暴走した結果が、これです


「おはようございます、…起きてますか?」

「…、ぅん…、あさ……?」

「おはようございます、そろそろ朝食の時間ですよ!」

「っ、ほっ、堀川様っ?!おっ、おはようございます…!!」


がばり、と、勢い良く起き上がった鈴は、慌てて堀川に向き直った。
ボサボサの髪を一生懸命、撫で付けながら居住まいを正したが、明らかに起きたてである事は、明白だった。

そんな鈴を見て、堀川は笑いを零し、部屋の中の空気を入れ換えるように障子戸を全開にし、障子戸とは反対側にある窓も全開にした。


「良く眠れたみたいですね」

「へっ、あ、はい!良く眠れました!」


堀川の問い掛けに鈴は、頭の中がはっきりとしていないせいもあるのか。
上手く言葉が出てこず、堀川の言葉のオウム返しのようになってしまった。

昨夜、部屋に戻って来ると江雪がまた布団を敷いてくれていた。
そこに躊躇いもなく横になったまでは覚えているのだが、そこから先が全く思い出せなかった。

比喩でも何でもなく、本当に記憶がないのだ。
気が付けば朝で、堀川が起こしに来て、しかも朝食の時間だと云うではないか。

この本丸に来て、初めてまともに眠れた筈で、現世に居た時と同じように平和に迎えた筈だ。
それなのに、この申し訳ないと云うか、やってしまったようなこの気持ちは一体何だろうか。

ん?うんん?と、疑問符が頭の上を飛び交っている鈴を見て、堀川は、何だか鈴が可哀相に思えて、泣きたくなってきた。
まだ嫁入り前の娘なのに何度も寝所を侵入され、三日月に至っては、鈴の体を暴いたと云うではないか。

これは堀川を含めた新撰組の刀が、鈴が来てからの事を鈴が風呂に入っている時に聞いた。
この話しをしてくれたのは、日中に鈴を抱き上げた見た目とは正反対の男前な行動を取った、乱。
しかも、秘密だよ、と、小悪魔な笑みを浮かべ、そう言われては、大人しく頷くしかなく鈴の前では、何も知らないフリをするしかないのだ。

三日月を知っているだけに信じられない事だった。
だが、三日月を見れば不自然に自分達から目を逸らしている事から事実だと知った。

加州と大和守からは、冷たい眼差し向けられ。
長曽袮と和泉守からは、ドン引きされた上に和泉守に至っては、この本丸の最年少の身でありながらも、それは無いわ、と、きっぱりと言い放った。

流石に二日連続でそんな事はしないだろうと思いつつも、三日月の部屋から鈴の部屋までの間に、検問のように粟田口が交代で待機する事になった。
粟田口だけでなく、鈴の二つ隣に居る左文字も最後の砦として警戒する事態にまで発展したのだが、その事を鈴は知らない。

それぐらい慎重に秘密裏に動いていた。

今朝、昨夜の事を粟田口に聞いてみると三日月の部屋の側で待機していた平野が言うには、何度か動く気配がしたそうだ。
だが、その度に小狐丸に止められていて、それを聞いた宗三が小狐丸にご褒美として、うすあげの味噌汁を作ると言っていた。

宗三でなくとも、今回の小狐丸は、まさにファインプレーであり、うすあげの味噌汁ぐらい、いくらでも作って構わなかった。
基本的に厨当番である燭台切ですら、夕飯か昼飯をいなり寿司にしようか、と、漏らしていたぐらいだった。

それぐらい鈴の事を想って、粟田口を中心に鈴の睡眠を守った。
だが、ここ数日の騒動が鈴を変えてしまったようで、堀川は本格的に泣きそうになった。

寝起きの眠そうな顔にボサボサな髪の鈴は、どこにでも居そうな普通の女性なのに。
この本丸に来てしまったが故に変な方向に変わってしまったような気がする。

堀川は鈴が可哀相に思えたと同時に申し訳なくなってしまい、鈴の頭をつい撫でてしまった。
まるで子供にするような撫で方に鈴は、きょとんとした表情をすると、次の瞬間には顔を真っ赤に染めた。

こんな撫で方をされたのは子供の時以来。
大人になってからは、された事がなかった。
一瞬、理解出来なかったが、自分が何をされたのか分かった瞬間、一気に恥ずかしくなった。

勿論、堀川ならずとも、この本丸に居る刀剣男士は何百年単位で、自分より長く生きている。
そうなれば、彼等にとって自分なんて子供も当然だろうし、寧ろ、赤子…、それよりも胎児に近いのではないだろうか。

最悪、卵子に着床する前の精子レベルかもしれない。

自分より年下の外見である堀川に、こんな風に撫でられるのは、相当恥ずかしい。
けれど、仕方が無い事なのかもしれい。

無理矢理にそう完結させた鈴は、照れ臭そうに笑みを浮かべた。


「それじゃ、外で待ってるので、着替え終わったら声を掛けて下さいね」


はにかんだような鈴の笑みを見た堀川も、穏やかに笑みを零した。
まるで、可愛い子供に対するよな、それよりも孫に対するような、そんな笑みだった。

堀川は鈴にそう声を掛け、部屋から出ると障子戸を閉めた。
障子に映った影は、部屋の前に座ったようで、鈴は顔を数回パンパン、と叩いた。
そして、そのままの勢いで立ち上がり、布団を急いで畳み、押し入れに仕舞い込んだ。
そのまましゃがみ込み、押し入れの下段に仕舞ってあった鞄から、もう一組のジャージに袖を通した。

付喪神である刀剣男士の皆の前で、こんなラフ過ぎる恰好でいるのは、正直気が引ける。
政府から支給された正装で居るべきなのかもしれないが、結局、動き易いジャージに着替えるのだ。
最初から、こんな恰好で居る事を許して欲しい。

と、云うのも、ちゃんと理由があった。
朝食の後、昨日最後まで出来なかった、畑の作業の続きをするつもりだったからだ。

一々、着替えに戻るのも手間で時間が勿体ない。

自分に与えられた時間は有限で、時間は限られている。
只でさえ、今のこの段階まで改善するのに五日と掛かっている。
幾ら何でも、時間が掛かりすぎなのは、明白だった。

この本丸の刀剣男士の事を考えると、時間をゆっくりと掛け、手入れをし、ケアするのがベストだと思う。
自分はそう思うのだが、忘れてはいけない事で、自分は政府に雇われている身。

自分の考えたプランはそこそこに、限られた時間で任務を完了しなくては、ならないのだ。
その為の時間短縮のジャージだから、許して欲しい。

いそいそと着替えを済ませ、折り畳みの鏡を取り出すと、手早く髪を一つのお団子に纏め、外で待っている堀川に声をかけた。


「堀川様、お待たせ致しました」

「いえ、大丈夫ですよ。やっぱりジャージは動き易いですよね」

「確か、国広の山伏様も山姥切様も堀川様とお揃いのジャージですよね」

「はい、少し照れ臭いですけどね」


障子戸を開け、姿を見せた鈴の服装を見た堀川は、にっこりと笑顔を浮かべ、そう言った。

堀川の刀派である国広も、内番服は小豆色のジャージだ。
着ている者なら分かるジャージの楽さに、つい盛り上がってしまったが、会話は弾みつつも、足はちゃんと広間へと向かっていた。


「おはようございます、お待たせして申し訳ありませんでした」

「良く眠れたみたいだな」

「はい、ぐっすりでした」


広間に着くと、律儀に鈴と堀川を待っている皆に、鈴は開口一番、頭を下げそう言った。
すると、鶴丸が驚いたようにそう口にし、鈴は申し訳なさそうに苦笑いを零し、そう返した。

自分の体内時計には、自信があった。
アラームをかけずとも時間には起きれたしアラームが鳴る前には、起きる事は多々あった。
寝坊をしてしまうなんて、自分でも信じられない事で、今夜からは端末のアラームを使わなければ…、そう思うのは、自然な事だった。

鈴が来た事で、短刀の半分程が燭台切の居る厨へ手伝いに向かい、鈴は宗三の隣に腰を下ろした。
と、云うのも、先に座った宗三が自分の隣をトントンと叩き、此処に座れと鈴を誘ったからだった。

鈴は一瞬、迷った。
だが、素直に宗三の隣に、宗三の誘うままに腰を下ろした。

ある意味、それも当然だったのかもしれない。

今、この広間に鈴が今日初めて顔を合わせる刀剣男士が居たからだった。
体格の良さが目立つ彼等は、鈴が広間に来て、一番に目がいった。

石切丸に太郎太刀、次郎太刀。
岩融に今剣に蜻蛉切、御手杵。

この面子が揃っていて、目立たない方が無理な話しだった。

何故、彼等が此処に居るのか。
何を想って、部屋から出て来たのか。
今の段階では、鈴には何も分からない事だった。

でも、一つ言える事はある。

きっかけは何であれ、あの閉鎖された空間から自らの意志で出てきた。
それは、鈴にとって、非常に喜ばしい事で、また一歩、前へ進んだ。

そんな鈴が、今出来る事は、彼等の事を意識せず、自然体で居る事だろう。
そうしていれば、彼等から自分のタイミングで話し掛けてくれるかもしれない。

鈴はそう思い、隣に座っている宗三が注いでくれたお茶を一口飲み、ふう、と息を吐いた。
自然体と一口に言っても、これが中々難しい。

意識してしまうと、果たして自然体でいるのか、と、不安になって、ぎこちなくなっているかも、と思ってしまう。

そんな時、宗三が鈴の太股をツンツンと突いた。
内緒事のようなそれに、鈴は、ん?と首を傾げた。

すると宗三は立ち上がり、一度、鈴を見た。

ぱちり、と、宗三と目が合ったが、宗三は鈴にではなく、広間に居る皆に聞こえるように口を開いた。


「直ぐに戻ります」


そう一言口にすると、広間から出て行ってしまい、数拍置くと、鈴は何かに気付いたようで、急いで立ち上がり、一度頭を下げ、宗三の後を追った。

広間から出た鈴は、宗三の神気を辿った。
それは残り香のようなもので、鈴には宗三の神気が視え、それを辿ると宗三の行き先が分かる。

それを辿ると、宗三は、洗濯物を干す場所として確保されている、物干し場に居た。
昨日までは無かった洗濯物が干されていて、そよぐ風に干されている服が揺れて、見ているだけで気持ちが良い。

物干し場の側には、厨へと続く扉がある。
厨の裏側にある此処からは、今、厨に居る短刀達の楽しそうな声が聞こえた。

燭台切が指示を出して、それに短刀が返事をし、賑やかな様子の厨に鈴は笑みを零した。

意識が厨に向いていた鈴だが、此処には宗三に呼ばれて来た。


「どうされましたか?」


鈴は、そう、宗三に声をかけた。
こんな場所で話す程、何か深刻な、重要な話しでもあるのだろうか。

緊張の余り、鈴の声は強張り、固くなった。

そんな鈴を宗三は、じっと見返し、鈴の目を捕え、口を開いた。


「貴女が遠慮していたみたいなので此処に呼びましたけど、構いませんね?」

「え…、あ、はい…、気遣って頂いて申し訳ありません…」

「これぐらいどうってことないですし、謝らないで下さい」

「は、はい」

「さっき広間に居た、刀剣男士の事です」

「あ…」


鈴が宗三に対し、間髪入れず謝ると、宗三はツン、とした表情をし、素っ気なくそう言った。

こんな冷たい返しをするのは、宗三の通常運転。
別段、気にする程の事でもないのだが、人一倍気にしてしまう鈴は、しゅん、とした表情になった。

叱られた仔犬のような反応に、宗三は、しまった、と言わんばかりの表情を浮かべ、本題を口にした。
宗三が鈴をこんな場所に呼び出し、二人っきりで話したかったのは、先程、広間に居た体の大きい刀剣男士達の事。

てっきり、自分の隣に座った時に小声ででも、聞いて来るのかと思った。
だが、鈴は何も聞いてこず、何事もなかったかのように普通にしていた。

鈴の事だから、彼等の事を考えて、そうしたのは簡単に汲み取れた。
だから、こうして連れ出し、話す事にしたのに、だ。

自分は、こんなにも気を遣ったと云うのに、鈴ときたら、全く見当違いの反応をする。
少しイラッとしてしまったのも、当然と言えるし、仕方ない。
流石にしゅん、とした鈴を見てしまえば、罪悪感に襲われたのだが。


「まず、御手杵殿ですが、ここ数日に渡り本丸中に漂う食欲をそそる匂いに負けて、今日から本丸の改善に参加するそうです」

「……え?」

「次に所謂、御神刀と呼ばれる、石切丸殿、太郎太刀殿、次郎太刀殿は、ここ数日で目を疑う程に清らかになりつつ本丸に自分達も何か手伝う事があれば、協力したいと言っていました」

「え、あ…、は、い…?」

「これは石切丸殿にも言える事ですが、同じ三条の刀の三日月殿の暴走に頭を悩ませた小狐丸殿がやりましたよ」

「な、にが…、でしょうか?」

「小狐丸殿が昨夜の三日月殿に困り果て、泣き付いたのが岩融殿と今剣殿、石切丸殿です。まあ、三日月殿がこれ以上、暴走しないよう見張り役として今日から参加されるそうです」

「御手杵様に、石切丸様…、太郎太刀様、次郎太刀様…、え……、と?」

「あと蜻蛉切殿は、ここ数日の様子を見て、手伝いたいと言ってましたよ。元より忠義に厚い方ですから、不思議はありませんけれど」

「……、…、」

「どうしました?」


宗三の口から出る言葉の数々に、鈴の頭はいとも簡単にパンクした。

理由はどうあれ、一度に七振りもの刀剣男士が手伝ってくれる事になった。
それは喜ばしい限りなのだが、限られた時間でありつつも、長期戦覚悟だった鈴には、ついていけない展開だった。

でも、これは事実。
この七振りが力を貸してくれる。
嬉しい、けれど、頭がついていかない。

そんな鈴を見て、宗三は深い溜め息を吐き、困ったように笑みを零した。


「厨からの気配が少なくなりましたね…、そろそろ戻りましょうか」

「あ、…はい、」


厨からの気配が段々と少なくなっている事に宗三は、気付いていた。
それは、手伝いの終わった短刀達が、広間に戻っていっているからで、朝食の支度がほぼ済んだと云う事だ。

鈴にそう促すと、鈴は我に返ったようで、ハッとした表情になり、こくん、と頷いた。
刀剣男士の神気に敏感な鈴が、厨の気配に気付かない程、思考が停止していた鈴。

彼等と鈴が上手くコミュニケーションを取れるように、と、気を効かせたつもりだったようだが、少し情報量が多かったようだ。
宗三は、申し訳ない気持ちになったが、それでも嬉しそうに口元を緩ませている鈴を見て、宗三もつられるように自然と口元が緩んだ。

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