everyone would go to hell if the star died.



「……おやまあ」


思わずこぼれた声は目の前の惨状に向けられていた。考えてみればプレートの上から下まで移動するのにも、スラムを移動するのにも時間がかかっている。ヘリで行くならまだしも、そんなところに人員を割くゆとりはなかったらしい。目の前では十数人の男たちが頭や肩など様々な場所から血を流して倒れている。誰が誰のどこを怪我させたのかなど、この乱戦の後からみればきっと些細なことだろう。


スーツ姿の男たちがけが人を連れてヘリへと歩いている。きっと彼らは神羅の関係者だろう——こんなところでこういうことができるのは、なんとなくだけれど、都市開発部門の社員かな。


「……大丈夫ですか?」
「ああ、はい。怪我人をテントへ運ばなければならないのですが、人数が足りなくて」
「……わたし、手伝えると思います。医務室はどこに?」
「はい、ここから一番近くだと——」


……言われても、わからないけれど。一度連れて行ってもらえれば場所はわかると思う。そう伝えれば第一陣とともにヘリに乗せてもらえることになった。現場ではまだ睨み合っていたけれど、ボロボロの体ではもうこれ以上喧嘩を続けることはできないだろう。道の隅に座り込む彼らから、他の皆は気まずげに瞳をそらして早足で歩き去ってゆく。関わりたくない、という思いが伝わってくるようだった。


「……スピラと似てる」


思わずそう呟いたわたしに、隣に座っていた見知らぬ社員に何か、と尋ねられて首を振った。


今となってはもう忘れかけているくらいのことだったけれど。『シン』と戦わなければならないはずのわたしたちも、同じ人の間で争い合っていた。アルベド族と呼ばれる人々は皆「禁じられた機械を使う」という理由でスピラ中で差別を受けていて、わたしも無邪気に、信じていた。教えを裏切るものたちだから、蔑まれるのは当たり前なのだ、と。けれど今となってはそれもわからない。エボンの裏切りもわたしは知っているし、そもそもシンがなんだったのか、本当に究極召喚で倒せる代物だったのか、なにも、何もわからないままにただ、言われたまま全てを信じて旅をしていただけで。今こうして、メテオがあと数日で訪れるというのにプレートの下だとか上だとかで争う人を見ていると正直「ばかばかしい」と思ってしまうけれど、スピラも外から来た人から見ればそう見えていたのかもしれなかった。


「ここが医務室です」
「……なるほど、ありがとうございます。残りの怪我人の方も皆ここへ連れてきていいんですか?」
「はい、そうですが……ヘリコプターはこれ一台しかなくて……」
「ああ、大丈夫ですよ。燃料ももったいないでしょう、ここに置いておいてください。わたし、連れてくるので」
「は、はい……?」


——神羅はもうないし、メテオがくるとか、星が滅んでしまうとか、そんなことを言っているときに今更、力の出し惜しみをするつもりはなかった。瞳を閉じていつものようにテレポを唱えるとすぐ、空気が変わる。瞳を開くと、驚いたようにこちらを見つめるいくつかの瞳が視界に並んでいた。


「お前、いま、どうやって」
「わたしには少し……変わった魔法が使えるんです。これで皆さんをまとめて医務室までお連れします。いいですか?」
「まとめてだ?つまりスラムの奴らと一緒にかよ」
「なんだと?」


……ああ、そういうところからも、争いは始まってしまうのか。
きっとスラムの住民を人だとも思っていないプレート上の市民たちの蔑むような視線と、彼らが営む豊かな生活の代償を一手に背負い続けてきたスラムの住民たちの怒り。こうして人ごとのように見てしまうわたしがここで止めたところできっと、火に油を注ぐことにしかならないのかも、しれないけれど。


ふと、浮かんだのはあの日の景色だった——まだ旅を、始める前。この街で最後にみた景色。瓦礫の下に沈んでしまった、わたしの家や、店や、街のこと。そして故郷でみた、『シン』が全てを破壊し尽くしたあの時の、街並み。七番街のプレート落下はスラムの人々も、プレート上の人々も、誰も彼も、何の差別もなく皆の命を等しく奪い、傷つけていった。『シン』が街を破壊したときも、同じ。アルベド人も、グアド族も、ヒトも。大きな力がわたしたちに襲いかかるとき、そこに命の違いなんて何も、ない。


「……わたしは」


口を開いたわたしに、いがみ合っていたふたりはギロリと睨みつけるようにこちらへ視線を移した。さすがにそこら辺の一般人に負けるほど弱いつもりはないので、臆せずに真っ直ぐに、彼らを見つめ返す。


「ミッドガルに5年住みました。スラムにです」
「なんだ、お前スラムの人間だったのかよ、尚更お前の指示になんて従えねえな」
「……住んでいたスラムは、七番街でした」


嘲笑うような表情の男は、それに驚いたように瞳を見開いている。スラムの男と思しきもう一方はそれに、同情的な表情を浮かべていた。


「……街が壊れるときには、プレートの上か下かなんて、関係ありませんでした、みんな、等しく死んでしまったから」


気づけばあたりは静まり返って、ほかの怪我人たちや、関係のない市民たち、そして救護に当たっていた神羅社員と思しきスーツ姿の人々も皆わたしに耳を傾けているようで。——別に、演説会をしたかったわけじゃない。だから少しだけ、申し訳なくなってしまう。大したことは、言えないし。


「今も同じ状況にあります。メテオが来れば……人が死ぬときにプレートの上に住んでいたか、下に住んでいたかなんて関係ありません。わたしたちが備えている危機というのは、そういう類のものです。わかりますか?」


誰も、何も答えなかった。考えてくれているなら、嬉しいけれど。こんなことを言える立場になんか、あるわけないのに。冷静な自分がそう囁いたけれど、これが必要なことだというのなら、わたしがやるしかないと、そう思う。


「……そんな危機の中でも星を救おうと闘っている人もいます。わたしたちがやるべきことは、星が救われることを信じて、手を取り合うことではありませんか。もしこれ以上喧嘩をするというのなら、わたしはあなたたち全員にスリプルをかけて強制的に連れていきますけど」


どちらにせよ、これ以上ここで彼らを戦わせるつもりはなかった。言葉で聞いてくれるなら、それに越したことはない。辺りを見渡すと、敵意を収めることに決めたらしい彼らを確認して、小さく安堵のため息を吐いた。——「ぜんたいか」のマテリア、ユフィに貸してしまったし。


「とくに問題がないなら、黙って治療されてもらえませんか。メテオから星が守られれば、争いはあとでいくらでもできます。守られなければあなたもわたしもみんな、死んで終わるだけです」


立派なことが言えたわけではなかったと思う。ただ、事実を並べただけだった。静かになったので、悪くはなかったのかもしれない。とりあえず目の前でいがみ合っていた二人の手を取る。いいですか?と尋ねると無反応の二人に、構わずテレポを唱えた。


「っ、いつのまに、」
「わたしの魔法です。とりあえず二人、連れてきました」


一瞬で変わった景色の向こう、先ほどの男がやはり驚いたように瞳を見開いている。今日は何度この反応を見ることになるだろう。なんだか面白くて、笑ってしまう。ああ、そうだ。


「わたし、ユリアといいます。残りも連れてきますね、それでは」


再びテレポを唱えて戻れば、さすがにそう何度も驚かれることは、ないみたいで。怪我をしているスラムの住民と思しき男が一人、自分からこちらへと歩み寄った。


「……オレのおふくろ、七番街に住んでたんだ。あの事故で、そのまま……」
「そう、でしたか」
「……悪かった」
「……わたしに、言われても」
「……そうだな」


周囲を見渡した。あと、12人。そのくらいなら、まとめて連れて行ける気がする。誰も文句を言わなければ。そう考えたわたしの一箇所に纏まってください、という言葉に、彼らは誰も何も言わずに、言われた通り距離を縮めた。スラムの住民も、プレートの住民も。互いに目線は合わせない、けれど。


でも、それでいいんじゃないかな。そう思う。
相容れない人々と無理に協力し合う必要はなくて。ただ同じ場所で生きてゆけばよかった。協力できるところでだけ、協力しあって、互いの許せない思いにはそっと、目を瞑って。どうしていつも人間は、わたしたちは……わたし、は。それができないんだろう、それがとっても、難しいんだろう。


——死んでしまった人にとっては、それが全てなんやで。


少し前にケット・シーの叫んだ言葉が頭でまた、響いた。あの時なにもできなかったわたしはいま、何か、できたのだろうか。