ROOM 404 ― 恋愛禁止の家で、秘密と恋が始まる ―

Episode31

『昨日と同じ、今日じゃない』

― 一度意識した気持ちは、元には戻れない。―

Day:Wednesday(共同生活31日目)



Scene4

『ジョンハンの秘密』

Wednesday|06:30 PM



404 HOUSE。



夕方。



チアキとジョンハンが帰宅すると、

仕事組のメンバーも少しずつ家へ戻ってきていた。



「おかえり。」



「ただいま。」



いつもの挨拶が交わされる。



リビングには、

穏やかな時間が流れていた。



その頃――。



Interview Room



スタッフから呼ばれ、

ジョンハンが部屋へ入る。



椅子に座ると、

背もたれに深く寄りかかることはせず、

膝の上にそっと手を置いたまま、短く息をついた。

指先はわずかにこわばっていて、

何気ない仕草のはずなのに、どこか落ち着かない。



照明の白い光が、

静かな部屋の空気を少しだけ冷たく見せている。



スタッフが静かに切り出す。



「今日は、ジョンハンさんのSECRETを公開します。」



ジョンハンは小さく頷く。



一度まぶたを伏せ、

視線を落としたまま、

ゆっくりと言葉を選び始めた。



「数年前。」



そこで一拍置く。



喉の奥がわずかに動き、

次の言葉を飲み込むように、指先が膝の上で小さく重なった。

その沈黙は短いのに、

胸の奥を静かに締めつけるようだった。



「担当していた患者さんを、救えなかったことがあります。」



静かな部屋に、

その一言だけが響く。



「できることは全部したつもりでした。」



「でも、助けられなかった。」



言葉は淡々としているのに、

ひとつ口にするたび、

胸の奥のどこかをそっと押されるような痛みがあった。

あの時の光景を、

自分の手でなぞり直しているみたいだった。



少し間を置く。



「それからです。」



その沈黙は短いのに、

息を吸う音まで聞こえそうなほど、部屋が静まり返る。



「感情を、できるだけ表に出さないようになりました。」



ジョンハンは苦笑いを浮かべる。



笑っているはずなのに、

口元だけがわずかに動いて、

目元には、まだ言い切れないものが残っていた。

その笑みは、

痛みを隠すために、無理に形を整えたようにも見えた。



「嬉しいとか、悲しいとか。」



「そういう気持ちをそのまま出すと、どこかで判断が鈍る気がして。」



「だから、ずっと抑えてきました。」



感情的には語らない。



それでも、

穏やかな声の奥には、

長い時間をかけてようやく輪郭を持った痛みが、

静かに沈んでいた。

言い切るたびに、

胸の奥の傷口を指先で確かめているような、そんな危うさがあった。



「その時に思ったんです。」



ジョンハンは少しだけ視線を上げる。



けれど、すぐにまた落とし、

言葉を確かめるように続けた。



「自分は、もう感情を持たないほうがいいのかなって。」



「誰かを大切に思うことも。」



「期待することも。」



「できるだけ、しないほうがいいのかなって。」



その言い方はあくまで静かで、

諦めを大きく見せることはない。



けれど、

その静けさの中にこそ、

当時の自分を守るために閉じ込めてきた感情が、

まだ少しだけ残っているように見えた。

本当は終わったのではなく、

終わったことにして、ようやく立っていたのかもしれない――

そんな揺れが、かすかに滲んでいた。



スタッフが静かに尋ねる。



「それでもROOM404に参加した理由は?」



ジョンハンは少し笑う。



その笑みは、

ほんのわずかに肩の力を抜くためのもののようだった。



「感情を取り戻すため、っていうと少し大げさですけど。」



「このまま一人で閉じていたくなかったんです。」



「人とちゃんと向き合って生活してみたかった。」



「恋愛禁止っていうルールだったから。」



「逆に、余計なことを考えずに参加できたのかもしれません。」



少し考え、

窓の外へ一瞬だけ目を向ける。



夕方の光がガラス越しに淡く滲み、

その横顔をやわらかく縁取っていた。



「でも。」



「この一か月で。」



「自分でも思っていたより、人って変われるんだなって思いました。」



その声は、

さっきまでより少しだけ温度があった。

言葉にするたびに、

胸の奥で固く結んでいたものが、ほんの少しずつほどけていくようだった。



スタッフが尋ねる。



「404 Choiceを書いた今も、その気持ちは変わりませんか?」



ジョンハンはすぐには答えない。



ほんの少しだけ息を吸い、

口を開きかけて、また閉じる。



迷っているというより、

言葉にした瞬間に何かが変わってしまいそうで、

慎重に確かめているようだった。

胸の奥が、静かにざわついている。

その揺れを隠すように、

彼は一度だけ唇を結んだ。



少しだけ笑って、

視線を窓の外へ向ける。



「……まだ分かりません。」



「でも。」



「昨日までの自分と、今日の自分は少し違う気がします。」



その表情は、

どこか晴れやかだった。



長く閉じていたものを、

無理に開けたわけではない。



それでも、

確かに何かが動き始めている――

そんな静かな変化が、

目の奥にだけ、そっと残っていた。

怖いのに、少しだけ嬉しい。

その矛盾ごと抱えたまま、

彼はようやく前を向き始めていた。



【STAFF NOTE】



共同生活31日目。



誰にも見せてこなかった過去。



救えなかった患者をきっかけに、

感情を押し殺して生きてきた人が、

もう一度、

誰かと同じ時間を過ごしている。



人は、

過去を忘れることで前に進むのではない。



新しい日常が、

少しずつ過去を書き換えていく。



次回 Scene5

『404 Diary』

Wednesday|10:00 PM



第8回404 Diary。



テーマは、

「あなたと話してみたいこと」



送り主は分からない。



それでも、

返事を書く手は、

これまでより少しだけ長く止まっていた。




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