いつかの君と蒼天の下で



 イシュガルドは今年、大きな節目を迎えた。

 1000年にわたり続いた竜詩戦争が集結して30年。ドラヴァニアに暮らす竜たちがイシュガルドの空を飛ぶことも今や珍しいことではない。

 都市を離れて竜とともに暮らすことを選んだヒトもいれば、都市でヒトとともに物づくりに励む竜もいる。それをよく思わない竜も、もちろんヒトも、いなくなったわけではないけれども、同じように2つの種族の共存を望み、互いを知ろうとする者たちがいて、そうして互いに、決してあの1000年の悲劇を繰り返してはいけないという、強い思いがある。

 竜と戦争をしていたことを知らぬ子供が生まれ、彼らが大人になるまでの月日が流れた。悲劇は忘れるから繰り返す。竜は長く生きるけれども、ヒトはそうではない。
 今はまだいいのかもしれない。終戦の英雄も、イシュガルド改革の旗振り役であった議長も皆生きて、真実を伝え続けているのだから。けれどときが流れれば、当然少しずつ当時を知る人が減ってゆく。
 それを先延ばしにしてはいけないだろうと、少しずつ、けれど様々な取り組みが行われ始めた頃のこと。

 覚えているにはどうすればいいか――その時提案されたのは、竜と人とのある共同事業だった。



 英雄と呼ばれるその人が話を聞いたのは、まだそれがイシュガルドの正式な事業となるよりも前、偶然に会った旧友と食事を共にしていた時のことだった。

「どうだろうか、君さえ良ければすぐにでも議会で具体的な話を審議を始めたいのだが……」

 男は白髪交じりの癖毛を揺らしながら小さく首を傾げてそう尋ねた。
 初めて会ったときには艶々とした黒髪だったことを思えば、あれから長い、長い時間が経ったようだ。無論、英雄もまた人のことなど言えない――困ったように笑うと、目尻の皺がくっきりと濃くなった。

「ううん、予想外のことでうまく話が理解できないや。どうしてわたしが?」
「君は幻龍ミドガルズオルムに認められ、フレースヴェルグに会い、そして邪竜ニーズヘッグを討った。建国十二騎士と同じか、或いはそれ以上にこのイシュガルドにとって英雄だろう。イシュガルドは竜詩戦争の過ちを正しく後世に伝えるためにどうすべきか考える段階にきている」

 だから、君の石像をファルコンネストの、融和のモニュメントの下に設置したい。
 それが彼の、そしてイシュガルド議会の提案だった。

「イシュガルドの民ではないわたしの? 貴族院は反対したんじゃあ……」
「ああ、だがデュランデル伯爵が熱心に説得してくれた。このイシュガルドを救ったのはあの英雄がその架け橋を作ったからであり、大事なのは血筋や家柄、ましては国籍などではなく、その行いにあるのだとね」
「……へぇ、ロナンタンが」
「ああ。彼のことは私も幼い頃から知っているが、いい当主になったようだね」

 先代伯爵であったシャルルマン・ド・デュランデルが甥のロナンタンに爵位を譲ったのは、ロナンタンが成人したのと同時であったと聞く。
 ……そうか、彼は元気にやっているのか。英雄と呼ばれたその人は、どこか懐かしいものを思い出すように瞳を細めた。ちゃぷん、と手に持っていたグラスが小さく揺れる。

 竜詩戦争のこと、イゼルと、エスティニアンと、アルフィノとの旅のこと。友の微笑みと、イゼルの最期。
 目の前の男の養父だった男を、殺したこと。

 この国の、そしてエオルゼアの他の地域から訪れたたくさんの職人たちと協力して蒼天街の復興事業に参加したこと。
 完成した街で過ごした暖かな時間のこと。

 イシュガルドにはたくさんの思い出がある。世界の他の場所でそうであったように。
 未来へと進むために、過去を大切にしたいと言うならば、そのために、自分という存在が必要だというのなら。

 グラスから目の前の男へ視線が移された。微笑みを保ち答えを待つアイメリクに、英雄は口を開く。

「ひとつ、条件がある。議会にある提案をさせてもらいたい」
「提案?」
「そう。もちろん話し合いの上受け入れられないと言うならそれでも構わないが……」
「いや、君が無意味な提案をするとは思えない。内容次第だが、それが通るように私は全力で支援するよ」
「君にそう言われると心強いね、じゃあ――」

 光の戦士と呼ばれたその人の続けた言葉に、アイメリクは瞳を見開いて、そしてーー