いつかへ向けて
「今ドコ?」
塾が終わって携帯を見ると、一件のメールが届いていた。差出人は万次郎君。ご近所さん同士で、小さい頃はたまに遊んでいた仲だ。
着信履歴も何件か残っている。
何用だろうと思い、電話をかけ直すことにした。
『もしもし』
「あ、万次郎君?どうしたの?』
『んー、ちょっとネ。
で、今ドコにいんの?迎え行くから教えて』
「迎えって…」
もう夜の22時近いのに、中学生の身でありながらこんな時間まで出歩いて大丈夫なのだろうか。いや自分もなんだけど。
塾の帰りであると伝えると「分かった」と告げられて通話は終了した。
塾から近くの公園で待ち合わせることになったため、そこで待つことおよそ10分。やがて一台のバイクの音が遠くから聞こえてきた。
「…爆音だなぁ」
たまに道路で聞くような、バイクが走る音。
どこかでイケイケのお兄さんが乗り回しているのだろうか、と考えているうちに、その音はどんどん近づいてくる。
…どうしよう。もしかしたら絡まれてカツアゲされるかもしれない。
どこか木の影にでも隠れた方がいいのだろうかと思案しているうちに、そのバイクがすぐ近くで停まる音が聞こえた。
「よ。お待たせ」
「…ま、万次郎君?!」
まさかの、そのバイクから降りてきたのは万次郎君。しかも黒い服に金色の刺繍が施された、いわゆる特攻服というやつを着ている。
ザ・不良というその出立ちに思わず後退りしてしまいそうになったが、私を見てにっこりと笑う万次郎君の笑顔がそれを止めた。
驚いている私を見て、万次郎君がおや、という顔をする。
「あ、そーいやオレの特攻服姿見んの初めてだっけ?」
「う、うん…」
「どう?かっけーだろ?」
「…うん!かっこいい」
驚きはしたものの、その姿はとても格好いいと思った。そういえば万次郎君は、お兄さんみたいになりたいってよく言ってたっけ。
「そっか、前に言ってたね。仲間思いのチームを作りたいって」
「そ。いまそのチームの総長やってんの」
「総長?!す、すごい…」
「別にすごくねーけど。つーか、どう?オレに惚れたんじゃない?」
「へ?」
「…なんちゃって」
万次郎君は笑いながら、私の隣に深く腰掛けた。
そして軽く首を傾けると、頭を私の肩にそっと預けたではないか。
「…ど、どうしたの?」
「んー。なんかさ、オレやっぱユリといると落ち着くわ」
「そう?…それならよかった」
預けられた頭を、よしよしと軽く撫でる。
気持ちよさそうに目を細める万次郎君は、まるで猫みたいだと思った。
「…なぁ、ユリ」
「ん?」
「キスしてぇ」
「は?!」
「していい?つーかする」
「え?!ちょっと…待っ…」
万次郎君の顔がぐいぐい近づいてきて、思わず目を瞑る。もちろんキスなんてしたことはなかったけれど、唇同士を重ねる行為だということは知っている。
想像していたような感触は唇にはなかったけれど、それがおでこに柔らかく触れたのを感じた。
おそるおそる目を開くと、変わらず微笑む万次郎君の顔がそこにある。
「やっぱ今はやめとく」
「え…?」
「いつかユリがオレに惚れたら、そん時は口にすっから。覚えといて」
「…っ」
ドキ。心臓が大きく跳ねる音が聞こえたような気がした。そんな事、今までなかったのに。
「じゃー家まで送ってくから、後ろ乗って。あ、ヘルメット被ってネ」
「え?でも万次郎君、免許持ってたっけ?」
「細けーことは気にしなくていいの!んじゃ、しゅっぱーつ」
ブォン、とエンジンのかかる音。
私はバイクの後ろに跨り、万次郎君の腰にそっと手を回した。思ったよりもずっと身体が密着して、緊張が走る。
ーいつかこの人と、本物のキスをする時がくるのかもしれない。
万次郎君の体温を感じながら、そんなことを思った。
1/7
prev next△
戻る
Top