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「あーーいっけね、ホント此処どこだよ…そしてルビーはどこに行ったんだ…」


デュエルアカデミア本校に留学生ときて数日、未だにその構造に慣れない方向音痴のヨハンは、もう何度目とも知れない迷子になって何故か森を彷徨っていた。いつもは建物の中で教室が分からなくなるくらいなのだが、今日は何故だか道を案内してくれているはずの相棒、ルビー・カーバンクルが寮をでた途端にどこかへ消えて行ってしまったのだ。はじめはそれを追いかけていたはずだったのに、気づけばルビーの姿は見えないし、それどころか周囲を囲む木、木、木…迷い込んだ森からは授業のある建物がどの方向にあるかさえ分からないし、方向音痴のヨハンは当然自分がどこから来たのかも分からない。これはもうこの授業の出席は諦めて、休み時間にPDAで誰か、例えば親友の十代に連絡をして迎えに来てもらった方がいいだろう。そう考えると溜息を一つ吐いて森の散策を続けることにした。


森の中は薄暗かったが、地面には草が生えていて、沢山の虫が飛び回っていた。時折揺れる木々には小鳥が囀っている。孤島に建つ建物なだけあって、森の生態系は豊かで、歩いていても退屈を感じることはない。そうして歩いていたヨハンは、ふと少し奥の方の地面が明るいことに気づいた。森の中でそこだけ、木の生えていない小さな中庭のようなものが広がっているようだった。小さな非日常のような冒険が楽しくなっていたヨハンは、その少し開けたところへ近づいてゆく。


木々を抜けたところに広がっていたその光景をヨハンは一生忘れないだろう。


「お前は一体何処から来たの?」
「ルビルビっ」
「ふふ、全然分からないね」


小さな広場のような其処の、切り株に座っていたのは天使だった。少なくともヨハンの瞳にはそう映った。白いワンピースを着て、ふわふわとした緑色の髪をした女の子が肩にルビーを乗せて笑っている。優しい眼差しでルビーを見つめながら。同じくらいの年頃の女の子だろうが、それにしてはあまりに無垢な雰囲気で其処にいたので、隣にいるカーバンクルの存在も相まって本当におとぎ話や神話の世界に迷い込んでしまったかのようだった。


「珍しいねえ、カーバンクルのモンスターなんて。初めてみたわ」
「そりゃあ世界に1枚しかないカードだからな」


緑色の髪が揺れて、視線が此方へと向いた。驚いたように見開かれた目。瞳は優しい紫色をしていて、すこしあどけなさの残る、女の子。


「キミも精霊が見えるのか。本校には精霊の見えるデュエリストがたくさんいるんだな!」
「ということは、あなたも…?」
「ああ!其処にいるルビーの家族さ」
「そうなんだ…」


そう言って俯く彼女に、ヨハンは近づいてゆく。人見知りなのか、言葉を探しているようにも見えるが開いたり閉じたりする口から意味のある言葉は出てこない。途端に先ほどの神聖にさえ見えた彼女が近い存在に思えて、ヨハンは笑った。


「俺はヨハン・アンデルセン。アークティック校から留学してきたんだ」
「わたしは、藤原名前…訳あってここで生活してるけど、DAの生徒ではないの…」
「そうだったのか。制服着てないし、この時間にこんな所にいるし不思議に思ってたんだ。俺と同じ迷子だったらどうしよう、とかな」


ヨハンがそうおどけたようにいってウインクをすれば、名前は困ったように笑った。ーー対人関係が本当に苦手なんだろうな。ヨハンは思う。ルビーに向かって自分から話しかけていた時とは大違いの反応だった。


「迷子、なら、建物の近くまで…その、案内、できるよ」
「本当か!?サンキュー!!これで授業に欠席せずに済むぜ!」
「えっと、もうあと30分くらいだし、それは分からないけど…」
「大丈夫大丈夫、だいたいこんな複雑な構造してるのが悪いんだよな、島は広いし」
「そうかな…」
「そうそう。俺みたいな方向音痴じゃあ一回迷子になったらもう二度と戻ってこれねー」
「そっか…」


こっちだよ、と指を指しながら立ち上がって歩き出す名前をヨハンとルビーが追いかける。白いワンピースは先ほどの太陽の下では眩しく見えたけれど、森に入ると辺りの雰囲気とはどうも合わなくて、そこだけ浮いて見えるようだった。


「なあ、名前もデュエルするのか?」
「デュエルは…しない、かな…」
「でも精霊は見えるんだろ?」
「うん…」


ヨハンは名前に会話を振り続けて、名前は精一杯になりながら返す、そんなやり取りを続けている間にもゆっくりと、しかし迷いのない足取りで名前は歩き続ける。そうしてヨハンがどんなモンスターと出会ったことがあるのかを聞くと、名前は顔を上げて、紫の瞳を細めて笑った。


「小さな頃からずっとサイレント・マジシャンがわたしの家族なの。フォーもエイトも、あまりよく話す方じゃあないけれど、わたしの唯一の話し相手で、友達で、親友で、家族…他にもデッキにはたくさんのカード達がいてみんな友達だけど、サイレント・マジシャンはずっと一緒にいたから…」


話すぎちゃった、かな。ごめんね。なんて笑う名前。
ヨハンも同じように笑った。2人の視線が重なる。


「そんなことないさ。名前はそのサイレント・マジシャンが大好きなんだな」
「…うん」


そうして途端に少し顔を赤くしながら視線を逸らして下を向く名前。ーー可愛い、と素直に思った。
やがて2人は森の端にやってきて、ヨハンも見覚えのある建物が見えてくる。


「…その建物が、高等部の教室棟…」
「おっ!やっと知ってる建物だ」
「…うん、わたし、ちょっとその、人に会うのが怖いから、此処までで…」
「ああ、大丈夫。わざわざ案内してくれてありがとな」


そう言葉を交わすと、俯いていた名前が不意に顔を上げた。


「あの、ヨハン、君」
「おお、ヨハンでいいぞ?なんだ?」
「わたしの家族、貴方に紹介したいの。また、会える…?」
「勿論!どんなモンスターがいるのか今から楽しみだぜ!」


勇気を振り絞るようにそう言った言葉は、また会いたいの一言で。
そのときのヨハンにはそれが彼女にとってどれだけ大変な一言なのかは分からなかったけれど、初めて出会った精霊の見える女性、謎の包まれた彼女に興味を抱いたのは確かで。


「…じゃあ、時間があったら連絡貰えると…」
「ああ、多分休日には連絡できるぜ」
「うん。あと、あの今日のことだけど…」
「他の人にはナイショにしろってこと?」
「…うん、ごめんね…ちょっと…」
「大丈夫。よくわかんねえけど、なにか事情があるんだろ」
「…うん…」


俯く名前にできるだけ優しい声で、微笑みながらそう言うヨハンに、名前は安心したような表情を浮かべて。


「じゃあ、またね…」
「おお!またなー」


此処から何かが、少しずつ変わってゆく。

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