傷跡は甘い罠@
「痛ってー…あー、やられた」
「大丈夫?縢君」
刑事課の大部屋。
今しがた任務を終えて局内に戻ってきた2人は、お互い向かい合って椅子に腰掛けていた。
「ったくよー、潜在犯ってのはなんであんな乱暴なのかね?ヒトをヒトと思ってねーわけ?」
「縢君も潜在犯でしょ」
「そーだけどさ、あんな野蛮人と一括りにして欲しくないね」
彼が潜在犯をドミネーターで打って拘束した際、物陰に潜んでいた仲間が縢の後頭部を金属バッドで殴ろうとした。
勘のいい縢はその気配に気付いて俊敏に避け、フルスイングの打撃からは逃れられたものの完全な回避とまではいかなかったのだ。
「傷、見せて」
「…ん」
ユリがそう言うと、縢は大人しく前髪を片手で上げて見せた。そこには血の滲んだ青痣がくっきりと残っている。
見るからに痛々しい跡を目の前にしながらも、ユリは手当てを進めていく。
「でもさ、本当に行かなくて良かったの?医務室」
「ユリちゃんに手当てして欲しいからいーの。さっきも言ったじゃん」
「そうだけど…」
こんな素人仕事の手当てで本当に良いのだろうか。そんなことを考えながら、消毒液に浸したガーゼをピンセットでつまみ、傷にそっと当てる。
「…痛って」
「痛いね。すこしだけ我慢して?」
「んー…」
言われた通り、少し眉根を寄せつつも大人しく我慢している縢。その様子が可愛らしく見えて、ユリは思わず口元が綻ばせた。
「できたよ。よく頑張りました」
手当てを無事終え、彼の頭を優しく撫でてやる。すると縢は心地良さそうに目を細めた。
「やっぱユリちゃんにお願いして正解だったわ。可愛い女の子に手当てしてもらえるとか最高っしょ」
「もう、誰にでもそういう事言ってるくせに」
「そんな事ねーって。ユリちゃんにしか言ってねーもん、俺」
「どうだかねぇ」
手当ての道具を片しながら、笑ってみせるユリ。そんな彼女の様子に苛立ったのか、縢は手を伸ばし、彼女の細い手首を掴んだ。
「…縢君?」
「ホントだって。信じてねーの?」
「そういうわけじゃないけど…」
「いーや、信じてないって顔だね」
「っ…!」
縢は掴んだユリの手首をぐっと引き寄せる。必然的にバランスを崩したユリの肩を掴むと、一気に縮まった距離で囁いた。
「俺が本気だって事、今ここで証明してもいいけど?」
「ど、どうしたの急に…?なんか変だよ?」
「何も変じゃねーよ。…もう黙って」
縢がユリの唇に視線を走らせる。
近づいてきた縢の顔に、ユリは驚いて目を見開いた。
「…その辺にしとけ。縢」
「とっつぁん。今イイとこなんだけど」
「おいおい、ここは共用のスペースだぜ。場所を選びな」
あと数ミリで唇同士が触れ合うと思われた時、大部屋の入り口に征陸が姿を現した。呆れた表情で、苦笑しながら縢をたしなめる。
「へいへい」と、渋々といったように縢がユリの身体を解放する。その際、耳元で彼女にしか聞こえないように囁いた。
「この後、俺の部屋来て。約束ね」
「…っ」
返答に窮したユリは、手当ての道具を手早くまとめると急いで大部屋を出て行った。
その様子を見送ってから、征岡は口を開く。
「まだ手こずってんのか、縢」
「だってユリちゃんが本気にしてくれねえんだもん」
「あー…分からんでもない」
「えー?!なんで!」
「日頃の行い、とでも言っておくかな」
ま、頑張れよ。
そう言って笑った征岡に、縢は「どーも、とっつぁん」と言葉を返した。
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