「……起きたか」
「……?」
隣から聞こえた声に視線を向けて固まった。
一人だと思っていたテントについ先ほど偶然会ったトレーナーが座っている。茶碗を持って、何かを食べていた。
「ど、して……」
「お前が無謀な行動を取ったせいで倒れたのを見たポケモンたちが助けを求めてオレのところにきた。……いい迷惑だ、これに懲りたら無茶は止めることだな」
「……そ、か……ごめん……」
呼吸が苦しくて上手く声が出せないなかで、どうにかそう口にした。
……そっか、あたし、倒れたんだ。
テントを立てて、着替えて、そのあたりでもう悪寒はしてて、だから嫌な予感はしていた。
時間的に焚き火を起こさないと明日までに服は乾かないと思ったので、森の方に向かった。薪を集めていたところまでは覚えている。
記憶があるのは、そこまでだった。
「……食事はできそうか」
「……え、?」
「食事はできそうか、と聞いている」
睨みつけるような目で苛立ちを含みながらそう聞かれて体を起こす。
小さな音がして何かが額から落ちていった。ひんやりとしたそれが離れてようやく、額に氷が乗せられていたことに気がつく。あたしは氷タイプのポケモンは持っていない。シンジのマニューラだろうか、と考えながらどうにか起き上がった。
「うん、だいじょう、ぶ……」
シンジはその言葉を聞いて考えるような表情を浮かべた。どうしたのだろう、とシンジの方を見ると、目を合わせないまま口を開く。
「快復したらオレとバトルしろ」
え、と思わず呟いたけど、シンジは返事も聞かずにテントを出て行った。
なんだったんだろう。トレーナーだから、バトルを申し込まれるのはそんなに不思議なことじゃあないけど……
(……そもそもシンジはなんでここに、それにあたしは……)
テントの中が一人になったのでようやく、鈍く痛む頭でどうにか現状を整理する。
まず、あたしは着替えたあとテントに入ってない。だから、ここまでは誰かが運んできてくれたことになる。
順当に考えるなら、あたしのポケモン。ウィンディあたりなら運ぶことはできるだろうけど、寝袋にまで押し込めるのは無理だろう。そもそも背中に乗せることができない。次点でサイコキネシスが使えるキルリアがいるけど、キルリア自身よりもずっと大きな体をしたあたしをそう簡単に動かせるとも思えない。
——じゃあ、シンジが?
ポケモン達に呼ばれたのだと、そう言っていた。きっと倒れたあたしをどうにかするために探しに行ってくれたのだろう。できたポケモンたちだ、無茶ばかりのトレーナーと違って。
心配をかけてしまったことに申し訳なさを覚える。シンジがそうだったように、ポケモンたちにも呆れられてしまったかもしれない。
疲れも相まって自己嫌悪に陥りそうになったところで唐突に、テントの入り口が開いた。
「あ、シンジごめ……えっ……?」
入り口は淡く光を放ち、誰が触れたわけでもないのにひとりでに開かれていた。そしてその向こうから細くて美しい体と穏やかな表情のポケモン——わたしが持っていなかったはずの、けれど、いずれはそうなるはずの。
「……サーナイト」
自分だ、と主張するように一度鳴いて、ふわふわと浮かんだ器があたしの膝の上に下ろされた。
「進化、したの」
驚きでぶっきらぼうな言葉遣いになってしまうのも構わず、サーナイトは頷いた。茶碗の中にはお粥が入っている。スプーンが浮かび上がって一口分だけ取ると、あたしの口元へ近づいた。
ぱくり、と口に含むと、スプーンは口の外へと出てゆき、口にお粥だけが残される。優しい味が口内に広がった。
「……ありがとう。一人で食べられるから、大丈夫だよ」
サーナイトはその言葉に少し不服そうな表情を浮かべながらも、素直にわたしの手の上にスプーンを載せた。
スプーンを載せられたのとは反対側の腕を伸ばして、サーナイトの頭を撫でる。彼は気持ちよさそうに瞳を細めた。
「おめ、でと……よかった」
本当はゆっくり話し合いながら進化先を決めるつもりでいた。あたしのキルリアはオスで、エルレイドに進化をすることもできたからだ。
でも、サーナイトが望んでそうなったのなら、あたしから言えるのはおめでとうの一言だけだ。サーナイトは嬉しそうに笑ってテントを出てゆく。ゆっくりと入り口の布が下ろされた。
お粥を食べる。美味しい。さすがにサーナイトに料理は無理だろうから、作ったのはシンジだろうか。
——シンジ。特に親しいトレーナーというわけでもない。むしろ言葉のキツい彼には苦手意識を抱いていて、同じように旅をしているサトシとの口論もバトルも、どこか苦々しい気持ちで見ていることが多い。
けれど、同時にだからこそ、彼がトレーナーとしては優れた実力を持っていることは知っていた。
バトルをしろと言っていた。きっと、サーナイトのことだ。
バトルと引き換えに看病をするというギブアンドテイクなのか、スピアーの縄張りの話が多少なりとも有用だったからなのか、理由はよく分からない。
分からないけど、こんな風に親切にされるとどこか調子が狂うな、というのが正直な感想だった。
ことん、と音を立てて茶碗を置く。起きたままでは体が辛い。なんとか体を動かしてテントの入り口を開こうとすると、それは外側から開かれて、今度こそシンジが覗き込んでいた。
「食べ終わったか」
「うん。あの、いろいろ、ありがとう」
「……スピアーの件でも借りがある。そう思うならさっさと治してバトルの準備でもするんだな」
「……うん」
地面に置かれていた器を取って、シンジはテントを出て行った。
ふぅ、と小さく息を吐き出す。ゆっくりと体を動かして寝袋の中へ体を沈めると、疲れた体はすぐに眠気を訴えた。
今日はいろいろなことがあったなぁ。たいへんだったし、つかれたし、あたまもいたい……そう振り返りながら、今にも途切れそうな意識の向こうで、シンジがあたしを呼んだ。
「……おい、寝る前に薬くらい飲め」
「ぅ、ん……」
くすり、のまないと。
薄く瞼を開いて、差し出された錠剤を受け取り、差し出されたペットボトルに口をつけて喉の奥に流し込む。
ありがとうを言おうと口を開いた。
眠気が限界に達していた意識は、それが最後まで言えたのかも分からないまま、眠りに落ちて行った。