もはや微熱
今日は土曜日。
私は友達のしげ子ちゃんのお家に遊びに来ていた。
「へえ、これが最近の流行りなんだねぇ」
ティーン雑誌を眺めながらしげ子ちゃんが呟いた。
しげ子ちゃんのお部屋にお邪魔させて貰って、ローテーブルを挟んでお互いに向き合いながらおしゃべりに興じる。
「へえ、どれ?」と尋ねながら、雑誌のページを覗き込む。にっこりと微笑んだ可愛い女の子が、そのページを飾っていた。
「可愛くなれる秋のメイク法」とある。
この手の雑誌の見出しや謳い文句を見るたびに、中学生である私達にはまだ早いんじゃないかと思うけれど、クラスの女の子たちは楽しそうにページを捲っているのだ。
「(メイク……かぁ)」
リップクリームくらいなら私も持ち歩いているけれど、本格的な化粧品なんて持っていない。
けどメイクをして少しでも可愛くなったら、気になるあの人を振り向かせられるのだろうか。…なんて、考えてしまう。
その時コンコン、とドアをノックする音がした。
しげ子ちゃんが「はーい、どうぞ」と返事をする。
私も視線をドアの方に向けると、そこには和谷君が立っていた。
「よ、しげ子ちゃん。ユリちゃんも来てたのか」
「!わ、和谷君。こんにちは」
「おう」
和谷君はにこっと会釈してくれた。
彼が私の「気になる人」。
彼はしげ子ちゃんのお父さんの囲碁の門下生だという。私も詳しいことはよく知らないのだけれど、年は私の5個上ということだけは把握していた。
「どーしたの?和谷君」
「森下センセーが、夕飯何がいいかって聞いてこいってさ」
「えー?そうだなー、うーん」
こんな感じの会話は、何度か聞いたことがある。
しげ子ちゃんに教えて貰ったのだけれど、長い時、和谷君は朝から夜までしげ子ちゃんのお家で囲碁を打つんだそうだ。そのためここでご飯を済ませていくこともよくある、と聞いている。
「ハンバーグがいい!」
「ハンバーグな。伝えてくるよ」
そうか。しげ子ちゃんは、和谷君と一緒にゴハンを食べられるんだ。いいなあ。あ、でも、もし一緒に食べられたとしても、緊張で何も喉を通らないかも。
…などと頭の中で考えながら和谷君としげ子ちゃんのやり取りを眺めていると、和谷君が私に視線を向けたので、ばっちりと目が合ってしまった。
「…ユリちゃん?」
「あ、えっと?」
やばい、まじまじと見ていたのがバレてしまう。
和谷君が訝しげに私を見下ろしながら床に膝を付く。そして私と目線の高さを合わせると、不意に前髪を軽く掻き分け、その手を私のおでこに当てたではないか。
「っ?!」
「なんか顔赤くねェ?熱か?」
「え?!あ、赤いですか?」
「んー…気のせいか?」
和谷君自身も、おでこに手を当てて、私のおでこの熱さと比較している。まさか不意打ちでこんな風に触れられるとは思わなくて、しかも今までで一番近い距離に和谷君がいて、私は固まってしまった。
「まァ大丈夫か」と呟くと、和谷君は私から手を離した。
「じゃ、しげ子ちゃん、また後でな。ユリちゃんも、また」
「はーい」
「…は、はい…」
和谷君が部屋から出ていき、パタン、とドアが閉まる。
たったあれだけの出来事だったというのに、私の心臓は早鐘を打ち、顔まで真っ赤なのが自分でも分かるほど。
「(…ホントに熱、出たかも)」
さっき和谷君が触れてくれた場所を確かめるように、そっとおでこに手を乗せる。そこは少し熱くて、本当に微熱が出たのかと思うほどだった。