An Ending.



ここでわたしがやれることと、やれないことと。これまでの人生で考えてもこの数日が最もたくさんの人と話したと思う——思う通りにいくこともあれば、そうでない、ことも。ただ敵と戦って倒すだけの戦いなら生きている頃から何度だって経験してきた。守ることも、失うこともあったけれど。


ただ誰かを守るために、こうして昼も夜も駆け回って、誰かに怒られて、それでも、諦めずに動き続けて。できることは全てやったと、そう思っている。


「……ヴィンセント、ユフィ……リーブ、」
「ユリア、大丈夫だった?変なやつらに絡まれたりしてない?」
「うん、大丈夫……ユフィも?」
「もっちろん、けが人の搬送も終わったし!」


少し早くスラムへ戻ったわたしと違って、彼らは皆プレート上で最後まで避難誘導にあたっていた。螺旋トンネルを走る電車は昨日の夜ですべて運転を終了して、彼らがヘリに乗ってスラムに降りてくるのを静かに見守っていた。プレートの下からは、高い塀やプレートに囲われて空の様子を伺うことはできない。周囲にいる人々も皆、不安げな表情で中を見渡して座り込んでいる。


「……クラウドさん達ですが、無事セフィロスを倒したようです」


リーブが微笑んでそう呟いた瞬間、どこか懐かしい気配が漂うような、気がした。

「……エアリス?」
「ユフィも、感じる?」


ユフィが、頷いた。
それから大きな破壊音があたりに響き渡った——メテオが、プレートの上を直撃している。


「……エアリス……!」


思わず小さな声で名前を呼んだ。ガラガラと大きな音が響くたびに周囲の人々が悲鳴を上げる。メテオがミッドガルに直撃しようとしていて、けれど、きっとホーリーは発動している。様子は伺えないから何が起きているのかはわからない、でも。ホーリーを発動したのはエアリスで、こうしてエアリスの気配をわたしだけじゃない、ユフィもヴィンセントも、感じていて。だから、きっと。


暴風は激しさを増してとうとうこのスラムにまで吹き荒れた。咄嗟に座り込んで地面に両手をつく。リーブの低い声が焦ったように叫んでいる。


「ホーリーは発動していますが、メテオが近づきすぎているようです、このままでは……っ」


やっぱり、だめなの。人は、人間はこの星にとっていらないものだと、ホーリーはそう考えたの。ホーリーは星ごと、人を壊してしまおうとしているの。心臓がどくどくと大きな音を立てている——この星が、滅んでしまうのなら。その時は周囲に這いつくばる人々も、今は離れたところで様子を見ているはずの仲間達も、わたしも——ヴィンセント、も。みな、消えてしまうの。


——大丈夫、だよ。


優しい声がどこかから響いた。
その瞬間何かがわたしの手をぎゅっと、強く握った。


「……ヴィン、セント」
「……ユリア」


強い風の中で瞳を開くと目の前で赤い瞳が静かにわたしをまなざしていた。
時が、止まったような気がした。吹き荒れていた風が突然凪いで、それから地面を緑色の光が、駆けていった。


——ライフストリーム、命の、流れ。


「……これは……」


背中の方からリーブの声が聞こえる。ヴィンセントが握る手を、わたしも強く、握り返す。体に異常はない。わたしも、きっと、彼も。代わりにもう死んでしまったように見えていたこの場所で、星の声が響いて——それは決して何かに怯えるのでも、怒っているのでもなく。ひどくやさしくて、暖かな——子守唄のような、響きをしていた。


だから。
だからきっともう大丈夫だと、そう、思えた。


「……ヴィンセント、ありがとう」
「……ああ」


手を繋いだまま、立ち上がる。相変わらずプレートの上の様子は伺えないけれど、緑色の暖かな光は真っ直ぐに天へ立ち上り、プレートの上へと消えてゆく。いつの間にか悲鳴の止んだスラムで、わたしたちにつられたように他の皆もまた立ち上がって頭上に視線を奪われていた。


「何が起きてるの……」
「……ライフストリームが、星を……守ってる……」
「そんなことが、起きうるのですか……」
「……わからないけど……でも今、現に……」


緑色の光は静かに空気に溶けていった。
全てが終わるころ、メテオで揺れていたプレートも、暴風も、轟音も、全てが消えて。叫び声も悲鳴も消え去ったスラムではただ誰もが静かに、天を仰いで佇んでいた。


「……おわった、のか……?」
「俺たち、生きてる……?」


少しずつ、皆が現状を把握しだして、それでようやくわたしたちも、視線を合わせる。リーブが、クラウドさん達も、みなさん無事のようです。世界は救われました、と、そう紡ぐ声が周囲に響いた。繋いだ手はそのままにヴィンセントはどこか安心したふうに笑って、けれどマントへと顔を埋めて。ユフィがやった、と叫ぶ。同調するように周囲の人々も、喜びの声を上げた。


「やったね、ユリア、ヴィンセント!! リーブのおっちゃんも!!」
「ユフィ……うん、よかった……」


わあわあと皆が叫び、雄叫びを上げて、抱き合って涙を流して、いて。ユフィはなぜかリーブに抱きついて、彼は後ろにひっくり返りそうになりながらなんとか体を支えて、いて。そんな様子を見ていたら、ごく自然のことのように右の瞳から一筋、涙が伝って頬を流れていった。ヴィンセントが黒い手袋をつけた右手でそれを拭う。左手がわたしの背中を包んで。


「……ヴィンセント……っ」


視界が黒一色に染まった。体じゅうが圧迫されるように痛くて、それでようやく彼に抱きしめられているのだと、気がついた。小さく呻くわたしにも構わずに抱き潰すその腕に抵抗しようとして、けれどその体が小さく震えているのに気がついて動きが止まる——不安、だったのかも、しれない。


「……ヴィンセント。わたしたち、生きてるよ……わたしも、あなたも……ユフィだって。クラウドたちも……」
「……ああ」
「……もう少し腕の力緩めてくれないと、抱き返せないけど」
「……ああ、そうだな……」


ヴィンセントはそう言いながら、腕の力を緩めることはなかった。背の高い彼に抱きしめられていると、彼の肩に遮られて周囲の様子が全く伺えなくなってしまう。星の声はだんだんと小さくなって、代わりに周囲で騒ぐ人々の声だけが鼓膜を突き破らん勢いで響いていて。けれどそれ以上に少し速い彼の心臓の鼓動が、わたしの体全身に響き渡っていた。


「……大丈夫だよ。……エアリスも、大丈夫だって、言ってたよ……」
「……そうか」


ヴィンセントはようやく力を緩めてわたしを解放した。体を少し話して見上げると透き通った紅い瞳がまっすぐに、わたしを見ていた。ユリア、と名前を呼ぶ彼の声はそう大きな声ではないのに不思議なくらい、この喧騒の中でまっすぐにわたしの心へと届く。


「……お前が生きていてよかった」
「っ、ヴィン、セント……」


優しい光を湛えた彼の瞳がゆっくりとわたしの方へと近づく。受け入れるようにそっと、瞳を閉じた。唇にひんやりとした、彼の温度が触れて。


「……愛してる」
「……ああ」


こんな時でもまだ同じ言葉は返してくれないんだ。でも、いいよ。だってまだ時間はいくらだって、あるから。確かな言葉が聴けるまで、いつまでだって待っていようと、そう思える。


——もう、大丈夫、かな?


星の声はほとんど消えかかるくらいに小さくなってしまったけれど、不意に優しい声がそう、耳を擽った。もう一度何も見えないプレートの方を見上げる。頬が緩んでしまうのが、自分でもわかった。


「……うん、大丈夫だよ」


ありがとう。首を傾げるヴィンセントにもう一度向き直る。大好き。そう告げて今度は自分から、唇を寄せた。


——よかった。
優しい声がまた空気に溶ける。きっとあなたはいつまでもここでわたしを——わたしたちを、見守っていてくれるんだろうね。ヴィンセントが、ユフィが、クラウドや、仲間達。そして、エアリスが、みんながいてくれるならわたしはもう何も怖いことなんてない。心から、そう思える。


わたしはこれからもずっとこの地で——この星で、生きてゆく。
きっと、彼の、隣で。