている。


「……でも、此処は地上から高いところにあるし……メテオが落ちたら、真っ先に巻き込まれますよ。もうあんなに……近くまで、きてるのに……」
「スラムに行ったところでそう変わるものでもないだろう?」
「いえ、プレートは分厚いから……少なくとも衝撃波からは、身を守ってくれるはずなんです……メテオはどうにかしようと、頑張ってくれている人たちが……いて、」
「もう神羅カンパニーもないのにかね?とんだ物好きもいたものだな」


ついに言葉を紡げなくなってしまった。
怒りよりも、ただ、悲しかった。スラムに生きる人のことも、大空洞でこれから戦いに挑むだろう仲間のことも、今もこのプレートの上で避難誘導を行うタークスや神羅の元社員たちも。誰一人の思いも理解できない人だっている。言葉はいつだって誰かに届くとは限らなくて。


「……わかり、ました。突然、すみません」


何がわかったわけでも、何か申し訳ないことをしたわけでもないけれど、これ以上ここにいたらもっと違うことを——きっと怒鳴ったり、してしまいそうだった。そしてきっとこの人は何を言ったところでここを離れる事はないだろうと、思ってしまったから。それはこの人を見捨てることになるのだと分かっていても、わたしにはもう何も、できない。


「……ごめんなさい」


後ろから舌打ちが聞こえた。何かを言っている声がしてそれからがちゃりと、扉が閉まる音が背中から響く。


——次にいこう。
きっとこんなことは珍しくもないだろう。ここをそういう街にしてきたのは神羅カンパニーで、わたしたちだから。