ROOM 404 ― 恋愛禁止の家で、秘密と恋が始まる ―

Episode36

『近づくほど見えるもの』

― 知れば知るほど、相手の知らない部分が見えてくる。―

Day:Monday(共同生活36日目)



Scene3

『迎えに行く』

Monday|Evening



404 HOUSE。



夕方。



それぞれが仕事を終え、

少しずつ家へ戻ってくる時間。





リビングでは、

夕食の準備をしながら、

今日の出来事を話していた。





「今日疲れた。」



「お疲れ。」



「明日早いんだよね。」





いつもの会話。





けれど、その何気ないやり取りの中にも、

少しずつ積み重なってきた安心感があった。





以前のチアキなら、

こういう輪の中にいても、

どこか一歩引いたまま、

自分の疲れや予定を深く話すことはなかった。





でも今は、

この家の空気に触れるたびに、

「言ってもいいのかもしれない」と思える瞬間が増えていた。





その時。





スマートフォンが震える。





404 HOUSEのグループチャット。





チアキから。





『ごめんなさい。』

『少しフライトが遅れていて、帰宅遅くなるかもしれません。』





その文章を見て、

数人が顔を上げる。





「遅れるんだ。」





スングァンがスマホを見る。





「大丈夫かな。」





自然に出た言葉。





以前なら。



誰かの予定が遅れることを、

ここまで気にしていなかった。





でも今は、

ただ「遅れる」という事実だけでは終わらない。





チアキは今、どんな顔でこのメッセージを打ったのだろう。



疲れているのに、また謝っているのではないか。



迷惑をかけたくない気持ちを、

ひとりで抱え込んでいないだろうか。





「疲れてるだろうな。」



「長時間だったし。」





そんな言葉が自然に出る。





誰かを気にかけることが、

こんなにも当たり前になっていることに、

少しだけ驚く。





リビング





ミンギュも画面を見る。





少し考える。





送ろうとしたメッセージ。





『迎えに行こうか?』





入力して。





一度止まる。





本当に自分が行くべきか。



チアキはきっと、また「大丈夫です」と言うだろう。



それでも、何かしてあげたいと思ってしまう。



ただ気にしているだけでは足りない。





その瞬間。





別の通知。





ジョンハンから。





『迎えに行くよ。』







ミンギュは画面を見る。





少しだけ笑う。





「先越された。」





誰にも聞こえない小さな声。





でも。





嫌な気持ちはなかった。





むしろ、少しだけほっとした。



自分が気にしていたことを、

同じように気にしている人がいる。



それが、妙に嬉しかった。





チアキを気にかけているのは、

自分だけじゃない。





404 HOUSEの全員が、

少しずつ同じ方向を向いている。





玄関





ジョンハンが上着を羽織る。





「行ってくる。」





ユナが顔を上げる。





「気をつけて。」





「うん。」





スンチョルも言う。





「無理して急がなくていいからね。」





ジョンハンは笑う。





「分かってる。」





けれど、その笑顔の奥には、

ほんの少しだけ急ぎたい気持ちがあった。





チアキを待たせたくない。



疲れているだろうから、少しでも早く着いてあげたい。



そんな思いが、

自分でも驚くほど自然に胸の中にあった。





空港





到着ロビー。





人の流れの中。





チアキがスーツケースを引きながら歩いてくる。





少し疲れた表情。





長い移動のあとで、

肩の力が抜けきらないまま歩いているようだった。





でも。





ジョンハンの姿を見つけた瞬間、

少しだけ表情が緩む。





その変化はほんのわずかだったけれど、

ジョンハンにははっきり見えた。



自分を見つけて、安心したのだと。





「ジョンハンさん。」





ジョンハンが手を上げる。





「お疲れ。」





「遅くなってすみません。」





すぐに謝るチアキ。





その声は落ち着いているようでいて、

どこか申し訳なさが滲んでいた。





ジョンハンは首を振る。





「何で謝るの。」





「仕事でしょ。」





その言葉に、

チアキは少し黙る。





謝るのが癖になっている自分に、

ふと気づいたのかもしれない。





「……ありがとうございます。」





ジョンハンはスーツケースの持ち手に目をやる。





「重くない?」





「大丈夫です。」





「本当に?」





少しだけ笑って聞くと、

チアキは小さく息をついた。





「……少しだけ重いです。」





その素直な返事に、

ジョンハンも笑う。





「じゃあ、持つ。」





「でも。」





「遠慮しない。」





そう言って自然に手を伸ばす。





チアキは一瞬だけ迷ってから、

スーツケースを預けた。





その一瞬の迷いに、

ジョンハンは気づいていた。





人に頼ることに慣れていないのだろう。



それでも、今は預けてくれた。



その小さな変化が、なぜだか嬉しかった。





「……すみません。」





「だから、謝らなくていいって。」





「今日は、ちゃんと頼って。」





その一言に、

チアキは少しだけ目を見開く。





以前なら、

こうして誰かに任せることも、

任せてもいいと受け取ることも、

簡単ではなかった。





でも今は。





「……はい。」





短い返事の中に、

少しだけ安心が混じる。





その「はい」は、

ただの了承ではなかった。





誰かに支えられることを、

少しだけ受け入れた声だった。





ジョンハンはそれを聞いて、

胸の奥が静かに温かくなるのを感じた。





車内





帰り道。





夜の道路。





車内には、

穏やかな音楽が流れている。





「今日、大変だった?」





ジョンハンが聞く。





「少しだけです。」





「でも大丈夫です。」





いつもの返事。





けれど、ジョンハンはもう知っている。





チアキの「大丈夫」は、

本当に平気な時だけの言葉ではないことを。





無理をしている時ほど、

その言葉を先に置いてしまうことを。





だからこそ、

今日はその奥を少しだけ見抜きたかった。





ジョンハンは笑う。





「チアキ、それよく言うよね。」





「大丈夫って。」





チアキは少し驚く。





「そうですか?」





「うん。」





「でも。」





「最近は前より、本当に大丈夫じゃない時も言うようになった気がする。」





その言葉に、

チアキは窓の外を見る。





暗いガラスに映る自分の顔は、

少しだけ疲れて見えた。





確かに。





前なら。



何でも一人で済ませていた。





誰かに弱さを見せることは、

迷惑をかけることと同じだと思っていた。





でも今は。





「疲れた。」



「大変だった。」





そんな言葉を少しだけ出せるようになった。





それは、ほんの小さな変化かもしれない。





けれどチアキにとっては、

自分の中の硬い部分が少しずつほどけていくような、

大きな一歩だった。





「……ジョンハンさんが、聞いてくれるからかもしれません。」





自然に出た言葉。





言ったあとで、

少しだけ恥ずかしくなる。



こんなふうに思っていたなんて、

口にするつもりはなかったのに。





ジョンハンは少しだけ視線を向ける。





「俺?」





「はい。」





「聞いてもらえると思うと、少しだけ言いやすいです。」





その言葉に、

ジョンハンは前を向いたまま小さく笑う。





「それ、嬉しいな。」





その一言には、

照れも、安堵も、少しの喜びも混じっていた。





自分が誰かの話しやすさになれている。





それがこんなにも嬉しいなんて、

少し前の自分なら知らなかったかもしれない。





「じゃあ、これからもちゃんと聞く。」





「……はい。」





少し間を置いて、

チアキが続ける。





「でも、ジョンハンさんも無理しないでください。」





「迎えに来るの、当たり前みたいに言ってましたけど。」





「疲れてたら、断ってもよかったのに。」





その言葉には、

気遣いだけではないものがあった。





自分のために動いてくれたことが嬉しい。





でも同時に、

無理をしてほしくない。





そう思えるほど、

ジョンハンのことをちゃんと見ていた。





ジョンハンは少しだけ目を細める。





「断られたら、ちょっと困ったかも。」





「どうしてですか。」





「迎えに行きたいと思ったから。」





その答えは、

あまりにも自然だった。





飾りも迷いもない言葉だったからこそ、

チアキの胸にまっすぐ届く。





迎えに行きたい。





その気持ちが、自分のために向けられていたことが、

静かに嬉しかった。





チアキは少しだけ黙ってから、

小さく笑う。





「……そういうところ、前より分かる気がします。」





「前より?」





「はい。」





「ジョンハンさんが、何を考えているのか。」





「少しだけ。」





ジョンハンは少し驚いたように瞬きをする。





それは、ただの観察ではなかった。





自分を見ようとしてくれている。





そう思うと、胸の奥が少し熱くなる。





「それ、かなり進歩じゃない?」





「そうですか?」





「うん。」





「前は、何考えてるか全然読めなかった。」





「今は?」





チアキは少し考えてから答える。





「今は……優しい人だなって思います。」





その言葉に、

ジョンハンは一瞬だけ黙る。





思わず、息を止めた。





そんなふうに見られていたのかと、

嬉しさが遅れて胸に広がる。





それから、

少し照れたように笑った。





「急にそういうこと言うんだ。」





「だめでしたか。」





「いや。」





「嬉しい。」





短い言葉だったけれど、

それだけで十分だった。





チアキの素直さが、

ジョンハンの中の何かを静かにほどいていく。





404 HOUSE到着





玄関のドアを開ける。





「ただいま。」





「おかえり。」





声が重なる。





その瞬間。





チアキは思う。





仕事から帰ってきた場所。





待っていてくれる人がいる場所。





それは、

少し前まで想像していなかったものだった。





玄関に立っただけなのに、

胸の奥がじんわりと温かい。





誰かに迎えられることが、

こんなにも安心するなんて知らなかった。





ジョンハンがスーツケースを置きながら言う。





「ちゃんと着いた。」





「はい。」





「今日は、迎えに来てくれてありがとうございました。」





そう言うと、

ジョンハンは少しだけ首を振る。





「ありがとうじゃなくていいよ。」





「じゃあ、何て言えばいいですか。」





「……ただいま、かな。」





チアキは少しだけ目を伏せる。





その言葉は、

思っていたよりずっとやさしくて、

少しだけ胸が苦しくなる。





それから、

ほんの少し笑って答えた。





「ただいま。」





その言葉に、

ジョンハンも静かに笑う。





その笑顔を見て、

チアキはようやく気づく。





自分はもう、

この家に帰ってきたことを、

ただの事実としてではなく、

ちゃんと「帰ってきた」と感じているのだと。





【STAFF NOTE】



共同生活36日目。





誰かを大切に思うことは、

一人だけが特別にすることではない。





小さな心配。



小さな気遣い。



小さな「おかえり」。





その積み重ねが、

この家の空気を作っている。





次回 Scene4

『自然な会話』



帰ってきた夜。



いつもの食卓。



少しずつ変わっていく、

チアキと404 HOUSEの距離。




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