いつかの君と蒼天の下で


「相棒、これは少し……美化しすぎじゃないか?」
「エスティニアンが忘れているだけだよ」
「いや、どう考えてもこれはないだろう」

 微妙な表情のエスティニアンと、ニコニコと楽しそうに笑うこの星の英雄。2人のそんな会話をパタパタと羽を上下させながら楽しそうに聞いている竜が一匹。その後ろには緊張した面持ちの職人たちが立っている。

「ふふーん、どうでち? これはわたちがイチから作ったのでちよ!」
「いやあ、これなんかわたしにそっくりだよ、もうものづくりじゃあ君には敵わないね、エル・トゥ」

 エスティニアンと英雄の手には粘土でできた人形が1つずつ――つまり合計で、2つ。
 片方は明らかにこの場に立つ英雄を模している。そしてもう一つは、

「エル・トゥはイゼルには会ったことはないんだろう、まるで本人がここにいるみたいにそっくりだ」
「やったでち! 色んなヒトから話を聞いて、頑張って再現したでちよ!」

 もちろん、その「色んなヒト」の筆頭がこの光の戦士であることは言うまでもない。楽しそうに笑って、でもあと2ミリくらい髪が長かったかも、などというのをエスティニアンはため息をついて聞いていて、エル・トゥは対照的に真剣な表情で聞きながらなるほど、頷いた。

「だいたいこの女の石像が本当に必要なのか? お前が一人いれば十分じゃないか」
「なんならエスティニアン、君を加えてもいいくらいだと思うよ」
「冗談はよせ。死んでも御免だ」

 心底面倒だ、と言いたげな顔でそう言ったエスティニアンを横目に、その相棒は可笑しそうに笑った。

 ――自分の隣に、イゼルの石像も作ってほしい。
 それがあの時、終戦の英雄がアイメリクに提案したことだった。それはイシュガルド議会で英雄の石像を作ること以上に紛糾した議論となったらしい。結局貴族院では一度否決されたものの、庶民院での多数の賛成と、数年前に制定された庶民院の優越権により、なんとか形になったのだとアイメリクが少し疲れた様相で教えてくれた。

 そして今、目の前にその石像を彫刻するための粘土模型がある。エル・トゥが微修正を加えたそれに、英雄は満足げに頷いた。

「模型が完成したらいよいよ彫り始めるでち。今回はわたくちのほかにも3翼の竜たちが参加するのでちよ!」
「あれから順調に仲間も増えてるんだ、よかった」
「もちろんでち! 竜たちだって、ヒトのことをよく知れば怖くないし、ものづくりも楽しいって少しずつ分かってくれてるでち」
「エル・トゥのお陰だね」
「そんな……照れるでちよ」

 エル・トゥは再びぱたぱたと羽を上下に揺らすと、くるりと一周バク転をしてみせた。初めて会った日のドラゴネットからは随分と様変わりしたはずなのに、不思議とあの頃と重なって見える。

 ――思い出ばかり頭に蘇るだなんて、わたしももう年かな。心のなかで呟いた。
 まだ若竜のエル・トゥはくるりと反転して連れてきたヒトの職人たちと何かを話している。真剣な中にも隠しきれない楽しげに弾む声。無意識のうちに隣の男へ視線を向ければ、彼もまた此方を見つめていたらしい。目が合って小さく、笑いあった。

 時代は変わる。変わっていくことは素敵なことだ。人間の職人が竜の職人から指示を受けて真剣に聞いている様子など、竜詩戦争の頃には考えられなかったことだろう。

 そして同じだけ、変わらないものがあるのも素敵なことだと知っている。救世の英雄を未だ相棒と呼ぶ友との絆や、その呆れたようなため息であったり、とか。



 イシュガルドは今年、大きな節目を迎えた。
 ドラヴァニアに隣接するクルザス西部高地には今日も多くのヒトと竜とが行き交っている。ファルコンネストはいつも以上に賑わって、ざわざわとヒトの話し声が冷たい空気を震わせている。人混みの向こうには見慣れた顔がいくつも並んでいる。

 小型の竜が、ものづくりのために進化したその器用な両手で布を掴んで飛び上がる。それと同時に歓声がその場に響き渡った。

 布が取り払われた先で、にっこりと微笑む若き日の英雄が、同じように柔らかく笑う長髪の女性と共に立っていた。
 ここに居る者たちはもう、彼女が憎むべき異端者ではないと知っている。

 ――この地で起きたすべてを覚えていてほしい。それが、ここで融和の象徴として立ち続けることを承諾した理由だった。誰がこの地で本当に竜との融和を築いてきたのか。そして、その行動の向こうに何があったのかを。
 同時に、英雄にもまた、守れなかったものがあるということを。命を賭して守らなくとも、誰しもが幸せに生きられる世界がどれだけ尊いのかということを。

 西部高地の人集りは今しばらくたえることはないだろう。
 これだけの人がいればもうきっと、少女は独りで凍えてしまうこともない。

「氷の巫女があんな気色悪い顔をしていたことがあるか? ……相棒は相変わらずアイツに甘いな」

 どこかで誰かがそっと呟いた。呆れたような声だった。スピーチのためにマイクを持って前に立つ相棒を静かに見守っていた。