狂気に囚われて


「お前はボクの事だけ見てればいいんだよ」


ルチアーノは不敵に微笑みながら言う。
今は放課後であるため教室には生徒の姿はない。裏の顔を隠してデュエルアカデミアに潜入中である彼は、ユリに会うため高等部へ足を運んでいた。

その小柄な体躯と反したふてぶてしい態度。
彼は椅子に腰掛け、机の上に足を放り出してユリを見上げた。


「潜入なんてダルいと思ってたけどさぁ、まぁお陰でユリに出会えたからいいかなって」
「…私の何が、そんなに気に入ったの?」


分からなかった。
ルチアーノをこの校内で見かけたのはただの一度きり、そしてその時目があった事は覚えている。

そしてすれ違いざまに「ねぇお姉さん、名前なんていうの?」と尋ねられて素直に名乗った。ただそれだけのことだった。

けれどそれ以来、まるで自分の行動が把握されているかのように校内で彼と遭遇することが多々あった。そしてやがて彼の本性を知ることになったのだ。


「ボクも不思議なんだけどさぁ、どうしても気になっちゃんだよね。ユリっていう存在が」
「…よく分からないんだけど」
「まぁ、強いて言うなら、初めて会った時のあの目だよね。ボクの事警戒してただろ?」


事実だった。
彼を初めて見た時、其処に居るんだけれど其処に存在していないような、妙な違和感を覚えたのだ。
けどそんなことは気のせいだろう、と表情には出さなかったつもりでいたのだけど、ルチアーノには見透かされてしまっていたようだ。


「…あなたは、なんなの?本当にこの学園の生徒?」
「何なのって言われてもねぇ。お前に話したところで理解できるかって話なんだよね」
「…」
「アッハハハ!!そうそう、その顔たまんないんだよね。もっとよく見せてよ」


狂気じみた笑い声をあげながら、ルチアーノは机を蹴飛ばすようにして立ち上がった。そしてユリを壁に追いやるようにじりじりと歩み寄る。


「…っ、来ないで」
「ククッ…。子供だと思って、ボクの事ナメない方がいいよ。お前のことなんかどうにだってできるんだから」
「や…っ」


壁際に追いやられて、見た目からは想像もできないような腕力で押さえつけられる。明るめの緑色の瞳が三日月型に細められた。


「そうそう。そうやって怖がって、ずっとボクの事だけ見てればいいんだよ。他の奴の事なんか考えられなくさせてやるからさ!アハハハ!!」


囚われた時にはすでに遅く、逃げ場はない。
ルチアーノの甲高い笑い声が響く中、ユリは静かにそう感じていた。


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