傷跡は甘い罠A




「あの、…縢君?」

「なに?ユリちゃん」

「何しようとしてるの?」

「決まってるじゃん。さっきの続き」



縢の部屋。
ユリは基本的に何かを頼まれたりすると断ることができない性格であるため、定時後にここを訪ねた。

歓迎した縢は「とりあえず座って」とソファに案内し、コーヒーを淹れて彼女の前に置いた。



すると「ありがとう。それで、私に何か用事があったの?」とこの後に及んでなんの疑念も抱いていない質問が飛んできた。

そんなユリに痺れを切らし、縢は先程の大部屋でとった体勢と同じように彼女の身体を引き寄せたのだった。



「さっきの続きって…」

「言わなくてもわかるっしょ?」

「…もう。だから縢君は勘違いされちゃうんだよ」

「…へ?」



彼女の見当違いの発言に、縢は思わずぼかんと口を開けた。力が緩んだスキを見て、ユリは縢と距離を取る。



「そういうのは本当に好きな子にだけする事なんだよ。わかる?」

「そりゃわかってるっつーの。だから現にこうしてユリちゃんに…」

「知ってるんだからね、この前入ってきた新人監視官の女の子の事、かわい子ちゃんって呼んでたの」

「あー、まあそりゃ…言ったけど…」

「誰にでもそうやって手出そうとしてるんでしょ。ダメだよそんなの」



征岡が言っていた「日頃の行い」の意味が、今理解できた気がする。要するに自分の態度が、どの女性に対しても軽く見えるという事だろう。

縢からしてみればそんな自覚はなかった。
思った事を言っているだけだし、可愛いと褒める事は別に悪いことではない。


けれど本命であるユリは、現にこうして間に受けてくれない。狡噛や宜野座のように硬派に生きれば、彼女も本気に取ってくれたという事だろうか。



「誰にでも手ェ出す訳ねーだろ。ったく、ユリちゃんは俺にどんなイメージ抱いてんの」

「チャラい、あと軽い」

「…あー、はいはい。なるほどね」

「もういい?私そろそろ帰っ…、きゃ!」



そう言って立ち上がろうとした彼女の腕をぐいっと引っ張り、その勢いのままソファに押し倒す。

驚いた目が下から自分を見上げてきて、縢は真っ直ぐにそれを見下ろした。



「本気だよ、俺は」

「…っ、は、離して」

「離さねえよ。なあ、どうしたら認めてくれんの?」



真剣な表情で見つめれば、ようやくユリも縢が遊びでこんな事をしているわけではないと気がついたらしい。



「わ、分かった。本気だって分かったから…っ」

「ダーメ、今更もう遅い」

「…ん…っ!」



半ば無理やりに近い形で、ユリの唇を奪う。初めて味わった彼女の唇は、縢が今まで何よりも求めていたものだった。

柔らかくて甘くて、思わず夢中になってしまう。



「ふっ…んん…っ」



腕をソファに抑えつけたまま、荒々しく何度も唇を吸い上げる。彼女の口から溢れた甘い吐息がぞくぞくと縢の欲情を仰いだ。



「ゃ、縢く…っ」

「…ねえユリちゃん。このまま俺と、どうにかなってみる?」



間近で視線は捕らえたまま、縢はユリの身体のラインを上から下へゆっくりと撫でていく。ユリはそれにびくりと反応すると、涙がうっすら滲んだ目で縢を見上げた。


…いけない、やり過ぎてしまったようだ。
そう思った時だった。



「…っ、もう、離してーっ!!」

「いでっ!」



ユリの平手打ちが縢の頬にクリーンヒットする。
縢が怯んだその隙に身体を起こすと、ユリはソファから立ち上がった。



「縢君のばかっ!!」

「わ、悪かったよ。ついやり過ぎちまった」

「こんなの犯罪なんだから!今度やったら警察呼ぶからね?!」

「(…ユリちゃんがその警察だよ、って言ったらもっと怒るよなぁ)」



まるで漫才のようなやりとりだ。
もっとも彼女のその少し抜けているところが可愛らしくて、縢は好きだった。



「…でもさ、伝わった?俺の本気」

「…」

「好きだよ、ユリちゃんの事。冗談じゃなくマジで」

「…縢君…」

「他のやつに渡したくない。俺のになってよ」

「っ…」



真剣な空気に圧されたのか、ユリは口をつぐむと小走りで部屋の出口へ向かった。

扉が開き、それを縢が見守っていると、彼女はくるりとこちらを振り返って言った。



「すぐに返事はできないけど…、でも、ドキドキした。…すっごくドキドキした」

「へ?」

「ずるいよ、縢君。…好きになっちゃったら、絶対責任取ってよね!」



そう言い残してユリは部屋を去っていった。

縢は彼女の言葉を理解するまでぽかんと口を開けていたが、やがてグッと拳を握って「よっしゃ!前進!」と一人、喜びの声を上げた。


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