01
「やばっ、遅刻…!」
私はものすごく焦っていた。
なぜかというと、今日から新しい職場へ出勤になるからだ。それだというのに初日から寝坊をかまし、電車に乗り遅れそうになっている。
玄関に置いてある姿見で自分の姿を軽くチェックする。よし、黒の上着とタイトスカートはばっちりだ。そのままドアを勢いよく開けて家を飛び出した。
前の会社は超がつくほどのブラックだった。
残業は当たり前、おまけにその残業代が出ないときた。
日々机の上に溜まっていくリポビタンDの空き瓶を死んだ目で見つめながら、私はある日唐突に決意したのだ。ーよし、転職しよう、と。
「(あっぶな…なんとか間に合った)」
全速力で駅に向かい、そのままの勢いで電車に駆け込む。駆け込み乗車は危ないと分かっていても、今日だけは許してほしいと頭の中で駅員さんに謝っておいた。
そのまま発車する電車の中で、これからの事を考える。
新しい職場。
新しい人間関係。
新しい仕事。
一体どんな環境がそこにあるのだろう。
ふと辺りに視線を巡らせると、春だけあって新社会人らしき人たちがたくさんいた。自分は転職組だけれど、心境は彼らとさほど変わらないだろう。
「(がんばろうね、お互い)」
どこの誰とも分からないスーツ姿の彼らに心の中でそう呟くと、私は電車を降りた。
「…はぁっ、急げ私…!」
駅を飛び出て、桜並木に挟まれた道を全力疾走する。出社時間としてはまだ少し余裕があるのだけれど、初日で色々説明したいから早めに来てくれ、と面接の際に言われていたのだ。
ーその時、一筋の風が吹いた。
風は桜の花びらを運んできて、あたりに淡く散っていく。その様がとても美しいと思った。
「なぁ、君」
「…え?」
「これ、落としたぜ。ほら」
後ろから声がした。
振り向くと、ターコイズブルーの髪が印象的な男性がいた。年は同じくらいだろうか。紺色のスーツに紺青のネクタイ。意志の強そうな、綺麗な瞳をしている。
彼は手のひらに乗せたそれを私に見せてくれた。宝玉獣のルビーのキーホルダーだ。私はこのキャラクターのシリーズが好きで、中でも特にこのルビーが可愛らしくて好きだった。
「あ、ありがとうございます…!よかった。とっても気に入ってたから…」
「へぇ、君も宝玉獣が好きなんだ。実はオレもなんだ」
そう言って彼はへらっと笑って見せた。
途端に私は嬉しい気持ちになる。周りに宝玉獣が好きな知り合いがなかなかいなかったからだ。
「ところで急いでたみたいだけど、大丈夫か?」
「え?…あーっ!やばい行かなきゃ!!あの、ホントにありがとうございましたっ!それじゃ!」
軽く頭を下げて、私は再び目的地に向かって走り出した。拾ってもらったルビーのキーホルダーはしっかりと手に握りしめたまま。
あとですぐに知ることになるのだけれど、彼の名前はヨハン・アンデルセン。
これが私と彼の初対面だった。
1/48
prev next△