鈍感な彼女


『は、初めまして。看板見て来たんですけど…』


ユリが初めてこの相談所に来たのは、もう半年も前のことになるだろうか。
霊幻はプカプカとタバコをふかしながら思案に耽っていた。


相談内容は、肩がひどく重く身体がだるいというものだった。ラッキーこれはマジな霊ではなさそうだと判断した霊幻は、ユリにお得意のマッサージを披露したのだが、その結果は失敗に終わった。

本物の霊が彼女に取り憑いていたからである。


『あーモブ?今から事務所に来い。お困りのお客様がおいでだ』


結局毎度のようにモブを呼び出し、彼に除霊してもらった。幸いなことに低級霊だったためそれは一瞬で終わったのだったけど、ユリとの関係はそこで終わりではなかった。


『うわぁ、肩がすごく軽くなりました…!霊幻さん、ありがとうございます!』


霊幻の両手を握って、花のようにふわりと笑った彼女。どくりと霊幻の心臓が鳴り、その瞬間からユリの事ばかりを考えるようになった。


『また困ったときはここに連絡してくれ。ユリちゃんからならいつでも電話に出るから』


などとキザなセリフを吐きながら、名刺の裏に自分の番号を走り書きして彼女に手渡した。するとユリは顔を輝かせてそれを受け取ったのだ。
そして意外にもその日の夜、すぐに彼女から連絡が来た。


『さっそく電話しちゃいました』


電話越しに、照れたようにいたずらっぽく笑うユリ。その連絡に霊幻は浮き足だったものだった。ーしかし。


「あ!霊幻さんこんにちは」
「おうユリちゃん」


関係はこの半年間、全くと言っていいほど進展していない。なぜなら彼女が超ウルトラ級の鈍感だからである。


「今日も可愛いな、ユリちゃん」
「もう霊幻さんったら、相変わらずお上手なんだから」
「(…君以外には言わないんだけどな)」


吸っていたタバコをぐりぐりと灰皿に押し付けながらそんなことを思う。一体彼女はいつになったら自分の気持ちに気づいてくれるのだろう。


「(なあ、気付けよ、俺の気持ちに)」
「霊幻さん?どうしたんですか?」


じっと彼女を見つめてしまっていたのか、ユリは不思議そうに霊幻の顔を覗き込んだ。それに気づいた霊幻は顔を赤らめる。


「っ!」
「何か考え事、ですか?」
「ああいや、ちょっとな」


ーユリは可愛い。
しかしきっと彼女はそのことに気付いていないだろう。だからこんなにも純粋無垢なまなざしを自分に向けられるのだ、と霊幻は思った。


かたや自分は、その柔らかそうな唇を存分に味わいたい、白い首筋に跡を残してやりたい、制服のスカートから伸びるふとももに手を這わせてやりたい等、邪な気持ちでいっぱいだというのに。


「(いや待て待て、相手は未成年。それは犯罪だぞ)」


そう自分に何度言い聞かせたか知れない。
けれどそんな問答を繰り返すうちに、結局はユリを想う気持ちの前に葛藤は無力と化すのだった。


「…俺も前途多難だな」
「?」


ふぅ、と小さくため息をついた。
そしてユリの顎をすくいとって、自身の視線と彼女の視線をまっすぐに交わらせる。


「覚悟しとけよ、ユリちゃん」


ほんのりと彼女の頬が染まったように見えたのが、どうか勘違いでなければいい、と霊幻は思った。

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