想いに気付いて





「そういえば、この前デートしてきた」
「フーン…。って、え?!」


何気なく言葉を放ったつもりけれど、和谷君は碁盤から勢いよく顔を上げて、こちらに視線を向けた。


「で、デート?ユリが?」
「そうだけど。…ねぇ、碁石落としたよ」
「デートってなんだよ。誰と?いつ?どこで?」


碁石を落としたという指摘など意にも介さない様子で、和谷君は私に質問を投げかけた。そんなに食いつくような話題なのだろうか、と思いつつも私はつい先日のことを思い出す。


「んーと、友達に紹介してもらった同い年の人。おとといだったかな。一緒にカフェでお茶してきたよ」
「それで?ソイツのこと、イイと思ったのか?」


あまりに迫真に迫る様子で和谷君が尋ねてくるものだから、私は読んでいた定石の本にしおりを挟んで畳に置いた。


「んー、どうかな。連絡はとってるけど」
「…また会うのか?」
「うん。来週あたりまた会いませんかって、誘われてるよ」
「……そっか」


私と和谷君は院生時代からの付き合い。
プロになれずにまだ院生のままでいる私に、声をかけてくれたのが和谷君だ。

以来、月に2.3回程度の頻度で彼の家で指導碁を打ってもらったり、勉強させてもらうような間柄になった。

思えばこんな風に、プライベートの恋愛について話したことはなかったかもしれない。9割が囲碁の話ばかりだったし、私の私生活に興味なんてないと思っていたから、思いの外食いつかれた事に正直驚いた。


「そういえば、あんまり囲碁以外のこと話したことなかったね」
「…まァ、そうかもな」
「和谷君はカノジョとかいるの?」
「!な、なんだよ急に」
「いや、たまにはお互いの事話しておくのも悪くないかなって思って」
「……いねェ。いたらこんな風に、ユリを部屋にあげたりしねェよ」
「え?でも私は院生仲間だから、あげてくれるんでしょ」


おかしな事を言うんだね、と言わんばかりに首を傾げて見せると、和谷君は半ば呆れたような表情を見せた。なんだそのカオは。


「院生仲間なら誰でも、女の子1人で家にあげると思ってんのか?」
「違うの?」
「…あのなァ」


和谷君は「あーっ」とひどくもどかしそうに、頭をがしがしと掻いた。そして視線を逸らし、小さく呟くように言った。


「ユリだから上げてんの」
「………え?」
「それくらい、分かってくれよ」
「…」
「それとも、オレは最初から意識されてなかったってことか?」


真剣な表情。
まさかとは思うけれど、これは彼が私に好意を抱いてくれている、ということなのだろうか。


「だって、和谷君は私に何もしないでしょ」
「なんで?」
「え…」
「どうしてそう思う?」


初めて見る、和谷君の真剣な表情。
碁盤に向かって次の一手を考えている、いつもの表情とは違う。その目で見つめられるだけで、身体中が熱くなるのを感じた。

そうだ。和谷君だって、立派な1人の男性じゃないか。


「……」
「行かないでくれないか」
「え?」
「デート。断ってくれよ」
「…、わ、わかった」


彼が切なそうな表情を浮かべて、そんなことを言うものだから。私は慌てて首を縦に振って、承諾した。

それを確認すると、和谷君は畳に落とした碁石を拾い、それを碁笥に戻した。碁石同士が擦れて、チャラ、と小気味いい音が部屋に響く。


「……悪ィ。飲み物、買ってくる」


そう言うと立ち上がり、玄関でスニーカーを履いてそのままアパートを後にした。

それでも私の心臓はどきどきと音を立てていて。
どうやら全身で和谷君を意識するようになってしまったようだ。





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