永遠を閉じ込める


そっと見守っての続き/DPアニメ99話、100話ネタ
※使える技は8世代基準


 夜の闇の中でピカピカと瞬く光がゆっくりと舞い降りて眼の前に着地した。幻想的な光景は何度見ても息を呑むくらいに美しいと思う。

「バルビート、いい調子だよ。すごくきれい」

 あたしの大事なパートナー、バルビートはおしりの光を瞬かせながら笑顔で頷いた。
 バルビートは夜行性で、昼よりも夜の方が本来の力を発揮しやすい。それを利用して人が寝静まった時間に繰り返しているのは技の特訓だった。

「光ることよりも、自分の集中力を高めることを優先してみようか、もう一回やろう」

 バルビートはその言葉に頷いて、真剣な表情で飛び立った。空中で静止し、精神統一を図るバルビートに向かってもう一度叫ぶ。

「『ほたるび』!」

 光が点滅して、暖かくあたりを照らし出した。
 バルビートは点滅を繰り返しながら辺りを飛び回った。光が少しずつ強くなってゆく。その光が一番明るくなった瞬間を見計らう。……今だ、

「『むしのさざめき』!」

 バルビートの羽が振動して、その音が作る衝撃波があたりに広がった。ざわざわと木々が揺れ、枝の先の葉が舞い上がる。

「よくなってきたかも!」

 やった、と拳を握って叫んだ。バルビートはそれを聞いて嬉しそうに鳴き返す。
『ほたるび』はバルビートの能力を高める技だ。だからそれに比例して次の攻撃が今まで以上に強力なものになる。そして、バルビートの放った『むしのさざめき』は普段より確実に強力なものになっている。でも、きっともっとやれるはず。

「バルビート、もう一回!」

 バルビートもやる気満々に頷いた。
 もう一度『ほたるび』を指示すると今度は安定して同じ明るさの光が点滅を繰り返す。ようやくコツを掴んできたみたいだ。『むしのさざめき』は技を出すたびその威力を増してゆく。これなら。

 次こそ、と考えたその瞬間、背中の方で草木の揺れる音が聞こえて振り返った。

「……だれ? 誰かいるの?」

 ざわざわという音は少しずつ近づいてくる。咄嗟にバルビートと視線を合わせ頷くと、バルビートは『ほたるび』を止めてあたしを庇うように前に立った。
 夜はほとんどのポケモンたちが眠りについているけど、一部のむしタイプや、ゴーストタイプのポケモンが最も元気な時間でもある。ポケモンハンターとか、悪意を持った人間だってこの時間に活動しているかもしれない。
 音が近づく。目の前の草むらが揺れる。小さく息を呑んだ。

「……ここにいたのか」
「っ、え? あ……シンジ?」

 そこに現れた予想外の人物に思わず声が裏返ってしまう。それからすぐにどくり、と心臓が大きく鳴った。

「え、と……どうしたの? シンジもポケモンの特訓に来たの? あたし邪魔なら場所譲るけど……」
「違う」

 多少不機嫌さを覗かせる彼になにかしてしまっただろうか、と思いながら尋ねると、シンジは「頼まれた」と言って紙袋を差し出した。半ば押し付けられるように受け取って、開けていいのか問えば無言のまま頷かれたのでそっと開く。

「……おにぎり……もしかして、タケシ?」
「お前の夕食だと言っていた」
「あっ、そっか、また食べるの忘れて……」

 ここ最近バルビートの特訓に集中するあまり食事を忘れることがけっこうあって、そのたびにタケシが食事を取っておいてくれていた。今日はおにぎりを作ってくれたらしい。……何故それを持ってきたのがシンジなのかは、よく分からないけど。
 料理上手のタケシと旅をしているとこういうときに助かるなぁ。今更ながらに空腹を自覚して、袋の中からおにぎりをひとつ取り出した。

「持ってきてくれてありがとう。ひとつ食べる? タケシのごはん、美味しいよ」
「いや、オレはいい」

 そっか、と返して近くの木に寄りかかるように座り込んだ。

「バルビート、いったん休憩にしよう」

 バルビートにも声を掛けると、分かった、というように鳴いてあたしの隣に着地する。
 リュックサックの中からポフィンを一つ取り出して、おやつ代わりに差し出すと、バルビートは嬉しそうに両手で受け取って口を開いた。

「『ほたるび』か」
「うん。でもなかなかうまくいかなくて」

 きっかけは少し前に遡る。
 四天王の一人で、シンオウ一のむしタイプ使いのトレーナーでもあるリョウさんの公開練習を偶然見学した時のことだ。

「このバルビートで、リョウさんのアゲハントとバトルさせてもらったんだ。全然歯が立たなかったけど」

 それで、特訓中。そう言葉を返しながら一枚の紙を取り出した。
 リョウさんのブロマイド、サイン入り。そのときにもらったものだった。笑顔のリョウさんは確かにかっこよくて、サインを求めてあれだけの行列ができていたことも十分に頷ける。そして四天王だけあって実力もまた確かなものだった。……実際に戦ったわたしが、それを一番実感した。

「リョウさんとバトルだと?」
「うん、たまたま公開練習の場に居合わせて……リョウさんの厚意でね」

 実力の差は分かっていた。同じむしタイプ使いだからとリョウさんが提案してくれて、それで半ば唐突にバトルが決まったので、別段対策を立てたわけでもない。最初から勝ち目は薄かったのかもしれない。わたし自身、勝ち負け以上に今の自分がどこまで通用するのか試したかったし、それは十分に実現されたと言っていいと思う。
 でも、長いあいだ離れていたはずのアゲハントとのぴったり合った呼吸とか、的確な指示の下繰り出される強力な攻撃に、バルビートはろくに攻撃を繰り出すことさえできずに倒されてしまって。それにとても悔しい思いをしたのは事実だった。

「『ほたるび』はバルビートの能力を大きく高める技だから、使えるようになればきっと大きな武器になるって、リョウさんにも言われたんだ」
「だろうな。オレがトレーナーなら真っ先に覚えさせる技だ」
「ふふ、バルビートは『ほたるび』がなくても強いんだよ」

 暗にお前は今まで何をやっていたのかと言わんばかりの言葉に舌を出して笑った。シンジは呆れたようにため息をついてヌルいな、と呟いた。
 ほたるび。当然頭になかったわけじゃあない。ただ、こういう技の発動に溜めを作るような技は隙を産みやすいし、バルビートは決して耐久型のポケモンではないから、その隙は場合によっては致命傷になってしまう。それを嫌って避けていた。
 でも、いつどうやって技を使うのか、いかにその隙をカバーしてゆくかはトレーナーの力量次第。それに技の使い方は常に一通りじゃあない。それはこの旅の中でサトシはヒカリから教わったことでもある。

「まあ、ほたるびはうまく使えばバルビートが今よりずっと強くなるのは間違いないから。頑張ろうね?」

 ひと足先におやつを食べ終えたバルビートは元気に頷いて飛び上がった。
 ぴかぴかとお尻の光を点滅させながら辺りを飛び回りはじめる。やっぱり本当に綺麗だな。一回コンテストにでも出てみたら意外といい線いくかもしれない。
 ……とはいえまずは『ほたるび』を完成させるのが先。あたしも早く食べきろう、と考えて最後の一つに手を伸ばし、いつもよりも大きめに一口齧り付く。タケシの料理はやっぱり美味しい。中には梅が入っている。半分ほど食べたところでふと呟いた。

「シンジもシロナさんとバトルしてたよね」
「ああ。……オレも、全く敵わなかったが」

 あたしと同じだ。そしておそらくシロナさんを倒すため作戦を練って挑んだシンジはきっとあたし以上に悔しい思いをしたんだろう。

「やっぱりチャンピオンや四天王ってすごいんだなあ」

 当たり前のことだけど、たぶんシンジやあたしはそれを本当に知っているから。シンジはその言葉に同意を示して、「だが、」と続けた。

「……次は負けない」

 顔を上げると、シンジは右手を握りしめて眉を寄せていた。親指が小さく震えている。とても強く右手を握っているんだろう。手のひらに指が食い込むくらいに。きっとそれだけ、悔しかったんだ。
 足元の枝が折れる小さな音が静かな夜の森に響いた。あたしは立ち上がっていた。半ば無意識の行動だった。

「手、傷がついちゃうよ」

 両手でそっと包んで、ゆっくりと右手を開く。抵抗はなかった。手のひらには小さな傷がいくつか残っていて、彼のこれまでの努力が伺える。誰より頑張っているこの人のことが好きだなあと、そう思って笑みが溢れて。

 正面で小さく息を呑む音が聞こえる。それにはっとして両手を離した。

「ごっ、ごめん、あの、痛そうだったからつい……」
「……いや、」

 やってしまった、と思った。突然体を触られたらいい気分はしないだろうし、っていうかそんなことより何より、恥ずかしい。

(う、うぅ……バカだなぁ、自分から失態を犯しにいくなんて……)

 気まずい沈黙が辺りを包んでいる。夜だからか、風が草木を揺らす音と、バルビートの飛び回る羽音くらいしか周囲に音という音はない。
 シンジ、怒ってるかな。どんな表情を浮かべているのか気になったけど、顔を見る勇気はなかった。視線の先では相変わらずバルビートが飛んでいる。一定間隔で点滅を繰り返すその光をじっと見つめて、心を落ち着かせようと深呼吸。

「……綺麗だな、」
「へ?」
「バルビートだ」

 およそシンジの発したとは思えない言葉に思わず、シンジの方を凝視してしまう。シンジもまたバルビートをじっと見つめていた。穏やかにバルビートを見つめるシンジの横顔もまた、バルビートの点滅に合わせて仄かに照らされては消える。

「うん、そうでしょ」

 あたしの自慢なんだ。そう続けて、あたしもバルビートに視線を戻した。
 ずっと見つめていたいと思うくらいにシンジがかっこよくて、それが恥ずかしかった。夜は静かで、月の光とバルビートの『ほたるび』だけがあたりを照らしている。ポケモンセンターからは少し離れたこの場所に、サトシは他のみんなはいない。そんなことを突然に意識させられて心臓が痛んだ。でも、それ以上に。

(……今なら、)

 今なら、手を伸ばせば届くんだ。
 だからって、そんなことができる勇気は当然ない。代わりにもう少しだけ、ここで静かに過ごしていたいと思う。