体力回復の魔法の料理
鈴が霊力の枯渇から回復したのは、外が薄暗くなってからだった。
体温も平常時に戻り、目眩も無くなり、支えがなくとも、自力で座れるようにもなった。
「ご心配おかけしました…!!」
肩を落とし、しょんぼりとそう言った鈴に、その場に居た者、全員がホッと安堵の息を吐いた。
特にこうなってしまった原因を作ってしまった新撰組の刀達の安堵感は言うまでもなかった。
だが、その中でも特に安堵し、鈴に抱き着きながら泣いている乱や秋田、前田を含めた、粟田口の刀達は、大袈裟な程の反応を見せていた。
考えてみれば、無理もない話しだった。
鈴が霊力の枯渇を起こしたのは、これで二回目で、その二回とも粟田口の目の前で起こした。
今回は、自分達が原因で、鈴が倒れた訳ではないが、目の前で倒れた瞬間、ひゅ、と、肝が冷えたのを感じた。
鈴には言っていない。
鈴だけでなく、この本丸の同じ刀剣男士にすら言っていない。
これは、粟田口の中で決め、粟田口全振りがそう思っている事。
彼等、粟田口は、鈴の事を"手入れ師"とは思っていない。
鈴は確かに手入れ師だ。
資源を使わず、手入れ部屋の妖精の力を借りずとも、自分達を手入れ出来る、手入れ師だ。
だから、手入れ師な事に間違いはないのだが、彼等、粟田口の中で鈴は違う存在になっていた。
長兄である、一期一振のあの言葉がきっかけだった。
兄はあの時、鈴にこう言い、自分達はそれに何の疑問を持たず、それに同意し、従った。
「手入れ師殿が役目を終えるその日まで、貴女の側に居て、貴女の右腕となる」
一期が、その言葉を言った時、一瞬、正気かと疑った。
だが、その言葉に被せるように言葉を続けたのは、自分達。
一期があの言葉を言い、自分達が言葉を続けたその瞬間、鈴を"本丸改善の為に派遣された手入れ師"ではなく、自分達が"刃となり盾となる事を望む、主"として認めたのだ。
きっと一期は、無意識にそう口にしたのだろうが、自分達には、それが兄の本心で、その言葉の裏の部分まで感じ取ってしまった。
それから自分達は、周りに気付かれないよう、悟られないよう努め、気を使いながら鈴に"主"として接した。
だから今朝、鈴が纏っている三日月の神気に、頭に血が上るのを感じたし、結果、あんな風に三日月を締め上げてしまった。
目上の者へ対しての礼儀に厳しい一期ですら、自分達を止める事はしなかった。
もし、状況が違えば、正座させられ、お説教は確実な行為だった筈だ。
先程、粟田口全振りと言ったが、骨喰と鯰尾の二振りが自分達と同じように鈴を思っているかは、分からない。
だが、限りなく自分達寄りなのは、確実な事だろう。
そんな存在の鈴が、また倒れたのだ。
乱や秋田、前田が、あんな風に動揺するのは仕方ないし、安堵のあまり、一期みたいに魂が抜けたようになるのも仕方がない。
「乱様、先程はありがとうございました。私を此処まで運ぶのは、大変ではありませんでしたか?」
鈴に抱き着き、わんわん声を上げ泣いている乱の頭を優しく撫で、涙でぐしょぐしょになった顔を拭きながら、そう尋ねた鈴に乱は嗚咽でしゃくり上げながら首を横に振った。
そして、再び鈴に抱き着くと、鈴は困ったように自分の眼下にある三つの頭を見ると優しく包み込むように抱え込み、それぞれの頭に唇を落とした。
当然、その三振りは驚き、顔を上げ、鈴は、ふにゃり、と表情を崩した。
「本当に…、ありがとうございました」
鈴のその言葉に三振りだけでなく、鈴の周りに居た、小夜、五虎退、平野。
本当は、自分達も乱みたいに鈴に抱き着き、鈴の体温を感じたかった、薬研、厚、後藤。
それぞれが一斉に鈴へと抱き着き、団子状態になり、バランスを崩した鈴が倒れても、誰も離れようとしなかった。
誰が笑い出したのかは分からないが、次々と笑い出し、広間には笑い声に包まれた。
「さ、そろそろ食事にしようか」
目尻を拭い、そう言った燭台切に短刀達が手伝いを名乗り出て、燭台切と共に厨へと向かった。
広間に残った他の者達で分担して、食卓をセットしたり、広間の隣にある小部屋から座布団を出し、それを並べたり。
手伝いに行った短刀の一振りが先に持って来た箸を並べ、広間は広間で着々と準備が進んでいた。
その間、鈴は大人しく座っていた。
最初、自分も手伝おうとしたが、堀川がにこにこと笑みを浮かべ、まるで大人しくしてなさい、と言っているようで、鈴は手伝う事を諦めた。
そんな鈴の隣には、堀川が座っており、鈴が寝込んでから進んだ、家事の状況を話していた。
「お風呂の準備は出来ました。あとは各部屋を回って、汚れた服を回収して、今は乾燥機にかけてます。…あ、その前に昨日までに出た汚れ物は洗濯して外の物干し場に干しているので、明日の朝、取り込んだら完了です」
「助かります」
「いえ!これぐらいさせて下さい!…あと、お願いしたい事があって」
歯切れの悪そうにそう言った堀川に鈴は首を傾げた。
もしかしたら、自分がまだ確認出来ていない部分に堀川が何か気付いたのだろうか。
「まず、洗濯物を片付けていて気付いたんですけど、洗剤と柔軟剤が残り少なくて、新しい分を買って欲しいんです」
それは大丈夫ですか?
不安そうに、そう尋ねる堀川に鈴は、前任の与えた影響を垣間見てしまった。
そんな生活用品ですら、窺い立てないと買って貰えなかったのか。
自分の出した汚れた物も洗濯して貰っていただろうに何を出し渋っていたのだ。
やはり、前任とは考え方そのものが違うようで、一生分かり合えない存在だと悟った。
「それは構いません。寧ろ、それは必要な物なので遠慮なく言って下さい」
鈴のその言葉に堀川は、きょとん、とした表情をしたが、鈴が言った事を理解したのか、彼に笑顔が戻った。
「あと、外の物干し場の事なんですが、物干し竿が劣化していて、大量に干せそうにないんです。物干し竿と同様に洗濯バサミとハンガーも…」
「そうですか……、それは早く買った方が良いですね」
堀川の話しを聞き、入り用の物だと判断した鈴は、手元に置いてあった端末を手にした。
最早、見慣れたアプリを立ち上げ、堀川と相談しながら、洗濯洗剤に柔軟剤、物干し竿にハンガー、洗濯バサミを選んだ。
そんな一人と一振りの所に食卓の準備をしていた宗三が、興味津々な様子でやって来て、鈴の手元にある端末を覗き込んだ。
「成る程…、これが審神者御用達の通販さいと…、ですか」
「宗三様もご覧になりますか?」
「ええ、では少し。…成る程、こんな物も買えるんですね」
鈴の隣に座り、改めて端末を見た宗三が感動したような声音でそう言ったものだから、鈴には笑みが漏れ、端末を操作すると、とある商品を宗三に見せた。
「今朝言っていた事を思い出したのですが……、どうですか?」
「じゃーじ…、ですか」
「ええ、気に入ったデザインは、ありそうですか?」
鈴が宗三に見せたのは、今朝、宗三が言っていた、ジャージのページだった。
一口にジャージと言っても数は多く、鈴は適当に表示を並べ替えたのを宗三に見せた。
すると、途端に目を輝かせた。
「もっと下にいって下さい!」や「この写真は大きく出来ますか?」などと言うものだから、鈴は勿論、堀川までも笑いを堪えるので必死だった。
傾国の刀で、艶やかなイメージの宗三が、幼子のように目を輝かせているものだから、そうなるのは回避出来なかった。
宗三の指示に従い、スクロールしたり、画像を拡大したりしていると、ある商品を見た宗三が声を上げた。
「それっ、それを見せて下さい…!」
「こ、これですか?」
宗三の必死過ぎると言っても良いそれに鈴は驚いたが、その商品の詳細ページを開くと、宗三は穴が空いてしまうのではないかと思ってしまう程、じっくり見始めた。
端末と鈴を何度も交互に見て、何か考えていた宗三が口を開いた。
「これが良いです」
「これ、ですか?サイズは…、うーん…」
宗三が選んだそれに鈴は不思議に思いつつも購入ボタンを押し、サイズ選択の画面で頭を悩ませた。
昨日、購入した部屋着は、サイズを選ばなくても良かったから助かったが、今回は違う。
サイズを選択しなければならなかった。
宗三は細いから、Mサイズでも良さそうだが、上背もあり、Lサイズでも良いような気もする。
だが、小さいサイズを買って、丈や袖口が足りなかったら、申し訳ない。
大きいサイズを買っても、ウエストが緩くても紐で縛れば何とかなるし、袖も捲れば問題はないだろう。
頭の中で色々と考えた結果、Lサイズを購入し、そのままの流れで、新撰組の刀達の部屋着とバスタオル、フェイスタオルをカートに入れ購入し、精算すると端末の画面を落とした。
「おや、僕だけですか…、じゃーじは」
「宗三様は気になっていたみたいですが、他の皆様がそうとは限りませんし…、それに元々の内番服がジャージの方もいらっしゃいますし」
「…ああ、大倶利伽羅殿に燭台切殿がそうでしたね」
「ええ、なのでそれでも欲しいと言われない限り、私からは何とも言えなくて」
それもそうですね。
そう言って宗三は息を吐き、チラリと鈴を見た。
随分、顔色が良くなって、笑顔も増えた。
今朝の鈴の様子には心底心配させられたものだ。
鈴があんなに気に病む事はなかったし、その必要もなかった。
自分達と話しをした後は、自分の知っている鈴に戻ったように見えて、安心したのもつかの間。
連続した手入れで霊力を消耗し、倒れた。
顔色は白く、死人のようなそれに、宗三は目の前で起こっている事が理解出来なかった。
分かってはいたが、理解出来なかったのだ。
それ故に何の反応も出来ず、我に返ったのは、自分よりも何周りも小さい乱が鈴を抱え、走り去る後ろ姿を見てだった。
乱の後を追うと、あの状態で、自分は何も出来ず無力さを感じた。
だが、短刀達が代わる代わる、鈴に自分達の神気を時間をかけて分け与えたお陰で、今こうして自力で座り、会話出来るまで回復した。
この時程、仏や神に感謝した事はなかった。
「お待たせ!食事にしようか!」
燭台切の良く通る声が耳に入り、それぞれが思い思いに座っていく姿を見て、宗三も鈴も堀川も立ち上がった。
だが、立った瞬間、鈴の体がふらつき、咄嗟に宗三が支えると、そのまま鈴を上座へと座らせた。
そして自分はそのまま鈴の左隣に座ったのだが、問題は鈴の方だった。
上座に座らされた鈴は、自分の座った場所に動揺を隠せなかった。
どうして自分は、此処に座らされたのだろうか。
どうして、誰も何も言わないのだろうか。
お前の座る席はそこじゃない、と、何で言われないのだろうか。
鈴の頭には、様々な疑問が飛び交っていたが、鈴は気付いていなかった。
鈴が自分で思っているより、何倍も、何十倍も好かれている事に。
そんな鈴に答えなど、分かる筈がなかった。
今日の夕飯は、ざるうどんだった。
日中の畑仕事や鈴が倒れた事を考えると燭台切が用意しそうな夕飯だった。
うどんは、鈴が初日に大量に買った乾麺のうどんだが、めんつゆは燭台切のお手製。
物足りなくないように、飽きないように、と、野菜の天麩羅も数種類あった。
夕飯の希望は、誰も何も言わなかったが、自分にも他の者にも合うように用意した燭台切は、流石としか言えなかった。
この場で、この状況で自分に向けられる視線の意味に気付かない程、鈴も鈍感ではない。
鈴が手を合わせると皆が鈴と同じように手を合わせた。
「今日も一日、お疲れ様でした…、いただきます」
鈴の言葉をきっかけに広間は、一気に賑やかになった。
燭台切お手製のめんつゆは、二種類あった。
鰹節多めで作った甘いつゆと、昆布多めで作った少し塩辛いつゆ。
畑仕事で汗を沢山流したからか、昆布つゆは人気だったが、鰹節の方も人気だった。
寧ろ、交互に食べるぐらい人気で、燭台切はそれを嬉しそうに見ていた。
野菜の天麩羅は、鈴が初日に買った、数種類を上手く使って、作ったもの。
かき揚げにしてみたり、そのまま揚げたりと、こちらもバリエーション豊かで、飽きる事はなかった。
たかが、ざるうどん。
されど、ざるうどん。
大量にあったうどんも、天麩羅も無くなる頃には、お腹ははち切れそうで、満腹感から睡魔が襲う程だった。
夕飯の後、突如、広間に現れた荷物の中身を開封した時に、ちょっとした騒動があったり。
鈴が風呂に入る際、心配性の刀が付き添うと言って、一悶着があったり。
何とか収まり、鈴が部屋に戻ると、余程疲れていたのか。
今夜も江雪が敷いた布団に横になると、数分もしないうちに、鈴は夢の中へと旅立って行った。
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