ROOM 404 ― 恋愛禁止の家で、秘密と恋が始まる ―

Episode38

『静かな時間』

― 一緒にいる理由は、いつも特別な出来事ではない。―

Day:Wednesday(共同生活38日目)



Scene4

『言わなくても分かること』

Wednesday|Evening



公園を出た二人は、

夕暮れの道を並んで歩いていた。



街は少しずつ夜へ傾き、

空の色だけがゆっくりと変わっていく。



人の声も、車の音も、

いつもの帰り道の輪郭を取り戻していく。



けれど、

チアキとウォヌの間には、

公園で交わした言葉の余韻が静かに残っていた。



たくさん話したわけではない。



過去のすべてを、

打ち明けたわけでもない。



それでも、

相手のことを少しだけ、

前より近くに感じていた。



チアキは隣を歩くウォヌの横顔を一度だけ見て、

すぐに視線を戻した。



踏み込みすぎなくていい。



そう思える相手は、そう多くない。



話したくないことを急かさず、

必要なときまで待ってくれる。



その控えめな優しさが、

思っていた以上に心強かった。



ウォヌもまた、

前を見たまま考えていた。



チアキは、聞いたことをそのまま受け止める。



気を遣いすぎることもなく、

かといって軽く流すこともない。



だからこそ、

自分も少しだけ本音を出してみようと思えた。



拒まれないと分かったからだ。



帰り道



チアキがふと口を開く。



「ウォヌさん。」



「はい。」



「今日、話してくれてありがとうございました。」



ウォヌは少しだけ目を瞬いた。



「何が?」



チアキは考えてから答える。



「過去のこと。」



「話すのって、簡単じゃないと思うから。」



ウォヌは前を向いたまま、

短く息をついた。



「……うん。」



少し間を置いて、

「簡単じゃない」とだけ返す。



それは、飾りのない答えだった。



けれど次の言葉は、

もっと静かで、もっとまっすぐだった。



「でも、チアキなら大丈夫な気がした。」



その言葉に、

チアキは少しだけ目を見開く。



「私?」



ウォヌは頷く。



「うん。」



「聞いたことを、勝手に決めつけないから。」



「そういうところがあると思う。」



チアキは困ったように笑った。



「そんな立派な人じゃないです。」



ウォヌは首を振る。



「そういうところ。」



「自分を低く見積もるところも。」



チアキは黙る。



図星だった。



いつも、

自分より周りを優先してきた。



迷惑をかけないように。



嫌われないように。



そうやって、

距離を測りながら生きてきた。



でも、この家では少しずつ変わっている。



受け止めてもらえるだけで、

こんなにも呼吸が楽になるのだと知った。



ウォヌもまた、

チアキの言葉に救われていた。



大げさに扱わず、

それでもちゃんと見てくれる。



その距離感が、

今はちょうどよかった。



チアキは小さく息を吐く。



「ウォヌさんも。」



「人のこと言えないですよ。」



ウォヌが少し笑う。



「そう?」



「はい。」



「自分のことより、相手のこと考えてます。」



ウォヌは何も言わなかった。



けれど、

否定もしない。



その受け止めるような沈黙が、

チアキには少しうれしかった。



言い返さないのではなく、

ちゃんと聞いていると分かったからだ。



交差点



信号待ち。



二人は並んで立つ。



会話が途切れる。



けれど、その空白はもう苦しくない。



以前なら、

何か話さなければと思っていたかもしれない。



でも今は、

同じ景色を見ているだけで十分だった。



チアキは、

隣のウォヌが自分を急かさないことを知っていた。



ウォヌもまた、

チアキが無理に明るく振る舞わなくていいと

思ってくれている気がした。



その確信が、

二人の間の空気をやわらかくしていた。



チアキが信号を見ながら、ぽつりと言う。



「不思議ですね。」



「何が?」



「最初は、こんなふうに二人で出かけるなんて思ってなかったです。」



ウォヌは少し笑う。



「俺も。」



「最初は、誰かと休みを合わせること自体なかった。」



その言葉に、

チアキも小さく笑った。



「変わりましたね。」



「うん。」



ウォヌは少しだけ空を見上げる。



「変わったと思う。」



その一言には、

無理に言い切る強さではなく、

自然にそう思えるようになった静かな実感があった。



チアキもそれを感じていた。



この人は、

自分の気持ちを簡単には言わない。



だからこそ、

今の言葉が本物だと分かる。



チアキはその横顔を見て、

少しだけ安心した。



404 HOUSE



玄関のドアが開く。



「ただいま。」



「おかえり。」



リビングには、

スニョンがいた。



「二人で出掛けてたの?」



チアキ。

「うん。」



自然に出た返事に、

チアキ自身が少し驚く。



男性相手に、

また自然なタメ口になっていた。



でも、

もう訂正しなかった。



スニョンは気にせず笑う。



「いいな。」



「俺も今度行きたい。」



チアキは笑う。



「今度行こう。」



「うん!」



そのやり取りを見ていたウォヌは、

わずかに口元を緩めた。



以前なら、

誰かと過ごした時間を、

ここまで自然に話すことはなかった。



でも今は、

「楽しかった」と思える時間が、

少しずつ増えている。



ウォヌは、

玄関へ向かう前の帰り道を思い返していた。



言葉にしなくても伝わることがある。



そして、

伝わったと分かる相手なら、

少しずつでも前に進める。



チアキもまた、

リビングの空気に溶け込みながら思っていた。



今日の帰り道で、

この人は自分を急に変えようとしないと分かった。



だから自分も、

この人の前では少しだけ素直でいられる。



それだけで十分だった。



【STAFF NOTE】



近づくことは、

すべてを話すことではない。



言わないことを尊重する。

話せる時を待つ。



その距離感を共有できる相手がいること。



それは、

静かな安心になる。



次回 Scene5

『404 HOUSEへ』



帰宅した二人。



いつもの家。

いつもの時間。



でも。



少しだけ変わった二人が、

戻ってくる。




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