桃色の吐息


「ふー…」
「ん?どーしたユリちゃん」
「期末テストが近くて、最近勉強漬けなんです。だから少し寝不足で」


んん、と伸びをしてそう告げる。
今日は霊幻さんの相談所でお手伝いのアルバイトだ。
といってもお客さんの姿はほとんど見えなくて、暇を持て余しているところなんだけど。


「なるほどそうか。いいんだぞ、無理して来なくても」
「いえ、霊幻さんとお話できればいい気分転換になると思って」
「へえ、嬉しいこと言ってくれるな。よし」
「?」


霊幻さんは立ち上がると、私が座ってるソファの隣に腰掛けた。疑問符を浮かべて彼を見ていると、「ちょっと身体ごとあっち向いてくれ」と言われたので、そのまま身体を反対側へ向ける。


「ほぐしてやるよ、身体」
「えっ?い、今ですか?」
「ああ。暇だしちょうどいいだろ」


そんなことを言いながら、霊幻さんは私の両肩に手を置いた。男の人らしい大きな手が乗ったのを感じて、途端に私の心臓がどきどきと音を立て始めたのを感じる。


「まずは軽く揉みほぐしてくから。痛かったら言えよ」
「は、はい…」


私の気なんて知ってか知らずか、霊幻さんの手がゆっくりと動き始める。
温かい霊幻さんの手が肩を揉み始めると、その緩急の心地よさに思わず私は息を吐いた。


「…はぁ、きもちい…」
「おい待て、その声はダメだろ」
「え、でも本当だし…、ぁっ」


ぐりぐりと親指で肩の付け根を圧する。
たまらない感触にまた吐息を漏らすと、「ちょ…ユリちゃん」と後ろから霊幻さんの声が聞こえてきた。


「俺から言い出したことだけど…その声は反則だぞ」
「え?何が…ん…っ」
「(エロすぎる!)」


霊幻さんの両手が巧みに動いて、血流がどんどん良くなっていくのを感じる。その心地よさにうっとりとした気分になっていくのとは逆に、霊幻さんの声はなんだか切羽詰まったものになっていった。


「ぁ…、そこ、いいです…っ」
「くっ…あーもう、ガマンできねえ」
「え?霊幻さん…っ」


どうしたんですか、と尋ねるよりも先に、視界にグレーのスーツを纏った両腕が映ったかと思うと、そのままぎゅっと抱き寄せられた。

ドキドキ、ドキドキ。
どうしよう。心音が霊幻さんに聞こえてしまっているかもしれない。


「ユリちゃん」
「…は、い」
「さすがに反則だ」


何がですか、と聞き返そうとした時だった。
ちゅ、という軽い音と共に、うなじに2度、柔らかい感触。


「ーっ、霊幻さん?!」
「はー…ったく…叶わねえな」


はぁ、と彼の口から漏れた息を首筋に感じて、私はびくりと肩を震わせた。


「悪いが、今は離さないからな」
「…で、も」
「拒否権はない。以上」


ユリちゃんが悪い。
そんな呟きにも似た声が耳元で響き、空気に溶けていった。

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