バレンタイン前日


「アローラ!」

 眩しい太陽が降り注ぐ、いつも通りの爽やかな朝。声をかけて教室に入ると、中にはもう皆が勢揃いしていた。アローラ、と声を合わせて返すみんなの間をぬって自分の席へと荷物を置くと、スイレン、リーリエとテーブルを囲んでいたマオが歩み寄ってくる。

「今日の放課後なんだけど、まずは買い出しから始めようと思うんだ。レシピの準備はできてるから買うものも決まってるんだけど、せっかくだからみんなでどうかと思って」
「うん、もちろん! なにからなにまで、本当にありがとう」
「ううん、いいのいいの。あたしも、すっごく楽しみにしてたから!」

 うきうきと弾む声は、マオのその言葉が本心からのものだと伝えていて、わたしも思わず頬を緩める。
 今日は2月13日。明日は14日——バレンタインデーだ。これを機に、お世話になっているみんな……両親とか先生とか、それにクラスメイトの男子たちに、感謝の気持ちを込めてチョコレートを作ろう、という話になったのはつい数日前のことだった。マオが持ってきたチョコレートのレシピ集を広げて、これをベースにこうしたらどうかとか、こんな材料があれば華やかになるとか、そんな話で盛り上がって、そのまま「じゃあ一緒に作ろう!」という流れになって。さらに、それを聞いていたカキも輪に入ってきて、「ホシもチョコレートを作りたいって言い出したんだ。一人じゃ危ないからダメだって言ったんだが……それならホシを連れて行ってもいいか?」と言い出した。マオは満面の笑みで頷いた。わたしたちも当然、異論はなかった。
 それで今日の放課後、お菓子作り会の開催が決まった。場所は広いキッチンのあるアイナ食堂——特別に店を閉めて貸してくれるらしい。メンバーはマオとスイレン、リーリエにわたし、そしてホシちゃんの5人だ。

「ホシはオレが一度アーカラ島に戻ってから連れてくるから、合流するのは買い出しの後からでもいいか?」
「うん、ぱぱっと済ませてアイナ食堂で待ってるね!」
「すまない、助かる……」

 申し訳なさそうな表情で買い出しへのホシちゃんの不参加を告げたカキだったけど、それからやがて表情は蕩けるようなそれに変わった。何を考えているのかなんてすぐにわかる——ホシちゃんからもらえるチョコレートが楽しみなんだろう。

「チョコレートかあ……マオやみんなが作るなら、きっとすっごく美味しいんだろうなあ」

 マーマネがそう言うと、頭の上に乗っていたトゲデマルもマチュチュ! と元気に鳴いて同意を示しているみたいだ。「楽しみにしてて、わたしたちのスペシャルスイーツ……!」と、拳を高く掲げたスイレンが返す。わたしも、作るのが一人だったならそんな言葉を言われたら「期待しないで」と苦笑いするところだけど、今回はマオがついてるから何も心配することなんてない。自信満々にスイレンの言葉に頷いて見せる。

「皆さんと一緒にお菓子作りだなんて、わたくし初めてで緊張してしまいます……!」
「大丈夫だよリーリエ、楽しんでいこ?」
「はい!」

 そんな会話をしていたところでちょうど、「アローラ!」と新しい声が教室に響いた。ククイ博士が入ってくる——一旦この話は中断だ。アローラ、と返して席につく。ククイ博士が来たということは、授業開始の合図。ネッコアラが鳴らす鐘の音が響いた。
 ……と言ったって、そんな簡単に気持ちが切り替えられるわけもなく。昨日作ろうと言っていたチョコレートたちを頭に思い浮かべながら考える。チョコレートを渡したい人。いつもお世話になってる、スクールのみんな。カキたち同級生に、ククイ博士、それからオーキド校長。ポケモン用と人間用とを作るから、あのネッコアラにもわけてあげたらいいかもしれない。それから、両親と、市場のおばちゃんにも渡しに行こう。いつも行くたびに新鮮なきのみを分けてくれて、とってもお世話になっている。
 ——あと、それから。もう一人だけ、脳裏によぎった人がいた。チラリと視線を横へ向ける。授業が始まっているから、真面目なリーリエは真剣な表情で黒板を見て、ノートを取っていた。

(……でも、あの人はメレメレ島にはいない、よね)

 わかってはいる。いるのだけど。バレンタインは本当なら、好きな男の子にチョコレートを渡す日、のはずで。好きな人、って言われて真っ先に思い浮かぶ人。でもあの人はいつも島にいなくて、どこかでポケモンたちを鍛えているらしい。だから、今どこにいるかなんて誰も知らない。そんな都合よく明日だけ近くにいるなんてこともないだろうし。
 ……ああでも、渡す機会があるのなら。気持ちを伝えようなんてそんな大それたことは思ってないけど、せっかく一生懸命作るんだ、食べてもらえたらいいなと思う。