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わたしが初めて恋をした存在は、人間ではなかった。正確にはわたしにも人並みに恋人がいたことはあったし、そう言う人たちを好きでなかったといえば嘘になるけれど、でもこんなにも激しく、唯1つの存在を強烈に求めようとする想いは、彼に出会うまでは知らずにいて。だからわたしはこれこそが初恋で、そして同時にこれこそが最後の恋だと、そう確信したのだ。美しい人、自らの愛のために何者も傷つけ、壊し、愛を痛みだと言って憚らず、最後にはその愛を実らせて愛する人と1つになった。ーーユベル、あなたの愛が好きだった。


それとは対照的に、もともと交友はあったけれどそこまで親しいわけでもない遊城十代のことを好きかと言われれば、多分わたしは嫌いだった。わたしはユベルの愛が成就してこの上なく幸せそうにしているのを愛しながらも、その愛を一身に受ける十代に嫉妬していた。彼の愛がほんの少しでも他所へ向くことなんてないと分かっているのに、そんなユベルを愛しているのに尚。けれど異世界から戻った彼は、周囲との交流を断ち1人でいるようになった少しだけ暗い瞳の彼は、わたしを求めた。ーー求めた、という言葉には語弊がある。彼は知っていた。わたしが彼の隣を浮遊し彼の中に眠る存在を視認することも、そして、その存在を愛していることも。自分が周りに与える影響を知った彼は、だからこそ影響を受けないわたしで孤独をごまかす術を覚えた。彼は時折わたしを部屋に誘っては、わたしを抱いた。わたしが、彼の指先の感覚さえユベルと共有していることを知っているわたしが、その手を拒めないことを知っていたからだ。わたしは静かに彼からの行為を享受した。その関係は十代が周囲との関係を取り戻して以降も卒業するまで続いていた。


そしてまた、わたしはヨハンのことも嫌いだった。ヨハンはユベルから憎まれ、その身にユベルを宿していたからだ。愛を受け取ることも、愛を向けられることもないわたしは、たとえ怒りであろうと、嫉妬であろうと憎しみであろうと、ユベルからの感情を受けるヨハンに、もしかすると十代以上に嫉妬していたと思う。わたしがヨハン眼差すとき、そこにはいつも嫉妬や憎しみが渦巻いていた。


転機が訪れたのはちょうど、アカデミアの卒業式の後のことだった。
ヨハンがわたしに話があると言って連れ出した。周りはそれを告白じゃあないか、と期待する目で見送っていたのをよく覚えている。けれどわたしはその時、それが告白なんて可愛らしいものではないだろうことに、わたしに向かって歩いてくるヨハンの顔を見ただけで気がついた。だって彼の目はわたしと、わたしが彼に向ける眼差しと同じだったから。わたしたちはどうしようもなく似ているのだとその時に思い知った。それは、わたしがアカデミアを卒業した後にデュエルカレッジにーー明日香の行く北米ではなく、ヨハンが行くのと同じドイツのデュエルカレッジに留学することが決まっていたとか、そういうことではなくて。


「十代と、したのか」
「…どうして、それを」
「十代の目が、そんな気がしたから」


彼は十代を想っているのだった。彼は十代のことを、彼の口より言葉の出づる前からその瞳だけで全て知った。それだけの想いを、きっとわたしがユベルを思うのと同じ激情を十代へ向けていることは、顔を見るだけで明らかだった。わたしはそれを肯定して、ヨハンは少しだけ押し黙った。そのあと顔を上げたヨハンが提案したのが、同棲であった。同じデュエルカレッジに進学するのだから、一緒に住まないか、と。それは外からみればあまりに支離滅裂のことのように見えただろう。けれどわたしはそれに頷いた。そうして、告白を期待する周囲の期待に応えるように、緩く手を繋いで仲間の元へ戻って行った。互いの瞳には互いに対する憎しみが渦巻いていることなんて誰も気づかない。あの時からわたしとヨハンは恋人同士だった。十代はそれを驚いたように見つめて、けれど何も言わなかった。そうして彼はわたしとヨハンにだけ連絡先を残して、風のように消えてしまったのだ。…ユベルと共に。



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