【05 なまえ】

ずっと苦しかった。ずっと辛かった。
何度も辞めようと思った。

でも、私がステージで歌うことを楽しみにしてくれる唯一の存在のために、何とか頑張ってきた。

だけど…、もう限界だった。

「代表…、お話があります。」

ソウルでのコンサートが終わった後、見に来ていた代表に2回目である【辞めたい】ことを伝えた。

だけど代表は好きなだけ休んでいいから、もっとよく考えて欲しいと言って辞めることを認めてはくれなかった。

『なまえ!おはよう!今日もお店手伝ってくれるの?』
「うん。でも、もう大丈夫だよ?ゆりだってやりたい事とかあるんじゃない?」

ゆりは私の幼馴染で、私が韓国に行って暫くして体調を崩してお店に立てなくなったおばあちゃんの花屋を引き継いでくれた。

『私はこのお花屋さんを守りたいし、何よりなまえが帰って来る場所を守りたいからいいの。』

そう言って微笑んでくれるゆりは、私なんかよりよっぽど綺麗だと思う。

半年前、祖母は亡くなった。
ちょうど仕事も無くて、お葬式には帰って来れた。
ゆりは私の代わりにお葬式の手配もしてくれていた。

今回も何も言わずにふらっと帰ってきた私を『おかえり』って笑顔で迎えてくれた。

『なまえ!折角だからエクステつけて染めるのはどう?』
「え?」
『私なまえの長い髪好きなんだ!まあショートもかっこいいんだけど!久しぶりにロングヘアのなまえも見たいなーって!』

ロングヘアか…。
SEVENTEENのデビューが決まった日、私はお気に入りだったロングヘアをばっさりと切った。

別に事務所に言われたとかそんなんじゃない。
韓国語を覚えれば覚えるほど、周りの私への悪意や憎悪に気付いてしまった。

“実力もないのに何であの子が?”
“ジアだけでも嫌々なのに、また新しいのも女なの?”
“しかも日本人の女?まじいらない。辞めろ”

薄々気付いてはいた。自分が嫌われている事も、この場に相応しくないことも。

辞めようと思ったこともあるし、代表に話したこともある。
それでも何故か代表も、ミンギュくんやミョンホくん、ジュンさんも私を引き留めた。

それからは辞めるって言いづらくて、気が付けばデビューが決まった。
もう逃げられないと悟った私は、その日を堺に女の子でいることを諦めた。

別にフリフリが好きな訳じゃないし、ピンクとか女の子らしいものが好きって訳でもない。

だけど、お洒落をするジアさんやカラット達を羨ましく思っていた。
どんなに羨ましくても、私がSEVENTEENでいる限り、女の子になることは許されない。

年齢と共に日に日に女らしくなる体が嫌で、休みの日や時間があるときはジムに通った。

『なまえ?』
「あ、ごめん…。」
『どう?イメチェンしてみない?』
「…そうだね、してみよっか!」

次の日、地元の美容室に行って真っ黒だった髪をアッシュブラウンに染め、エクステをつけた。

『うわぁ!やっぱり可愛い!綺麗!超絶似合ってる!!!』

私より嬉しそうに写メを撮るゆりに照れながら、鏡に映る自分の姿を見つめる。
ロングヘアにしたのは3年ぶりくらいか…。

何だか自分じゃ無いように思う。

「…私ちゃんと女の子だったみたい。」
『は!?何言ってるの!なまえは超絶可愛い女の子なの!なまえは私の憧れなんだから!』
「…大袈裟だな。でも、ありがとう。」

ゆりと店番をしたり、休みの日には出掛けたり、ずっと出来なかった女の子としての普通の生活をし始めて気が付けば3ヶ月が経っていた。

ゆりは何も聞かなかった。それが本当にありがたかった。

マネージャーのパクさんとはたまに連絡を取ってるけど、他は誰ともとっていない。
日本ではほぼ使わないカトクの通知も、気付けば上限まで達していた。

日本に戻って来た当初はジュンさん、ミンギュくん、ドギョムくん、ミョンホくん、スングァンくんから電話があったけど、それももうなくなった。

そのまま私のことなんて忘れてくれればいいと思う。

『ねえ、なまえ……、聞いてもいい?』
「………うん。 」

自分から聞いてもいい?なんて聞いて来たのに、ずっと俯いてるゆり。

『…私のこと、恨んで無い?』
「……え?何で?」

てっきりSEVENTEENでのことを聞かれるんだと思っていた私はびっくりして少し大きな声をあげてしまった。

『いや、だって…なまえが韓国に行くきっかけを作ったのって私だから…。』


あれは私達が高校生の時、修学旅行で大阪に行った時ちょうどお祭りがやっていて、そこでカラオケ大会が開かれていた。

『自由参加だって!なまえ歌って!』
「え!?いや、ちょっ、それは…」

母の影響なのか、歌うことは好きだったけど、ゆりやおばあちゃんの前でしか歌ったことはなくて慌てて断った。

けれどゆりがお願いと言うから、ゆりからリクエストを受けた曲を歌うことにした。

それをたまたま通りかかったプレディスのスタッフが聞いて、スカウトされたのがきっかけだった。


『私ね…、ずっとなまえは私のせいで辛い思いをしてるんじゃないかって思ってて…、私があの時歌ってなんて言わなかったらって…。』
「……ゆりのせいだと思ったことは一度もないし、もちろん恨んでもないよ。」

別に私は誰のことも恨んでいない。

ゆりのことはもちろん、私に憎悪を向けるカラットのことも。
カラットの気持ちだって分かる。
好きな人のすぐ近くに女がウロウロしてるなんて嫌に決まってる。

私がどんなに男のふりをしても、性別は女に変わりないんだから。

「ゆり…私ケーキ食べたい…」
『うん、食べよう!いっぱい!』

やっと笑ってくれたゆりとお腹なんて空いてなかったけどケーキを買って、その日は遅くまで昔の話を沢山した。

久しぶり心から笑っていた。


「ただいまー!島田のおばあちゃんが最中くれたから一緒に食べ…」

…え?何で?

『あ、なまえおかえり!』

お店の片隅にここには絶対にいるはずのない人が座っていて、最中を落としそうになった。

固まる私と同じように、相手も私を見て固まっている。

「……なまえ…だよな?」

そうか…、私エクステつけてたんだった。
コクリと頷くと、その人はゆっくりと立ち上がりその大きな体で私を抱きしめ、そして、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声で呟いた。



「…보고싶었다……」






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