似た者兄弟の言う事は同じ



鈴が目を覚ますと、一番に目に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。
古びた木目の天井をガンガンと痛む頭を押さえつつ、ぼー、と見ていたが頭痛の酷さに起き上がる事も出来ず、もう一度目を閉じた。

目を閉じると幾分か頭痛が治まったような気がし、一度だけ深く息を吐くと、先程まで感じる事が出来なかった気配にうっすらとだが気付く事が出来た。
その気配に心の中で小首を傾げ、痛む頭を抑えながら起き上がり部屋の隅の方に集まっている気配に目を凝らすと、壁に背を預けている男の子が三振り。
その姿を更に目を凝らして見ると昨夜の薬研、乱、五虎退の姿だった。

その姿に思わず動きが止まってしまったが、自分の体に沿うように五虎退の仔虎が丸くなりくぅくぅ、と眠っていた。
自分の主人である五虎退の側から離れて、こうして良くも知らない人間の側で無防備に寝るのは珍しい光景で鈴は目を丸くして驚いた。

だが、鈴が起きた事に一頭の仔虎が気付くと目を覚まし、そのつぶらな瞳を手入れ師に向け、くあ、と大きな欠伸を一つ零し、鈴に擦り寄っていった。
その一頭が起きた事に他の仔虎が気付くと、次々に起き出し、一番初めに起きた仔虎のように欠伸を一つ零すと鈴の膝の上に乗ったり、腕に頭や体を擦り付けたり。

そんなじゃれつくような仔虎の仕草に鈴の表情は緩み、膝の上に乗っている一頭の仔虎の喉元を少し強めに掻いてやるとゴロゴロと喉を鳴らし、気持ちよさそうに目を閉じた。
そんな仔虎が羨ましいのか…、他の仔虎も”自分も!”と言わんばかりに鈴にじゃれついてきて、その愛くるしい姿に鈴は思わず声を出して笑ってしまった。

その小さな笑い声にぴくり、と五虎退が気付き目を擦りながら起き上がり、仔虎と同じように欠伸を一つ零すと鈴と目が合い、目が合った1人と一振りは見事に動きが止まった。
未だに鈴にじゃれついている仔虎の喉元を鈴は器用に掻いたまま固まるその姿はなんとも言えない状態だったのだが、今この場では何か言う者は一人も居なかった。

先に我に返ったのは五虎退だった。

あ!と声を上げ、隣で眠っている、薬研と乱をゆさゆさと揺らし起こすと、眠そうに目をしょぼしょぼさせながら鈴に目線を合わせると、その目はかっ!と見開かれ、起きたばかりとは思えない機動で鈴の側に寄ると、乱はホッと安堵の息を零した。


「お姉さんっ、大丈夫?!」

「え?!は、はい、大丈夫です」

「目を覚まして良かったぁ…、あっ、いち兄と燭台切さんに知らせてこなきゃ!!!」

鈴を心配していたのか、その表情は暗いものだったが、昨夜倒れた時の真っ白な顔色に比べると血色は大分良くなっており、自分の言葉に受け答え出来た姿を見て、乱はやっと心から安心出来たらしく、勢い良く立ち上がると、その言葉を残してまだ明け方の本丸の廊下を駆けて行った。

まるで嵐のような一連の流れに鈴はパチパチと瞬きを繰り返し、薬研は米神を抑えて深い溜め息を吐き、五虎退は可哀想なぐらいオロオロとしていた。

自分達と鈴の間に流れていた気まずい空気を変えてくれたのは有難いし、それは乱の得意とする分野なのだが…、流石にいきなりそれを発揮されてしまうと何の心構えの出来ていない自分には肝が冷える思いだった。

そろり、と鈴を見ると乱が開けっ放しにしていった障子戸を見て、困ったような表情ではあるが笑みを浮かべており、薬研は小さな安堵の息を吐いた。
鈴は言ってはなんだが、こんな事ぐらいで怒るような人間でない事ぐらい、昨夜の一件で身に染みて分かっていたが、身に付けたくない癖が付いてしまったらしく、薬研は思わず口を歪めた。

薬研は一度頭をガシガシと、それはもう男らしく掻いたあと、未だに仔虎の喉元を掻いてやっている鈴の手首に指を添え、脈を測った。
あまり人体には詳しくないが、自分達の主が人間と云う事もあって、体調管理として簡単な計測方法を学んだのが今回役に立った。

とくとくとく、と規則正しいリズムの脈拍に薬研は大丈夫そうだ、と一安心した。
手首だけに触れたが体温も異常はないらしく、先程、乱が言ったように顔色も昨夜に比べると随分良い。
昨夜、意識を失って倒れた時の顔色は体から血液が一瞬にして失われたのではないか、と思ってしまったぐらいに真っ白だったのだ。
それに比べて今は赤みが注していて、至って健康そのものだった。


「異常はないみたいだな…、他に辛い所はあるか?」

「い、いえ、特にはない、です…」


下から覗き込むように手入れ師を見上げると、鈴は目を少し見開いた後、途切れ途切れに言葉を紡いだ。

薬研は短刀だ。
いくら“お前のような短刀がいるか!”やら“イケショタ”やら“柄まで通してー!!”等言われているが、短刀なのだ。
懐や間合いに素早く潜り込む等、朝飯前、至って簡単な事だった。

だが、鈴はそうもいかなかった。
男性に対しては、多少免疫はあるつもりだった。
自分は男兄弟の中で育ったし、何人かの男性とお付き合いもした。
だが、それはそれなりの信頼関係が築けたからの話しであって、ほぼ初対面の男性に対しては、借りてきた猫のように大人しくなるし、しどろもどろになる。
それは至って普通の感覚だし、大抵の人間はそうだ。

鈴はこの本丸しか知らない。
この本丸が初めて就任した本丸だから、それは当然の事である。

だが、鈴は少し混乱していた。
刀剣男士は、皆こうも距離感が近いのか、と。
それにいちいち反応してしまう自分はどこかオカシイのか、と。

ほんの二日、今日で三日、本丸で過ごしただけなのに、鈴の感覚は随分とオカシクなっていた。


「お嬢は昨夜の事はどこまで覚えてるんだ?」


浮かしていた腰を元に戻し、胡坐をかいて座り直し、顎に手を当てそう訊ねてきた薬研に鈴は、小首を傾げて空を見つめ昨夜の最後の記憶を思い出そうとしていた。

意識が遠のく前、自分は何をしていたか…、そう、手入れをしていた。
秋田藤四郎は腕が曲がっていた、前田藤四郎は腕が無かった、今自分の側にいる五虎退は片目が無かった、兄である一期一振は闇堕ち寸前だった。

そんな彼らを休憩を挟む事無く、連続で手入れし、最後の一期を手入れし、終わった所で記憶が途切れていた。


「最後に一期一振様を手入れさせて頂いたところまでは…、覚えています」

「そうか…、いち兄を手入れし終わったお嬢は倒れたんだ」


薬研は隠す事無く、全てを鈴に話した。
一期一振を手入れし終わった途端、糸が切れたように倒れ、何度呼びかけても返事はなく、完全に意識が飛んでいた事。
このままではいけない、と、異常なまでに下がった体温を通常に戻そうと鈴の部屋に急いで運び、布団を敷いて鈴を寝かせたあと、一緒に布団に潜り交代で彼女を温めた事。
丑の刻あたりで体温は戻り、浅かった呼吸も正常になり、あとは鈴が目を覚ますまで安心は出来ないからと、そのまま部屋に居たら、自分達は知らない内に眠ってしまっていた事。

そこまでを話し、薬研はまともに鈴の顔を見る事が出来なかった。
いくら非常事態とは言え、同じ布団に入ってしまった事が薬研にとって、非常に気まずかったのだ。
人間にしてみれば、鈴は限りなく大人と言える年齢だろうし、問題はないのだろうが、きっと鈴は嫁入り前だ。
鈴から見える縁は、まだ誰とも繋がっていないように見えるから、きっとまだ、嫁入り前。
そんな女性と布団を同じにしてしまったのだ。

考え方が戦国時代の薬研には、非常に申し訳ない事をしてしまったと後悔していた。

だが、鈴は恥ずかしさこそあれど、怒りは湧かなかった。
自分が未熟だったから倒れてしまっただけで、薬研達は悪くないからだ。
手入れのし過ぎで倒れたのは確かだが、自分は手入れする為に此処に来た。
自分の仕事で未熟さ故倒れたのに責める事は出来ない、今回は完全に自分の落ち度だった。


「昨夜はご迷惑をおかけしました…」


自分に向けて謝り、ゆっくりと頭を下げる鈴に薬研はぎょっと目を見開き明らかに慌てた。

どうしてこの人間はこんなにも素直に謝れるんだ。
こんなに直ぐ素直に謝られてしまうと自分達が謝罪するタイミングを逃してしまう。


「頭を上げてくれっ、謝らなくていい…!」


鈴の小さな肩を掴み、無理矢理顔を上げさせた薬研は、そのまま鈴の目をじっと見つめ、小さく息を吐くと重い口を開いた。


「お嬢が素直な人間なのは分かった。だが、これだけは言わせてくれ」


自分を見つめる真剣な薬研の瞳を見て、鈴は開きそうになった口をきゅ、と結びその薬研の瞳を見つめ返した。


「俺達はお嬢にあんな手段を取ったにも関わらず、弟やいち兄を手入れしてくれた。これは俺や乱の独断でやった事だ…、俺と乱は刀解してくれて構わない」


そう頭を下げながら言う薬研に鈴の目には段々と涙が溜まり、それは頬をつぅー、と伝い流れた。

まさか泣くとは思ってなかった薬研は、ぎょっとし、慌てた。
何がいけなかったのか、全く見当がつかなかった。

自分は何も不味い事は言っていない筈だ。
自分達を手入れしてくれる人間を拉致するかのように背後を取り、腕を後ろ手に捻り上げて無理矢理強引に部屋へと連れ込んだ。

今になって分かるが、この手入れ師はちゃんと口で頼めば、拒否等せず手入れをしてくれる人間。
そんな人間に無体を強いたのだ。

前任ならば、完全に刀解…、いや、破壊されてもおかしくない事案だった。

だから、自分と乱は刀解覚悟でああまでして、今こうして刀解の覚悟は出来ている、と伝えたのに。
どうして、泣かれてしまったのか。

雅な事も女心にも鈍感な薬研にはさっぱり分からなかった。
この場に乱が居れば、泣かす事はなかったとは思うが、この場に居ない者に縋っても仕方がない事だった。


「刀解する、っ、ことはない、です…、っ、ぜったい、ないですっ…!!」


泣きながらそう訴える鈴に薬研はどうして良いのか分からず、五虎退を見遣ったが、当の五虎退も今に泣きそうな表情をしており、どうにか出来そうにもなかった。

だが、薬研は久し振りに胸の中に灯った温かさを感じていた。

こんな人間に出会ったのは随分と久し振りだった。
審神者が居なくなってからたまに様子を見に来ていた政府の人間。
審神者でも、特に前任に至っては、最初は人が良かったが、段々と人が変わり豹変してしまった。
その結果が今のこの本丸の状態なのだが。

それでも前任より前の、更にその前の審神者達はとても優しい人間だった。
が、この鈴はその審神者達の中でも特に一番目、自分が”刀剣男士”として初めてこの現世に顕現した時に初めて仕えた審神者にとても良く似ていた。

薬研がその事に想いを馳せていた時だった。
ダダダダダッ!と朝っぱらから騒がしいと言われてもおかしくない、複数の足音がこの部屋目掛けて近付いてきた。

乱が開けっ放しにしていた障子戸から姿を見せたのは、短刀故、機動値の高い乱が一番に姿を現し、その次に姿を現したのは、太刀である、自分の兄と燭台切だった。

三振りとも息を切らしていて、起き上がっている鈴の姿を見て、燭台切は安心から体の力が抜け座り込んでしまい。
一期に至っては視線を合わせたり逸らしたりしており、そんな一期を心配そうに見ている乱。

だが、薬研だけは心配する素振りを見せず、じっと一期を見ているだけだった。

すると一期が意を決したように口を開いた。


「手入れ師殿、」

「は、はい」

「今回は弟達が手荒な真似をしてしまって、申し訳ありませんでした」

「い、いえ、全然っ!」


頭を深々と下げ、そう謝罪の言葉を口にした一期に鈴は涙を引込め、所在なさげに手をバタバタと動かしていた。
だが、一期はそんな鈴に気付いていながらも、下げた頭を上げる事はしなかった。


「その上、貴女の霊力まで膨大に使わせてしまい、倒れさせてしまった、謝っても謝りきれぬ事は、重々承知しております」

「それは…!私の力不足です…!」

「いえ、決して貴女の落ち度ではないのです…、原因は私達が未熟だった故の結果です、この一期一振り、既に覚悟は決まっております」

「……え?」


不吉な一期の言葉に鈴の顔色は一気に青褪めた。
この言葉に結び付くモノなんてほぼ、一つしかない。

それに瞬時に思い当たった鈴は、今にもまた泣きそうな表情をしているが、頭を下げたままの一期は気付く事はなく。
ちらり、と鈴に目を遣った薬研、乱、五虎退、燭台切だけが気付いていた。


「この上は、兄として…、腹を切り責任を取りたく」


そこまで言って、一期はやっと頭を上げ…、固まった。
その原因は一つ、鈴が目に涙をこれでもか、と溜めていて、それは今にも零れそうだったからだ。

女好きと名高い太閤を主人にしていただけあって、女の涙に弱い一期には思考を止めさせる事は容易だった。


「兄弟揃って…っ、そんなことばかり、言わないでくだ、さいっ…!!」


とうとう泣き出した鈴。
先程、似たような事を訊いていた薬研と五虎退はそうでもなかったが、問題は乱、一期、燭台切だった。

泣かれるとは思っていなかった上、そんな事を言われるとは思ってなかった。
まさに、どうしていいか分からない、と云う状態だった。

そんな中、一番に行動に起こしたのは、先程まで大人しかった五虎退だった。
鈴の側まで行くと、自分のブカブカな戦装束の袖口を優しく、鈴の目元に押し当て、涙を拭った。

そして小さく、震える声だったが、確信を持った声音で口を開いた。


「こ、このお姉さんは、悪い人じゃない、と思います…、だ、だって、虎くん達がこんなに懐いている、から…」


その五虎退の言葉に鈴にじゃれついている仔虎を見ると、確かに懐いている。
昨夜はあんなに威嚇していたのにたった一晩でこんなにも懐くものだろうか、と疑問を抱くぐらいに懐いていた。

だが、一期はそれを見ても苦い顔を消す事はなく、眉を垂れさせており、それでも納得いかないのかその口を再び開いた。


「だが、罰を受けねば気が済まんのです」


その言葉に鈴はむっとした表情になり口を開いたが、それは拗ねたような声音であった。


「それでは、罰として…、粟田口全振りで畑当番をお願いします…」


今にも頬を膨らませそうな感じでそう言った鈴に、その場にいた皆が呆気にとられた。

畑当番。
この荒れ放題の本丸の畑当番。

審神者が居なくなった事で、作物は枯れ、土はダメになり、根気よく耕さないと生き返る事はない、あの畑当番。
確かに罰にはなりそうだが、腹を切るのと同等の罰とは思えなく、何とも言えなかった。

だが一番に我に返った薬研はおかしくて仕方なく、薬研の口からは豪快な笑い声が出た。


「お嬢の人の好さじゃあ、おれっち達を酷使出来そうにねぇなぁ!!」


涙を浮かべて、そう言った薬研に乱、五虎退、一期、燭台切にも笑いが起こった。

皆が笑う事は良い事なのだが、何がツボで笑っているのか、鈴は見当がいかず、不思議そうに首を傾げていた。


「手入れ師殿」

「は、はい…?」

「そのお言葉、拝領致します」

「は、はい………、え?」

「粟田口吉光が一振り、この一期一振」

「同じく、粟田口吉光が一振り、薬研藤四郎」

「同じく、粟田口吉光が一振り、乱藤四郎」

「お、同じく、粟田口吉光が一振り、ご、五虎退」

「手入れ師殿が役目を終えるその日まで、貴女側にて貴女の右腕となり、」

「全面的にお嬢に協力するぜ」

「お姉さん!一緒に乱れよう…?」

「あ、あのっ、お、お願いします…!!」


その言葉に鈴は頭が追い付かず、今何が起こっているのか分からないまま、頷いた。

燭台切は、その光景を見ていたのだが、何か胸にモヤッとしたものを感じ首を傾げ。
だが、こうして鈴の味方になる者が増えた事に少し、安堵の溜め息を吐いた。

*前次#