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「なっ…おい、コイツ、海馬じゃねぇか?!」
「海馬って…まさか海馬コーポレーションの?!」

突然のことに、私を抑えている男たちがざわつき出す。海馬君は一歩、また一歩と近づくと、今までに見たことのない冷たい視線をこちらに向けた。

「ユリからその汚い手を離せ!クズ共が!!」
「ぐあっ!!」

そしてあっという間に3人の男たちを殴り飛ばしてしまった。よほどダメージを大きく受けたようで、彼らは倒れ込んだまま身悶えている。
海馬君は解放された私に視線を合わせるよう、床に膝をついてしゃがみこんだ。

「怪我はないか」
「…っ」

言葉が、出てこない。
恐怖にさらされたせいで喉から声を奪われてしまったようで、途切れ途切れに息を吐くのが精一杯だった。

「これを着ていろ」

私の引きちぎられたブラウスを一瞥すると、自らが着ていた白いコートを私の肩に掛けてくれた。コートに残った体温がふわりと私を包んで、ようやく私は少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。


「…くそ、マジで、あの海馬なのかよ…。けどどうしてここに…」
「オレの所有物だからな。どこへ行ったかいつでも把握できるようにしておくのは当然だろう」

海馬君は立ち上がり、ガレージの隅に乱暴に投げられていた私のカバンを取り上げると、それを掲げて見せた。その底には銀色の小さな機械のようなものが付いているのがうかがえる。

「発信機か…っ」
「ふん。…さて貴様ら、死ぬ覚悟はできているだろうな?この海馬瀬人に楯突いて、生きて帰れるなどとは思わぬことだ」

未だ蹲っている3人の方へ、海馬君はゆっくりと近づいていく。そしてそのまま勢いよく足を振り下ろし、男の手を踵で踏み付けた。

「ぐぁあっ!!」
「さて、どういたぶってやろうか」

力を徐々に込めていっているのだろう、男の悲鳴はだんだんと大きくなっていく。
海馬君のその口元には笑みさえ浮かべられていて。その冷酷な表情に、私は初めて海馬君に恐怖を感じた。

「ーっ、」

声を上げて止めたいのに、情けない吐息だけ。やがて海馬君は靴のつま先で男の指を数本持ち上げると、そこに体重をかけるような体勢を取った。どうやら骨を折るつもりらしい。

「せいぜい汚い声で喚くがいい。ゴミが」
「ひっ…!やめ、やめてくれ…!」
「…っ!!」

考えるよりも早く、私は震える身体に精一杯の力を込めて立ち上がった。想像していたよりも足に力が入らず倒れそうになってしまったけれど、崩れ落ちそうになりながらも海馬君の身体に後ろから手を回した。


「…め、だめだよ、海馬君…。こんなの、だめ…っ」
「…」
「…もう、…やめて…おねが、い…」

海馬君の動きがピタリと止まる。
そしてあと少しでも力を込めれば逆方向に曲がってしまうような状態の手から、ゆっくりと足をどけた。

「…命拾いしたな、クズ共」

そう言い捨てて私の手を取ると、大破したガレージのシャッターの方へと向かう。そして車の助手席を空けて私に乗るよう促し、彼は運転席に腰を下ろした。
静かな空間の中に不釣り合いなほどの大きなエンジン音が響いたあと、車は後退してその場を後にした。

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