バレンタイン前日


 鐘の音が響く。昼下がりの太陽は丸く大きく、アローラの大自然を照らしている。

「じゃあ、すぐに帰ってホシを連れてくるからな!」
「うん、アイナ食堂で待ってるね! じゃあ、みんな行こうか」
「はい、本日はよろしくお願いします」

 カキは少し急いだ様子でリザードンの背中に飛び乗り、あっという間に島を離れていった。その脇で、「ボクも楽しみにしてるよ。じゃあまた明日!」とわたしたちに声をかけて、頭の上のトゲデマルとともにマーマネも歩き去ってゆく。
 家路に着く彼らを見送りながら、わたしたちだってそんなに時間の猶予があるわけではない。ホシちゃんがくるまでに買い物を済ませないとね、と言って、すぐに市場の方へと向かった。

「必要なものはリストアップしてあるんだけど……いくつかお店を回らないといけないから、手分けして買ってきた方が効率的かな?」

 マオのその言葉に、皆で作業の分担を決める。二手に分かれれば十分だろうと、わたしは買い物メモの半分を受け取って、リーリエとともにいつもきのみを分けてくれるおばさんの元へと向かうことになった。

「ナマエ、どうぞよろしくお願いしますね」
「うん、こちらこそ! まあ、きのみだけならいつものお店でじゅうぶん揃うと思うし、何も心配はいらないと思うけどね」
「たしかに、あのお店の方なら新鮮でおいしいきのみを、たくさん用意してくださりそうです」

 リーリエと雑談を交わしながら、市場でいちばんよく訪れるきのみを売っているお店を訪れる。わたしたちに気づいたおばさんが、にっこりと笑って「あら、いらっしゃい」と声を掛けてきた。

「今日もおいしいきのみがたくさん入ってるよ。どれか食べていくかい?」
「いえ、今日はマオたちとチョコレートを作るんです。それで、必要なきのみをいくつか分けていただきたいのですが……」
「ああ、バレンタインだね。今日はそんなお客さんがモモンのみをたくさん買っていくんだ。お嬢ちゃんたちもモモンのみを買いにきたのかい?」
「はい、あと、ほかにも……」

 ナナシのみ、マゴのみ、それにヤチェのみ。きのみに詳しいわけではないわたしには並べられても何がなにやらだ。向こうに何個か並んでいる真っ赤なきのみ、マトマのみがすっごく辛いことくらいは知っているけれど、マオに頼まれたこれらのきのみがチョコレート作りでどんな役割を果たすのかは正直なところさっぱりわからない。ただメモに書かれているきのみを書かれている数だけ受け取って、財布からお金を取り出す。

「はい、ちょうどだね。ありがとう、美味しいチョコレートができるといいねえ」
「ありがとうございます! あの、美味しくできたら、おばさんにも渡しにきますね」
「あら、いいのかい? そりゃあ楽しみだよ」

 頑張ってねえ、とおばさんに声をかけられて、リーリエとふたり、大きく頷いた。美味しくできたら、なんて言ったけど、わたしたちにはマオがいるので、実際のところそんな心配はしていない。毎度あり、の声を背中に受けて、リーリエがシロンに声を掛けた。

「シロン、行きますよ」

 ぺろり、と舌で口の周りを舐めたシロンは、コン、と鳴いてリーリエの胸に飛び込む。足元にはオボンのみの種が、実を綺麗に削り取られて転がっていた。

「シロンはこちらで食べるオボンのみが大好きなんです。ね、シロン?」

 その通りだと頷くようにシロンが笑顔で鳴いた。このシロンは基本的にはリーリエに似てとても気品のあるポケモンだけれど、食事の時だけはまるで少し前まで共に過ごした、我らがアローラチャンピオンを思い出すような勢いでばくばくと食べるギャップが可愛らしい。というか、シロンのその食事は実際にパートナー交換の授業の時にサトシやそのポケモンたちの癖が移ってしまったのだと、リーリエは少し前に困ったふうに笑いながら言っていた。元気なことはいいことだよ、と返せば、その通りですねとリーリエは笑っていた。

 それからいくつかの店を回ってメモに書かれた材料を集め、待ち合わせ場所にしていたアイナ食堂へと戻ると、ちょうど道の反対側から分かれて別のお店を回っていたマオとスイレンが歩いてくる。それに気がついたマオが大きく手を振った。

「ナイスタイミングだね」
「はい。マオたちもお買い物は無事終わりましたか?」
「買い物、完璧……!」

 スイレンが強く頷いてリーリエの言葉に答える。こちらも、とマオに買い物かごの中身を見せると、マオは瞳を輝かせて「このナナシのみ、すごく美味しそう……!」と手にとった。
 ナナシのみはとても固くてどうやって使うのか今ひとつ分かっていないのだけど、太陽に翳してニコニコと笑うマオはとても嬉しそうだ。きのみの良し悪しは分からないのでおばさんに任せてしまったけれど、やっぱりそれで正解だったらしい。まあ、どれを選んでもまずいことはきっとないのだろうけれど。

「マオー! みんなー!」
「おねえちゃんたちー! こんにちはー!」
「あ、カキー!」

 ふと、頭上から聞き慣れた声が響いて顔を上げた。大きな影がすごいスピードで近づいてくるのに手を振って答える。カキと、一緒にチョコレートを作る約束をしていたホシちゃんだ。外で待とうと思っていたわけではなかったけれど、買った品物をマオに見せていたのが結果的にはちょうどよかったらしい。
 リザードンが道の真ん中に着地すると、まずカキが地面へ跳び下り、次に大ジャンプを決めようとするホシちゃんを慌てて止めて、カキがホシちゃんの胴体を掴んでゆっくりと地面へ下ろした。その過保護ぶりは相変わらずというかなんというか。まあカキらしいなと顔を見合わせて笑い合う。

「みんなー! アローラー!」

 地面に下ろされてすぐに駆け寄ってくるホシちゃんに、みんなでアローラ! と挨拶を返すと、ホシちゃんは「今日はよろしくお願いします!」と言って頭を下げた。元気なホシちゃんにわたしたちの口元も自然と緩む。これはカキがメロメロなのも納得だね、と、顔を見合わせたマオも同じことを考えているとはっきり分かった。

「うん、こちらこそよろしくね?」

 マオが笑いかける。それを見届けて、カキが「じゃあ頼んだぞ」と声をかけて再びリザードンに飛び乗った。

「日が沈む前には迎えにくるからな! ホシ、火には近づいちゃダメだぞ、あと包丁も危ないからお姉さんたちにやってもらいなさい、あとそれから」
「もー、大丈夫だよ! お兄ちゃんは早く帰って!」
「ほ、ホシー……」
「強い、ホシちゃん……!」

 涙目のカキを軽くあしらうホシちゃんはカキの扱いによく慣れている。微笑ましい兄妹の会話が終わり、名残惜しそうにしながらも飛び立ってゆくカキを見送ってから、皆でアイナ食堂の扉を潜った。