ROOM 404 ― 恋愛禁止の家で、秘密と恋が始まる ―
Episode36
『近づくほど見えるもの』
― 知れば知るほど、相手の知らない部分が見えてくる。―
Day:Monday(共同生活36日目)
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Scene1
『それぞれの日常』
Monday|Morning
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404 HOUSE。
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平日の朝。
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まだ空気には少しだけ冷たさが残っていて、
窓の外では淡い朝日が、静かな住宅街の屋根をやわらかく照らしていた。
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いつものように、
それぞれが仕事へ向かう準備をしていた。
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キッチンでは、
朝食を食べながら予定を確認するメンバー。
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リビングでは、
出発前の会話が自然に交わされる。
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「今日何時まで?」
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「夕方には戻る。」
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「じゃあ夜ご飯一緒に食べられるね。」
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「うん。冷蔵庫の鶏肉、使っていい?」
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「いいよ。昨日買ったやつでしょ。あと、玉ねぎもある。」
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「じゃあスープにする。」
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そんな何気ない会話。
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最初の頃にはなかった。
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誰が何時に帰るのか。
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誰がどんな一日を過ごすのか。
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いつの間にか、
それを知っていることが当たり前になっていた。
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玄関
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チアキは制服姿で、
スーツケースを確認していた。
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今日はフライトの日。
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「忘れ物ない?」
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ミンギュが声をかける。
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チアキはバッグを確認する。
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「大丈夫です。」
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少し間。
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「……たぶん。」
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その言い方に、
ミンギュが笑う。
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「たぶんって(笑)」
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チアキも笑う。
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「確認します。」
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小さく荷物を開ける姿。
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ミンギュは少しだけ身をかがめて、
中をのぞき込む。
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「パスポートは?」
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「ここです。」
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「充電器は?」
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「入ってます。」
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「薬は?」
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「……入れました。」
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「よし。」
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以前なら、
一人で全部確認して、
誰かに頼ることはなかった。
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でも今は。
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自然に声をかけられる。
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自然に誰かが気にしてくれる。
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チアキはファスナーを閉めながら、
ふとミンギュを見る。
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「そんなに心配ですか?」
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ミンギュは肩をすくめる。
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「心配というか、忘れ物したら困るでしょ。」
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「空港で買えるものもあるけど、パスポートは買えないし。」
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その言い方に、
チアキが小さく吹き出す。
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「それはそうですね。」
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「でしょ。」
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ミンギュは少し得意そうに笑う。
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「あと、朝ごはん食べた?」
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「少しだけ。」
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「少しだけ、って何。」
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「時間がなくて。」
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「じゃあこれ持っていって。」
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ミンギュがキッチンから取ってきた小さな紙袋を差し出す。
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中には、
チアキが好きな甘さ控えめの栄養バーと、
ペットボトルの水が入っていた。
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「……いつの間に。」
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「昨日、買い足した。」
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「前に、移動中に何も食べないと顔色悪くなるって言ってたから。」
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チアキは少しだけ目を伏せる。
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「覚えてたんですか。」
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「覚えてるよ。」
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「そういうの、わりと大事でしょ。」
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その言葉に、
チアキは小さく頷く。
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「……ありがとうございます。」
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駐車場
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ミンギュが車の鍵を持っている。
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「空港まで送るよ。」
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チアキが少し驚く。
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「え、大丈夫です。」
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いつもの返事。
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でも。
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ミンギュは笑う。
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「知ってる。」
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「でも、送る。」
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「今日は朝から忙しいんじゃないですか。」
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「忙しいけど、送る時間くらいある。」
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「それに、チアキが出るときって、なんか家が静かになるから。」
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その言葉に、
チアキは少しだけ困ったように笑う。
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「……そんなことないです。」
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「あるよ。」
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「昨日も、チアキが夜遅くまで資料まとめてたから、みんな妙に静かだったし。」
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「それは、私がうるさかったからでは。」
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「違う違う。」
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「なんか、集中してる人がいると、こっちも気をつかうっていうか。」
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チアキは少しだけ視線を落とす。
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「……ありがとうございます。」
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車へ乗り込む。
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車内
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朝の道路。
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窓の外を流れる街。
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まだ開ききっていない店のシャッター、
通勤途中の人たちの足早な影、
街路樹の葉先に残る朝露が、走り出した車の光を一瞬だけはじいていた。
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二人の会話は、
特別なものではなかった。
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「今日は何時に終わるの?」
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「夜です。帰りは遅くなると思います。」
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「長いフライト?」
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「はい。国際線なので。」
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「大変だね。」
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「でも、慣れてます。」
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「慣れてても疲れるでしょ。」
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「……まあ、少しは。」
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「少しじゃない顔してる。」
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「してません。」
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「してる。」
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ミンギュがそう言って、
信号待ちのあいだにちらりとチアキを見る。
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チアキは少しだけ口元を緩める。
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「ミンギュさんも、今日は朝から現場ですよね。」
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「うん。昼から打ち合わせ。」
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「そのあと、撮影の確認。」
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「じゃあ、忙しいですね。」
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「まあね。」
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「でも、チアキほどじゃない。」
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「比べるものではないです。」
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「そうだけど。」
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「……でも、帰ってきたらちゃんと休んで。」
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その言葉に、
チアキは少し黙る。
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昔なら。
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「大丈夫です。」
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それだけで終わらせていた。
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でも今は。
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「……そうですね。」
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少しだけ素直に答える。
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ミンギュは、
その変化に気づいていた。
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「あとさ。」
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「はい。」
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「昨日の夜、コーヒー飲みすぎてなかった?」
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「え。」
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「キッチンにカップが三つあった。」
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「しかも、全部チアキのじゃない?」
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チアキは一瞬だけ言葉を止める。
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「……見ました?」
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「見たというか、片づけた。」
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「遅くまで起きてたでしょ。」
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「資料が終わらなくて。」
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「だから言ったじゃん。無理しすぎないでって。」
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「でも、あのあとミンギュさんが置いていったお茶、飲みました。」
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「……あれ、飲んだんだ。」
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「はい。少し眠れました。」
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ミンギュは少しだけ嬉しそうに笑う。
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「ならよかった。」
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その一言が、
妙にやさしく響く。
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車はやがて、朝の流れに乗って空港へ向かう。
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窓の外では、雲の切れ間から差す光が少しずつ強くなり、
遠くのビルのガラス面を白く光らせていた。
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空港到着
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「じゃあ、行ってきます。」
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チアキが言う。
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ミンギュは頷く。
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「気をつけて。」
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少し間。
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「帰ってくるの待ってるから。」
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何気なく言った言葉。
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でも。
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チアキは一瞬だけ目を瞬く。
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その短い沈黙のあいだに、
言葉にすれば簡単に壊れてしまいそうなものが、胸の奥で静かに揺れていた。
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ミンギュもまた、
それ以上は何も言わずにいた。
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本当は、引き止めたいわけでも、ただ送り出したいだけでもない。
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ただ、もう少しだけこのまま見送っていたい。
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そんな気持ちを、互いにうまく言葉にできなかった。
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「……はい。」
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いつもの敬語。
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でも。
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その表情は少し柔らかかった。
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チアキが車を降りる直前、
ミンギュがふと思い出したように声をかける。
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「そうだ。」
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「はい?」
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「帰ってきたら、昨日のスープの続き食べよう。」
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「玉ねぎ、まだ残ってるから。」
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チアキは少し驚いて、
それから小さく笑う。
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「……覚えてたんですか。」
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「覚えてるよ。」
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「チアキが『今度はちゃんと食べたい』って言ってたから。」
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「……じゃあ、帰ったら。」
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「うん。待ってる。」
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そのやり取りは短い。
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けれど、
ドアに手をかけたまま、チアキはすぐには降りず、
ミンギュもまた、エンジンを切ったあともしばらくハンドルから手を離せなかった。
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ほんの少しだけ長く続く視線。
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言い足りないまま飲み込んだ言葉。
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離れれば離れるほど、胸の奥に残る温度がはっきりしていく。
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けれど、
そこにはもう、
ただの同居人以上の距離があった。
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【STAFF NOTE】
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共同生活36日目。
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近づくということは、
特別な出来事が増えることではない。
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朝の挨拶。
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帰宅時間を気にすること。
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体調を心配すること。
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「朝ごはん食べた?」
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「薬は入れた?」
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「帰ったら一緒に食べよう。」
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そんな小さな日常の積み重ねが、
いつの間にか相手を大切な存在へ変えていく。
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そして。
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誰かを知ろうとするほど、
その人が隠している部分にも気づいていく。
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次回 Scene2
『仕事の顔』
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家では見えない、
それぞれの外での姿。
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いつも笑っている人にも、
誰にも見せていない顔がある。
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