ROOM 404 ― 恋愛禁止の家で、秘密と恋が始まる ―
Episode26
『言葉にならない距離』
― 気づいているのに、まだ名前をつけられない感情。 ―
Day:Friday(共同生活26日目)
⸻
Scene3
『突然のお願い』
Friday|13:00 PM
⸻
404 HOUSE。
⸻
昼過ぎ。
⸻
午前中に出かけたメンバーも多く、
家の中は少し静かだった。
⸻
窓から差し込む光。
⸻
テーブルの上に広げられた資料。
⸻
パソコンのキーボードを打つ音だけが響く。
⸻
⸻
チアキは、
出勤前の準備をしていた。
⸻
制服の確認。
⸻
必要な書類。
⸻
フライトや勤務スケジュールの整理。
⸻
いつものように、
手順を崩さず、淡々と進めていく。
⸻
⸻
そこへ。
⸻
リビングから声が聞こえる。
⸻
⸻
「チアキ。」
⸻
⸻
振り返る。
⸻
⸻
スングァン。
⸻
⸻
少し迷ったように立っていて、
スマホと資料を片手に持っている。
⸻
⸻
チアキ
「どうしました?」
⸻
⸻
スングァンは一歩近づいて、
テーブルの端に資料を置いた。
⸻
⸻
「これ、ちょっと見てもらってもいい?」
⸻
⸻
チアキが近づく。
⸻
⸻
資料の内容は、
番組関連の文章。
⸻
韓国語で書かれた説明文だった。
⸻
⸻
スングァン
「意味は分かるんだけど。」
⸻
⸻
言い切る前に、
少しだけ視線を落とす。
⸻
⸻
「なんか……日本語にした時、変じゃないかなって。」
⸻
⸻
チアキは資料を見る。
⸻
⸻
一文ずつ確認する。
⸻
⸻
言葉のニュアンス。
⸻
表現の柔らかさ。
⸻
相手に伝わりやすい言い回し。
⸻
⸻
仕事で言葉を扱うことも多いチアキにとって、
自然にできることだった。
⸻
⸻
少しして。
⸻
⸻
「ここは、こっちの方が自然かもしれません。」
⸻
⸻
指で文章を示す。
⸻
⸻
「意味は同じなんですけど、この言い方の方が少しやわらかく聞こえます。」
⸻
⸻
スングァンはその指先を見てから、
修正された一文に目を移す。
⸻
⸻
「……ほんとだ。」
⸻
⸻
「こういうの、すぐ分かるんですね。」
⸻
⸻
チアキは小さく笑う。
⸻
⸻
「仕事柄です。」
⸻
⸻
スングァンは資料を受け取りながら、
何度か読み返した。
⸻
⸻
「助かりました。」
⸻
⸻
少し間を置いてから、
声を落とす。
⸻
⸻
「ありがとう、チアキ。」
⸻
⸻
その言葉に、
チアキは一瞬だけ目を瞬かせる。
⸻
⸻
「いえ。」
⸻
⸻
「私も、いつも助けてもらってますから。」
⸻
⸻
スングァンが顔を上げる。
⸻
⸻
「俺が?」
⸻
⸻
チアキは頷く。
⸻
⸻
「はい。」
⸻
⸻
「最初に声をかけてくれたので、ここにいても大丈夫だと思えました。」
⸻
⸻
少しだけ言葉を選ぶようにして、
続ける。
⸻
⸻
「それに、スングァンさんがいると、家の中が少しやわらかくなる気がします。」
⸻
⸻
スングァンはそのまま、
しばらく何も言わなかった。
⸻
⸻
資料の端を指で押さえたまま、
視線だけが一度、チアキの方へ向く。
⸻
⸻
「……それ、ちゃんと返さないとですね。」
⸻
⸻
チアキ
「え?」
⸻
⸻
スングァン
「なんでもないです。」
⸻
⸻
そう言って、
少しだけ笑う。
⸻
⸻
Living Room
⸻
チアキが出勤準備に戻る。
⸻
⸻
スングァンは資料を見ながら、
修正された文章をもう一度なぞっていた。
⸻
⸻
以前なら。
⸻
チアキは、
誰かを支える側にいることが多かった。
⸻
⸻
朝食を作る。
⸻
家を整える。
⸻
誰かの変化に気づく。
⸻
⸻
でも。
⸻
今は少し違う。
⸻
⸻
差し出された言葉を受け取る。
⸻
返ってきた言葉に、ほんの少しだけ立ち止まる。
⸻
⸻
そんなやり取りが、
いつの間にか増えていた。
⸻
⸻
Entrance
⸻
出勤時間。
⸻
チアキがバッグを持つ。
⸻
⸻
「行ってきます。」
⸻
⸻
リビングから声が返る。
⸻
⸻
「頑張って。」
⸻
⸻
「気をつけて。」
⸻
⸻
少し遅れて、
もう一つ声が重なる。
⸻
⸻
「また、お願いします。」
⸻
⸻
チアキは一度だけ振り返って、
小さく頷いた。
⸻
⸻
「はい。」
⸻
⸻
扉が閉まる。
⸻
⸻
残った部屋の中で、
スングァンはしばらく資料を見つめていた。
⸻
⸻
【STAFF NOTE】
⸻
何気ない一言は、
すぐには消えないことがある。
⸻
⸻
頼る。
⸻
受け取る。
⸻
返す。
⸻
⸻
その繰り返しの中で、
同じ部屋の空気は少しずつ変わっていく。
⸻
⸻
次回 Scene4
『それぞれの小さな変化』
⸻
仕事を終えた夜。
⸻
404 HOUSEへ戻る11人。
⸻
何気ない行動の中に、
それぞれの優しさが見えてくる。
→
ノベルに戻る I
Addict