【其の弐 身売り】
日本に遊郭街が再建されてから、2年が経った。
スラム街はどうなったか。
相変わらずスラム街はあるし、売春も違法風俗店も無くなってない。
検挙してはまた新しいのが出来ての繰り返しだ。
立ちんぼに至っては増えたって情報もあった。
それもそのはず…。
日本に遊郭街が出来たと言うニュースが世界でも話題になったおかげで、有名人、著名人も来るような高級風俗街になった。
そのため、遊女に求めるレベルが上がり、身売りすらも拒否された女性たちは、仕方なく違法だと知りながらも吉原以外で体を売るしかなくなった。
そして、色んな噂を耳にするようにもなった。
遊郭街に身売りされた女性は身売り時に支払われた分、プラス今までに掛かった生活費を稼ぐまで出られないと言う。
遊郭を出る方法は3つ。
1、全ての金を稼ぎ、楼主に支払う。
2、身請けされる。その場合、相手が楼主の定めた金額を払う。
噂では最低でも1億からで、人気のある遊女の身請けは数百億になるのではないと言われている。
3、年季満了。
脱走すればいいじゃ無いかと思うが、足に小型GPSを付けられていて逃げても捕まるらしい。
『…ちあき!大変よ!ちあき!』
リビングから母の叫ぶ声が聞こえた。
「…何?」
『いいから、早く来て!これ見て!』
母がテレビを指差す。
……え?嘘でしょ……?
ーー本日、日本時間未明に日本人で国際弁護士の工藤俊夫さんがメキシコとアメリカの国境付近で遺体で発見されました。
工藤さんは、世界的な麻薬カルテルとの繋がりがあるとされており、警察が調査をしている途中でした。
工藤さん遺体には複数の打撲後、また銃で頭を撃ち抜かれていることから、何らかのいざこざに巻き込まれたとして捜査を進めています。
…お父さんは犯罪者だったってこと?
『…どう言うことなのよ、麻薬カルテルってなに!?この先私はどうなるのよ!この生活を手放せって言うの!?』
母はこの日を境に、お酒を浴びるように飲むようになり、元々荒かった金遣いも更に荒くなった。
また、父が働いていた会社から慰謝料も請求された。
結婚してから働いて居なかった母のお金が尽きるのなんて時間の問題だと思った。
『あーもう本当最悪!カード差し押さえってなに!?使えないんだけど!』
怒りながら帰ってきた母の姿は、数ヶ月前の美しい姿とはまるで別人だった。
『ちあき!あんたも勉強ばっかりしてないでちょっとはお母さんのためにバイトするとかしたらどうなのよ!』
「来年受験だから無理。お母さんが無駄遣いしなかったら良かっただけじゃん。」
そう言い捨てて自室に戻ろうとした私の腕を母が掴んだ。
振り向くと母はニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべている。
「…何?」
『あんた今までお母さんがあげたお小遣いどうしたの?結構あげてたと思うけど、まだあるわよね?それそこしなさいよ!』
…は?
「何言ってんの、渡すわけないじゃん。」
『酷い!お母さんがどうなってもいいの!?』
…お母さんはいつも自分が1番で、わがままな人だと思ってた。
それでも自分を産んで育ててくれた母だから、我慢して来た。
それもそろそろ限界だ。
「じゃあお母さんは私がどうなってもいいの?」
『そんな事言ってないでしょ?あんたはまだ若くてピチピチで未来もあ…そうだわ!』
閃いたような母の顔。
何となく言わなくても分かる。
『ちょっと吉原で稼いできてよ。』
「私17だから無理。自分が行けば?身なり整えればそれなりに見…」
パシンッと左頬に痛みが走った。
『あんた、元銀座ナンバーワンホステスの私に体を売れって言うの!?』
「あんたも自分の娘に体売れって言ってんだ、どっちがおかしいんだよ。」
女はヒステリックだと、何かで見た気がする。
私はどちらかと言えば男脳なのか、こう言う時割と冷静になる。
キーキーと喚き立てる母を無視して自室に戻る。
その後も暫く騒いでいたけど、バタンとドアが閉まる音がして静かになった。
その日、母は行方をくらました。
母が行方不明になってから1ヶ月。
一応捜索願は出しておいた。
じゃないと後からあらぬ容疑をかけられても困ると思ったから。
広すぎるマンションに1人。
仕方なくアルバイトを探しては見たけど、父が有名過ぎてどこも落とされた。
貯金を切り崩そうか。
でも、そしたら大学は?
いや、今更大学なんて行ったって無駄か。
私に残された道は…一つしかない。
スマホを取り、父の弁護士仲間で、父が殺された後も唯一心配してくれた安田さんに電話を掛かる。
『(もしもし、ちあきちゃん?どうしたんだい?)』
「すみません、突然。今お時間良いですか?」
『(大丈夫だよ。何かあったのかい?)』
私は安田さんに1ヶ月前から母が失踪した事を伝えた。
警察に捜査願も出してあること、母のお金はもう底をついていることも話した。
『(もっと早く言ってくれれば良かったのに!何か僕に出来ることはあるかい?)』
「はい。私を…、遊郭で働かせてください。」
『(…え?それは……)』
遊郭ではいざこざが絶えないことから、弁護士が多く雇われている。
安田さんは、遊郭街でも1番人気の遊郭の弁護士をしている。
「お願いします。」
『(まあ、ちあきちゃんなら雇ってくれると思うけど…。)』
母から受け継いだ美貌をまさかこんな時に発揮出来るとは思ってなかった。
『(ちあきちゃんは弁護士になりたいんじゃ…。)』
「そこでもう一つお願いがあります。GPSでも何でも付けてもらっていいので、ロースクールだけには通いたいんです。」
勉強と遊女の仕事の二重生活なんて大変なのは分かってる。
でも、このままアルバイトも見つからず貯金を切り崩してロースクールにも通えなかったら?
スーパーの半額弁当だったもう飽きた。
後ろ指指されて、笑われて、もういやだ。
それなら、遊女の弁護士になってやる。
『(遊女になるのは、お金のためかい?)』
「それだけじゃないです。お願いします。こんな事頼めるの安田さんしかいないんです。紹介料なら払いますから。お願いします。」
少しの沈黙の後、安田さんは大きな溜め息を吐いた後、『(分かった、交渉してみよう。)』と言ってくれた。
安田さんに相談してから2週間後、遊郭の楼主からのお許しが出たと連絡があった。
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