所有欲@



「ユリちゃん?」
「…」


滕君の声に、はっ、と我に帰る。
いけない、今は仕事中なのに。


「まーたコウちゃんに見惚れてたの?」
「ち、違います…!」
「そう?違うなら今夜俺に付き合ってよ。とっつぁんからいい酒もらったんだぁ」


ね、いいっしょ?
と私のデスク横で肘を突きながら、今宵のお誘いを投げかけてくる縢君。

夜の関係を望まれているのは明らか。
私に対する縢君の情欲には、以前から気づいている。


「…うーん、そうですね。考えておきます」


いつもの断り文句を述べて、私はキーボードに向き直った。






仕事が終わり、廊下を歩いていた時、向こうから狡噛さんが歩いてくるのが目に入って、途端にどきどきと心臓が早まる。

…ああ、今日もカッコいいなぁ。


「狡噛さん、お疲れ様です」
「…ああ」


何気ない顔をして、いつものように挨拶をして帰宅をする、つもりだった。


「…狡噛さん?」


彼は立ち止まってじっと私を見下ろしている。仕事で同じ部屋にいるだけでもいつも意識してしまうのに、こんなに近い距離で見下ろされるのは心臓に悪い。



「あの、何か…?」
「…OK、したのか」
「え?」
「縢のヤロウから誘われてたろ。飲まないかって」


そう言われて、ああ、と気がつく。
今日の昼間に言われていた事だろう。仕事に没頭していたと思っていたけど、狡噛さんにも聞こえていたんだ。


「いいえ。断りましたけど…」
「…そうか、なら都合がいい。今から時間あるか」
「え?は、はい」
「ならついてこい。話がある」


言われるがまま、狡噛さんの後について執行官隔離区画にある狡噛さんの部屋へとついていく。

ここへ来るのは実は初めてではない。仕事の話で何度か足を運んだ。だから今回もその事だと思った、のだけれど。



「こ、狡噛さ…ん?」


この体勢はなんなんだろう。
気がつけば私は、黒い二人がけのソファに座らされていて、狡噛さんは両腕を私の顔の横について私を見ている。


「なんだ」
「その、ち、近い…です」


今までにない距離で見つめられて、思わず目を逸らす。ドキドキと心臓がうるさい。好きな相手とこの距離でいるんだから当たり前だ。


「…前から言おうと思ってたんだが」
「は、はい?!」
「お前は少し無防備すぎだ、ユリ」
「む、ぼうび…?」
「と言うより、警戒心が足らねえっていうのか。縢に対してもそうだが、この前入ってきた新人監視官のヤロウも、お前に色目使ってただろうが」
「へ…?」


急に言われた言葉に、頭が追いつかない。
疑問符を浮かべて狡噛さんを見上げると、彼ははあ、とため息をついた。


「…こういうことだ」
「え?…っん」


狡噛さんの整った顔が視界いっぱいに広がった、と思ったら、唇に柔らかくて温かい感触、

…キスをされている。
あの、憧れの人に。


「ん…、は」
「ホラ、舌だせ」
「ゃ、恥ずかし…」


口付けを繰り返す合間、狡噛さんの低い声が私に囁く。だんだんと息が上がっていって、頭がぼうっとしていくのを感じる。


「!ん…」


とろけるようなキスに力が抜けかけた瞬間、狡噛さんの熱い舌が侵入してきた。ぐいぐいと入り込んできて私の舌を絡めとる。


「はぁ…っ」


どちらの口からも熱い吐息が漏れる、
最後にくちゅ、と音を立てて唇が離れていき、私はそれをぼんやりと眺めた。


「…お前は俺のもんだ。ユリ」
「え…」
「悪い虫がつかないようにしてやるよ」


くい、と首を傾け少し屈んだ。
次に首筋に感じた唇の柔らかさと、強く吸いつかれている感覚にびくりと身体を反応させる。

やがて顔を離して首筋についたであろう跡を確認すると、狡噛さんは満足げにニヤリと笑った。


「これでいい」
「あ、あの、狡噛さん、どうしてこんなこと…?」


本当に理解が追いつかなかった。
突然キスされたことも、首筋に跡を残されたことも。

だってそれくらい狡噛慎也という存在は、私にとって憧れだったのだから。


「…教えてやるよ、これから嫌っつうほど、な」


スーツのポケットからいつものタバコを取り出すと、それにライターで火をつける。一息それを吸い込むと、フー、と色気のある動作で煙を吐き出した。


「時間ならたっぷりある」
「え、えと…?」
「なぁユリ」


ー明日は非番だろ?

そう言って背広を脱ぎ、ネクタイを緩めるその仕草は、私の全身を熱くさせた。


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