最終話


時が流れるのは早いもので、あの日ヨハンさんがここを離れてから3年と少しという歳月が過ぎた。



3年。
その間、勿論何も変わらなかった訳じゃない。


エドさんは自分で新しい事業を立ち上げるために会社を辞めた。その会社はぐんぐん成長していき、注目を集めていると何かの雑誌で見かけた。


明日香さんは別のプロジェクトを任されることになり、私とは別の部署へと異動になってしまった。以前のように毎日顔を合わせることがなくなってしまったのが寂しいけれど、彼女は変わらずに社内のアイドル的存在だ。


由季さんはその丁寧な仕事ぶりを見込まれて、今は事務課のリーダーになっている。それに加えてクロノス部長の事務補佐的な仕事も任されるようになったようで、以前よりもだいぶ忙しそうにしていた。


十代さんは群を抜いて成績を上げ、今や営業課の中でトップになった。後輩を連れて営業回りに行くんだと楽しそうに声をかけてくれることも多い。





…そして、私はというと。


「いや、嘘でしょ!!!」


うららかな春の気候。
はらはらと舞い散る桜の花びら。

穏やかとも言えるそんな風景の中、会社へと続く道を全力疾走していた。


今日は転職してきた新人さんとの初顔合わせの日。なんでも私と同じ事務課に就くことになったらしく、私はその面倒を一から見ることになった。
いわゆる、後輩というやつだ。


そんな大事な日に限って寝坊をした。
普段はこんなこと絶対にないのに。


そもそも前日、夜遅くまで眠れなかったのが悪い。だって今日は、大好きな人に3年ぶりに再会できる日なのだから。


電話も毎日した。
写真も、恥ずかしいけれどちゃんと送った。
メールじゃ味気ないからといってお互いに手紙を書き合ったりもした。

けど今日、やっと目の前に彼が、ヨハンさんが現れるんだ。そう思うと眠れないのは当然だった。




「(あー!始業まであと10分!!!)」


腕時計をちらっと見て、肩からずり落ちた鞄をかけ直しながらも尚走る。

初対面の日から遅刻する先輩なんて、後輩さんも不安になるに違いない。信用のカケラも得られる気がしない。


「急げっ、私…!」


その時、一筋の風が吹いた。
風は桜の花びらを運んで淡く散っていく。

ーどこかで見た光景だ、と思った。

そうだ。これは、3年前のあの日と同じー。



「…ユリ」
「!」


懐かしくて愛おしい声。
立ち止まり振り返ると、ターコイズブルーの髪に、意志の強そうな綺麗な瞳をたたえた、私の大好きな人がそこに立っていた。


「…ヨハンさん…」
「久しぶり。髪、切ったんだな」


似合ってるよ。
そう言って微笑む彼の表情は、以前よりもちょっと大人びているような気がした。

私は言葉よりも先に、涙よりも先に、彼に駆け寄って思い切り抱きしめた。大好きな彼の香りが鼻腔をくすぐって、幸せな気持ちが胸を満たしてゆく。


「ただいま。ユリ」
「…お帰りなさい。ヨハンさん」


すぐに抱きしめ返してくれたその腕を、このままずっとずっと離さないで欲しいと思った。

きつく抱き合ってお互いの存在を確かめ合う。まるで夢のようだとすら思えた。


「やっと会えた。…大好き、ヨハンさん…」
「オレも大好きだよ、ユリ。待たせてごめんな」


近い距離のまま目が合って、顔を覗き込まれたかと思うとそのまま唇が合わさる。
自然と目を閉じた私の目からは、幸せに満ちた涙が一筋溢れた。


「…あ」
「どうした?」
「いけない、私遅刻しそうで…!」
「!悪い、引き止めちまって」
「せっかく会えたのに…あ、あとで、あとでたくさんお話ししましょうね!!」
「…そんなに焦らなくても、これからは毎日一緒だから大丈夫だよ。な?」


微笑むヨハンさん。
「日本に帰ってきたら一緒に住もう」という、あの日言ってくれた言葉を覚えていてくれたんだと思った。

そうだ。これからは、毎日一緒にいられる。


「…はい!」


たくさん、同じ時間を過ごそう。
会えなかった日々の寂しさすらも塗り替えてしまえるくらいに、幸せな日々を過ごそう。




貴方とまためぐり逢えた、この春からー。




Fin.
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