最終話

朝が訪れた気配に、うっすらと目を開ける。
そして最初に視界に入ってきたのは海馬君の寝顔で、私はしばらくの間それをぼうっとした頭で眺めていた。

あの後、海馬君は何度も私を緩く抱き締め、身体の至る所に口付けを落とした。もしかしたらあのまま最後までするのかもしれない、という思考がちらっと頭の中をよぎったけど、海馬君は行為をすることはなかった。


「…ん」

そんなことを考えていると、目を覚ましたのか海馬君が身じろいだ。そして緩く目を開けてその瞳に私を映すと、安心したように一度目を閉じて僅かに口角を上げた。

「…居たか」
「うん、いるよ。…どこか行くと思ったの?」
「いや。確認しただけだ」

そして私の顔を覗き込み、すくうようにして唇を重ねた。起きたばかりの海馬君の唇には高めの体温が宿っていて、それがとても心地いいと思った。いつの間にこんなに彼の口付けをすんなり受け入れられるようになったのだろう。


「…そいつは役に立ってるか」

視線をずらし、枕元にちょこんと座っているクマのぬいぐるみを示す。私は微笑んで頷いた。

「うん。ここにきた時よりも全然寂しくないよ。海馬君もよく部屋に来てくれるようになったし」
「…そうか」

それを聞いて海馬君は満足そうな表情を浮かべた。そしてそっと私の頭に手を伸ばし、長くて綺麗な指先で髪に触れる。

「…お前が良ければ、だが」
「?」
「寂しい時はオレの部屋で寝るといい。勝手に入っても構わん」
「えっ?で、でも…毎日大変で疲れてるのに…」
「構わんと言っているだろう」

つ、と髪の毛から頬に指先が移動する。少しくすぐったくて、思わず肩をすくめた。

「…それに、お前を抱いて寝ると安心するからな」
「…そ、そう?」
「オレにとってもメリットがあるということだ。…さて」

海馬君は少し気だるげに上体を起こし、天井を仰いだ。

「オレは仕事に行く。お前は休みたければ休むといい。昨日の事もあるしな」
「…ううん、大丈夫。海馬君が一緒にいてくれたから」
「そうか」

私を見下ろして小さく微笑む。
そして被さるようにして私の身体の横に手を置くと、額に軽いキスを落としてくれた。

…なんて優しい表情なんだろう。ずるい。
どきどきと胸が高鳴るのを感じる。確実に少しずつ、私は海馬君に惹かれているのだろうと思った。

「今日は少し遅くなる」
「うん。…分かった。待ってるね」
「ああ。また夜に」

そう言い残してベッドから降りると、海馬君は部屋から去っていった。


「…」

なぜだか胸が切なさを訴えている。
私はクマのぬいぐるみを引き寄せて、それをぎゅっと胸に抱き締めた。

海馬君の優しい視線や、心地いい体温、ほのかな香りを思い出して心を満たす。



ーそろそろ起きて、学校に行こう。
また新しい一日が始まる。

やがてベッドから起き上がり、制服に着替えるために私はクローゼットへと向かった。



Fin.

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