*此処は本当にブラック本丸ですか?


鈴は暫くの間、そう呆然としていたのだが、いつまでも門の前に居る訳にもいかず、はあ、と溜め息にも似た息を吐いた。
そして先行きが不安な事からくる気分の重たさのせいで重くなった足を一歩、また一歩と前に進め、なんとかの思いで玄関先に着いた。

相手は付喪神様で霊力やら神力等には敏感な筈なのに門からこの玄関先まで、大倶利伽羅以外には誰一人として会う事はなかった。
鈴が来た事に気付いているが、姿を現さないのは、わざと姿を見せないのか、それとも姿を見せる事が出来ない何か理由があるのか・・・
そのどちらかなのかは、分からない状態が一番困る事をたった今、身を以て知る事が出来た。

何も知らない状態で何かすると言うのは、こんなにも辛いなんて…、今まで不自由な生活をしていなかったんだなぁ・・・

鈴は、今まで生きてきた中でこんな状況になった事がないから仕方がない事かもしれないが、何不自由ない生活をしていた事を身を以て実感した。

それにしても、この居住空間に入ってから、肌にビリビリと感じる程には、外に比べて何倍もの淀んだ空気を感じており、体が怠く重くなっていたのだが、自分がいざ動ける状態になった時に時間を無駄にしない為にも、早く刀剣男士の皆の状態を把握しなければならなく。
鈴は深呼吸し、心の中で祝詞を唱えると、先程まで感じていた体の怠さが幾分かマシになり、ほっと息を吐くと、淀んだ神気を感じる方へと足を進めた。

神気を辿りながら、屋敷の中を歩き回るも、誰一人と出会う事がなく、少し不気味に感じ始めていた時だった。

とある部屋の前に着くと締め切った襖の向こうから強い神気を感じ、更に中を把握しようと意識を集中すると中には数振りの刀剣男士が固まって居る事が分かった。
ドッドッド、とまた早鐘を打ち出した心臓に内心呆れながらも、手を胸の前に当て、一度深呼吸し、ゆっくりと襖を開けた。

すぅー、と音もなく静かに開いた襖の向こうには、やはり数振りの刀剣男士が居て。
視線を素早く動かしながら状態を確認すると、そこには傷付き、疲れ切った表情で襖が開いた事でこちらに視線を向けており、その視線は鋭く、鈴を拒絶しているかのような視線で、鈴は広がっていく恐怖心から足を一歩下げてしまった。


「人間、か」

「っ!!」

「キミは人間か、と訊いているんだ」

「っ、は、はい!」

「そうか・・・、でもそれにしちゃあ、随分と綺麗な霊力じゃないか」

「た、ぶん…、それは代々神社の宮司の家系だからだと思い、ます…」

「なるほど、な」


口を開いたのは、血で所々赤黒い汚れが目立つ刀剣男士だった。
多分、血で汚れる前は白一色だったであろう、その衣装を着ているのは、鶴丸国永。

鈴が事前に訊いていた話しでは、とても交友的で驚かせる事が大好きな刀剣男士らしいのだが、今、鈴の目の前に居る鶴丸は、その訊いていた話しの面影は全くなく、正直言って冷たい雰囲気をする男士だった。


「で?人間のキミがどうしてこの本丸に居るんだ?」

「そ、れは…」

「もしや、また新しい審神者か?ははっ、政府の人間とやらも懲りないもんだ。
送り込む人間がキミで7人目、キミはどうか知らないが今までの人間は皆酷い奴らでな、見ての通りこの有り様だ」


そう、冷たい笑みを浮かべながら吐き捨てるように言った鶴丸に鈴は何も言う事が出来ず、グッと奥歯を噛み締め、鶴丸が言い放った言葉をただ、受け止める事しか出来なかった。

本当は、言いたい事があった。

人間、皆が皆、そんな人ばかりじゃ、ないんです、と。

そう言いたかったのだが、鶴丸の表情、そして鶴丸の言葉に凍り付いた空気に鈴は、それを言うべきではないと悟った。

言ったところで、一体それはどうなる?
言ったところで、鶴丸や他の刀剣男士は、それを信じるのか?

答えはNOだろう。

だから鈴は、今はそれを言わない。
信じてもらうには、自分が行動で示すしかない。

…かと言って、鶴丸達が考え方を変えてくれるとは限らないのだけれど。


「で?キミはどんな驚きを俺にもたらしてくれるんだ?」

「…、私は、驚きを与えに来た訳ではなく、て…、ですね…」

「それじゃあ、また俺達を酷使する為に来たのか?」

「いえ!!それも違い、ます…」

「違う?じゃあ、なんだ?生憎と“俺”は気が長い方ではなくてな、早く言ってくれないか」


鶴丸の問いに鈴はしどろもどろになりながらも、精一杯返答したつもりなのだが、鶴丸の気に障ったらしく本体を片手に取り、カチ、カチ、と刀を鳴らし出した。
その音は現代生活を送っている鈴には聞き馴染みのない音だったが、背筋に汗が流れ、襲ってきた恐怖のあまり、喉がひゅう、と音を立てた。


「わ、たしは!皆様を手入れするべく、っ、此処に来ました…!!」

「て、いれ…?じゃあ、キミは手入れ師か?」

「は、はい!!」

「そうか…、どうりで綺麗な霊力を感じた訳だ」


手に取った本体をチラリと見て、鶴丸はそう言った。

言ったのだが、鶴丸は本体を持ち直し、鞘に刀身を納めたままだが、その切っ先を私に向け、鋭い目付きで私を見た。


「では、手入れ師のキミがどうしてそんなに大倶利伽羅の神気を纏っているんだ?」

「っ!!」


その鶴丸の言葉に鈴は息を詰めた。

あの、たった十数秒の口付けで移った大倶利伽羅のほんの少しの神気を鶴丸が気付いたのは、本当に誤算だった。

これは完全に鈴のミスだった。
自分に移った大倶利伽羅の神気に気付きながらも、禊も何もせずに、こうして大倶利伽羅の神気を纏ったまま、鶴丸の前に出てしまった。

別にやましい事があった訳ではない。
あれは大倶利伽羅からしてきた行為で鈴が大倶利伽羅に強制でさせた訳ではない。

それなのに、それすら口に出して言えないぐらい、今の鶴丸は恐怖でしかなかった。


「此処に来て早々に大倶利伽羅を誑かしたのか?大人しそうな顔をして随分とキミも手が早いもんだなぁ」


鈴に向けていた切っ先を畳にトントンと落としながら、そう言う鶴丸にこの状態をどうしようか頭を必死に回転させ考えていたのだが、解決策は何も見つからず、鶴丸から発せられている威圧的な神気に足がガタガタと震え、抑え込むようにスカートを握りしめた。

どうしよう、何も思いつかない。
鶴丸を納得させる事が出来る説明が思いつかない。

鈴が此処に来るまでに起こった出来事を正直に話しても、鶴丸はそれが本当の事だときっと信じてくれない。

なら、どうすれば?
一体、どうすればいい?

自分自身に問いかけながらも、何も解決策が浮かばず、一度この場から逃げ出そうとしようとした時だった。

背後に穏やかな気を感じ、恐る恐る振り向くと、そこには先程会った大倶利伽羅の姿があり、鈴の顔を数秒じっと見ると、今度は部屋の中に目をやり、鶴丸に目を移すと、はあ、と小さな息を吐いた。


「鶴丸、こいつが何かしたのか」

「は?おいおい、何言ってるんだ?大倶利伽羅、キミがなにかされたんじゃないのか?」

「俺はなにもされてない」

「いや、だが、彼女はキミの神気を纏ってるんだが…」

「…、ああ、それか。別に何かされた訳じゃない、俺が勝手にこいつに口吸いして霊力を奪っただけだ」

「…は?」

「っ?!」


大倶利伽羅の言葉に鶴丸は言っては悪いのだろうけど、間抜けな声を出し固まり。
鈴は“口吸い”の単語に声にならない声を上げ、鶴丸同様、固まってしまった。

当の大倶利伽羅は、さも当然かのように言ったものだから、自分がどれだけの爆弾発言をしたのか理解出来ておらず、固まった鶴丸と鈴を不思議そうに交互に見ているだけで。

この何とも言えない奇妙な光景に一早く対応したのが、隻眼の男性だった。

確かこの隻眼の方は、燭台切光忠だった筈だ。

まだ刀で人間に振るわれていた時の主は鶴丸、大倶利伽羅と同じ、伊達正宗公だった筈だ。


「えっと…?伽羅ちゃんはいつ彼女と会ったの?」

「・・・、さっきだ」

「さっき?え、伽羅ちゃん、猫にご飯あげに行ってたんでしょ?その時に会ったの?」

「そうだと言ってるだろ」

「…ねえ、少し訊きたいんだけどいい、かな?」

「へっ?!あ、はい!!」

「伽羅ちゃんとは、何処で会ったの?」


急に話しを振られたので、鈴は素っ頓狂な声を上げてしまったが、燭台切は全く気にしていないようで。
変に意識した自分だけがバカみたいに思えてしまったのだが、直ぐ様切り替え、燭台切の問いに答えるべく、先程、大倶利伽羅と出会った時の事を思い出しながら、口を開いた。


「え、っと…、この本丸の門の前、です」

「門の前…、じゃあ、どんな猫だったか覚えてる?」

「どんな猫…、確か大倶利伽羅様のようなこげ茶の色をした猫で…、凄く大倶利伽羅様に懐いていたように見えました」

「そう、うん。鶴さん、彼女嘘付いてないよ」

「みたい、だな・・・」


鈴の話しを訊き終わると、燭台切は苦笑いで鶴丸と顔を合わせ、その鶴丸も顔に手を当て、はああ、と深く長い溜め息を吐いた。
…のだが、そんな鶴丸に鈴は首を傾げ、大倶利伽羅は何故がむすっとした表情をしており、小さな舌打ちまでしていた。


「ほら、鶴さん、彼女に謝らなきゃ」

「み、光坊…!!」

「今謝らないと後引くよ?…まあ、僕も謝らなきゃいけないんだけどね」

「明らかにお前が先に謝るべきだろう?!
俺よりも殺気立って、彼女を切り殺さんばかりに睨んでたじゃないか!!」

「ちょっ、鶴さん!!」


もー!!なんて言いながら恥ずかしそうに鶴丸に詰め寄った燭台切だが、鶴丸の言葉を聞いて、血の気が引く思いをした鈴はどうしたら良いのか分からなくなってしまった。
まさか、燭台切がそんな状態でさっきまで居ただなんて、鈴には信じられなかったからだ。

鶴丸と向かい合っていた時は、本当鶴丸にしか意識は向いてなかったし、第一、あの状態で周りに意識を向けろって言う方が無理がある。
残念ながら、鈴はそんな器用な人間ではなかった。


「まあ、そのなんだ…、キミは全く悪くないのにあんなきつい物言いをしてしまって…、すまなかった」

「い、いえ!!全然!!全然気にしてませんから!!」

「ううん、これだけは謝らせて欲しいんだ。
僕も鶴さんも、キミが纏ってる、伽羅ちゃんの神気に変な想像しちゃって、気が立っちゃったからね」


幾ら霊力が高いからって、僕たちの負の気を浴びて辛かったでしょ?

そう、燭台切は言ったが、鈴は正直その言葉に首を傾げてしまった。

鶴丸の言動や仕草にビクビクして、恐怖心でガタガタとしていたが、その負の気を浴びて辛いとかそんな事はなかったからだ。
少し重いな、とは感じたけれど、鈴の祖父に教えてもらった方法でそれは振り払ったし…、決して辛くはなかった。


「も、しかして、辛くなかった、のか…?」

「あ、はい…、辛くはありませんでした、けど・・・」

「…、こりゃ驚いた」

「…うん、僕も驚いてるよ…」

「え、と…?何が、です…、か?」


驚いた、と口にする、鶴丸と燭台切に鈴は更に首を傾げた。
そんな驚くような事が起きていたのだろうか?


「キミは余程の霊力を持っているんだな」

「まあ…、政府からは太鼓判を捺されましたが・・・」

「でも、それだけじゃないような気がするんだけど・・・」


じぃ、とお日様やお月様のような色をした四つの目が鈴を見る。
その目に心臓がドクンと跳ね、鈴は一瞬頭がぼぅっとした。

そんな時だった。
いつの間にか隣に来ていた大倶利伽羅がレザーの手袋を嵌めた大きな掌で鈴の目を覆い、その四つの目が視界から消えた。

瞼に感じる温かさに心地よくなってきだした頃、すっとその温もりは鈴から離れ、目を開けると一瞬眩しさに目が眩み、よろめいたが、それも大倶利伽羅によって支えられ転ぶ事はなかった。

大倶利伽羅は、他の本丸では審神者に対してそんなに触れる事はないのではなかったか?
それが本当なら、この本丸の大倶利伽羅は、どうしてこんなに触れてくるんだろうか。
もしや、鈴がそそっかしいから思わず触れてくるだけなのだろうか?
だが、最初の接触は鈴からは何もしてなかった筈だ。

鈴の頭の中では、疑問が次から次へと浮かんでは消えていた。


「おい、あの伽羅坊が・・・」

「余程、彼女の霊力が気に入ったんだねぇ」


鶴丸の言葉を借りるなら、“こりゃ、驚いた”だ。

鶴丸の目を丸くし、口を開けた状態にも。
燭台切の言葉にも。

鈴は両方にも驚いていた。

当の大倶利伽羅はと言うときっと気まずいのだろう、足を一歩前に出し、何かを必死に堪えているかのように、腰の辺りで拳を作っている。

あまりの和やか過ぎるこの光景に鈴は、此処が本当にブラック本丸だったのか分からなくなってしまった。


「確か、キミは手入れ師…、だったよな?」

「は、はい!!」

「伽羅坊が気に入る程の霊力…、」

「…?」

「どれ、俺を手入れしてみないか?」

「は、はい?!」

「鶴さん?!」

「鶴丸?!」

「おいおい、どうした?
俺は言うなれば中傷だぞ?折角手入れ師が居るんだ、手入れしてもらわず、どうするんだ?」


この時鈴は思った。

いや、鶴丸様。
燭台切様と大倶利伽羅様の反応は正しいと思います。
何がどうなって、こうなった??

……、と。


「え、と…、私は構いませんが…」


寧ろ、こんな直ぐに手入れさせてくれるのだから、逆に有難い。
有難いのに何故こんなにも困惑してしまうのだろうか。

これが世間でサプライズ好きと言われる鶴丸なのだろうか・・・


「で、どうやって手入れするんだ?」

「あ、手入れの方法ですか?私の手入れ方法は、多分鶴丸様には退屈かとは思うのですが・・・」


少し、わくわくといった感じに鈴に手入れ方法を尋ねる鶴丸に簡単に説明すると鶴丸は苦虫を潰したような表情になり、僅かに体が下がったのを鈴は見逃さなかった。

やっぱり、鶴丸には退屈な方法だったらしい。

だが、これは手入れ方法の中でも結構簡単な方法で、数を多く熟せるから、鈴としては是非やりたい手入れ方法だった。


「確か伽羅坊は口吸いだったよな?」

「はい?!いえ!!それは大倶利伽羅様が勝手にされた事で私がした訳ではありません!!」

「いやいや、でも、それで伽羅坊は見ての通り、綺麗になったじゃないか」

「そうです、が…、でも、それは…!!」

「ん?何か問題があるのか?」

「あります!!」


主に鈴のメンタル面に問題がある。

どう、この場面を切り抜けよう…、そう意識を逸らした瞬間だった。

グイッと腕を引っ張られ、鼻を掠めたのは鉄くさい臭い。
目に飛び込んできたのは、白いもので、肌に感じた感触で布だと分かった。

そして、考える間もなく、腰を抱かれ、後頭部に添えられた手にグッと押され、唇にふに、と柔らかいモノが当たった。

その柔らかいモノは、ふにふにと動き、鈴の唇に当たると、唇の間に湿った生暖かいモノが入り込み、それは強引に唇を割って、口の中に侵入し。
鈴の舌を捕えたかと思ったら、絡められ、くちゅ、ぴちゃ、と唾液の交わる音が響きだし、気まぐれで少しだけ離れる唇、その時を狙って空気を吸い込むのだが、それはほんの一瞬で、直ぐにまた唇は塞がれ。
段々と息が辛くなり、鶴丸の着物の襟をぎゅう、と強く握り締めると、鶴丸が口元を緩め、ふ、と微笑んだのが分かり、閉じていた瞳をうっすらと開けるとお月様みたいな色をした鶴丸の目と合ってしまい、更に羞恥心が襲い、きつく目を閉じた。

腰に添えられていた手は撫で回すように動き、裾から中に侵入し、肩甲骨をすぅ、と触れるか触れないかのタッチでなぞり、それにびく、と体が反応したのを鶴丸は見逃さず、そのまま強引に手を前に持ってきて、ブラジャー越しに鈴の胸に触れた。


「んんっ、は、ぁ、やぁ、んぅっ」


ブラジャーのカップを指先で器用にずらすと直接胸に触れ、その指先は乳輪をなぞり、その刺激に鈴はビクッと体を跳ねせた。


「つ、るまる、んぅっ、さまぁっ、やめ、っ」


羞恥心や恐怖心から頭がパンクしそうになった上、足がガクガクして、座り込みそうになった時だった。

鈴の体は、グイッと強引に後ろに引かれ、背中に温もりを感じ、はぁ、はぁ、と息も絶え絶えに振り返りながら見上げると、それは仄かに頬を赤らめている、燭台切の姿。
困った表情をさせながら、眉を垂れ下げていた。


「ご、ごめんね、鶴さんが…」

「い、いえ…、っ、はぁ、助かり、ました」

「伽羅ちゃん!その辺にしないと、鶴さんまた中傷になっちゃうからやめてあげてね!!」

「…慣れ合うつもりはない!」

「……鶴さんがまた手入れが必要になったら、手入れしてもらってもいいかな?」

「…、頑張ります」


鶴丸から引き離し、助けてくれた燭台切に物凄い形相で鶴丸を蹴り続けている大倶利伽羅。

大倶利伽羅の表情に恐怖を抱いてしまったが、大倶利伽羅も助けてくれた一振りなのだから、心情は少し複雑で。
その大倶利伽羅が蹴り続けている鶴丸を良く見ると血で赤黒くなっていた衣装は、白一色になっていて、鶴丸から感じる神気は綺麗な澄んだモノになっていた。

またしても、自分からとんでもない方法で手入れされた付喪神様に鈴はどうしたら良いのか分からなくなり。
本当にこの本丸でやっていけるのか、心底不安になった。

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