08
夕方になり、就業を終えて会社の外に出る。
指定された通りに裏の駐車場へ向かうと、数台の車が停まっていた。
その中の一台の黒い車に寄りかかっているエドさんの姿を見つけて、私は声をかけた。
「エドさん、お待たせしました」
「ああ、来てくれたんだね。全然待ってないから気にしないでくれ」
そう言って私に軽く微笑んで見せる。
スーツ姿でただ車に寄りかかっているだけだというのに、この人はなんて絵になるんだろう。
「さ、乗って」
「え?」
「言っただろ?今日の君を予約したいって」
答えになっていない答えを述べて、エドさんはスマートな動作で助手席のドアを開けてくれた。素人目に見てもいい車なのだとわかる。乗り込むと清涼感のある芳香剤のほのかな香りが鼻腔をくすぐって、私は思わず身を固くした。
「そんなに緊張しないでくれよ」
「で、でも…」
「別に取って食おうってわけじゃないさ。…多分ね」
「えっ?!」
「冗談さ」
そう言って悪戯っぽく笑うと、エドさんはエンジンをかけ、車を発進させた。
この人は一体なにを考えているんだろう。
そもそも昨日出会ったばかりの人間をこうして車に乗せて出かけるだなんて、もしかして相当遊び慣れている人なのだろうか。
それにしても車を運転する姿さえ相当絵になってしまう人だ、と思う。
走行中、私はエドさんから顔をそらすようにして窓の外の景色を眺めていることしかできなかった。
当たり障りのない言葉を交わすことは出来ないことじゃなかったけれど、この緊張しきった状態で自然な会話を交わせる自信がない。
15分ほど車を走らせたかと思うと、やがてエドさんは駐車場に車を停めた。
「着いたよ。一緒に降りてくれるかい?」
「は、はい!」
言われた通り車から降りて後をついていくと、エドさんは一軒の小洒落たカフェレストランの入り口へと向かっていった。そしてお店のドアを開けて私を中へ入るよう促す。
「さ、どうぞ」
「ありがとうございます…」
広すぎず、落ち着いた雰囲気のある店内を見て私は少しだけほっとした。こういう感じのお店なら、少しは落ち着くことができそうだ。
向かい合ってテーブルにつくと、エドさんは「ボクは頼むものは決まっているから」とメニューを私に手渡してくれた。
「お腹はすいている?」
「は、はい、少し」
「そう。それならこのサンドイッチやスコーンがおすすめだ」
本当は緊張でほとんど空腹も感じていなかったけれど、せっかく連れてきてもらったのに飲み物だけいただくのは少し失礼な気がした。
おすすめしてもらったサンドイッチとホットココアに決める。エドさんはホットコーヒーとキッシュを注文していた。
店員さんが去り、エドさんはテーブルの上に肘をつき手を組むと、そこに顔を乗せてじっと私を見た。どうしていいかわからず、私は視線を泳がせる。
「フフ、やっぱり君はあまりボクと視線を合わせてくれないね」
「そりゃそうですよ…。エドさんみたいなとんでもないイケメ…顔が整ってる方とお話しする機会なんて、ほぼありませんから」
「それは光栄だな。つまりボクを異性として意識してくれてるって事だ」
「え…っ」
「おや?違ったかな?」
楽しそうに彼は笑う。
なんだこれは。ひょっとして私は彼に弄ばれているのか。
やがて運ばれてきた飲み物と軽食に少しずつ手をつけながら、エドさんは変わらず楽しそうに会話を続けた。
「ボクがこう言うのもなんだけど、会社の女性たちはみんな積極的でね」
「はい…」
「自信があるんだろう。いつも熱烈なアピールを受けるんだ。迷惑と思う事はないけど、時々それに少し疲れてしまうことは正直ある」
「な、なるほど…」
これがイケメン特有の悩みってやつか。大変だな。
私は相槌を打ちながらホットココアを口にした。程よい甘さが口内に広がる。
エドさんはコーヒーを一口啜ると、ソーサーにカップを置いて私をじっと見た。私はやはり目を合わせている事ができずに視線を逸らす。
「そんな中、君のような反応を示されるのが珍しくてね。ほら、また目をそらした」
「…」
「そうやって逃げられると、捕まえたくなるのがボクの性分でね」
「え…っ」
どう言う意味かと尋ねようと、私はエドさんと視線を合わせる。そこには自信に満ちた忘れた瞳があった。美しく、それでいて何かを射るような視線が私を貫いた。
「…いいかな?君を捕らえても」
「ど、どういう…意味ですか」
「そうだな…それは答えないでおこう。ユリ、君の受け取り方にお任せするよ」
そうやってまた、答えになっていない答えを述べる。
エドさんは視線を外すと、小さく微笑んで再びカップを手に取った。
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