ROOM 404 ― 恋愛禁止の家で、秘密と恋が始まる ―

Episode39

『完璧じゃない自分』

― 誰かに優しくできる人ほど、自分には厳しい。―

Day:Thursday(共同生活39日目)



Scene2

『小さな失敗』

Thursday|Afternoon



ソウル市内。



ミンギュの勤務先。



朝の404 HOUSEとは違う空気。



同僚たちが慌ただしく動き、

会議資料やノートPCが並ぶ。



モニター越しに、

進行状況を確認する声が飛び交う。



その中心で、

ミンギュはいつも通り仕事をしていた。



落ち着いた表情。



的確な判断。



周囲からの信頼。



「ミンギュさん、こっちの数字も見てもらえますか?」



「もちろん。……ここ、前回の資料と少しズレてますね。」



「え、本当ですか?」



「うん。先に直しておいたほうがいいです。」



すぐに気づき、

すぐに伝える。



その一言で、

周囲の動きが止まらずに済むことも多かった。



「ミンギュさんがいると安心します。」



「全部ちゃんと見てくれるから。」



「しかも、言い方がやさしいんですよね。」



同僚の一人が笑う。



ミンギュは照れたように笑う。



「そんなことないですよ。」



「いや、本当に。」



別の同僚がうなずく。



「前も急ぎの修正、すぐ拾ってくれましたよね。」



「おかげで、あのときは大きなミスにならなかったです。」



「たまたまですよ。」



ミンギュはそう返すが、

周囲は誰も本気でそうは思っていない。



彼が信頼されているのは、

ただ仕事が早いからではない。



誰かが焦っていても、

まず落ち着いて話を聞く。



確認が必要なところは、

遠慮なく、でも丁寧に指摘する。



ミスを見つけても、

責めるような言い方はしない。



だからこそ、

同僚たちは自然と彼に頼るようになっていた。



「ミンギュさん、これもお願いしていいですか?」



「はい、見ます。」



「助かります。」



「いえ、こちらこそ。」



そんなやり取りが、

いつものように続いていく。





プレゼンが始まる。



順調に進んでいた。



しかし。



ほんの小さな確認ミス。



本来なら入るはずだった提案資料の一部が、

最新データに差し替わっていなかった。



プレゼンは一度止まる。



「ごめん、一回だけ止めます!」



同僚が声を上げる。



すぐに修正。



数分でプレゼンは再開した。



周囲にとっては、

本当に小さな出来事だった。



「全然大丈夫。」



「すぐ直ったし。」



「気にしなくていいよ。」



同僚たちが笑う。



誰も責めない。



むしろ、

「これくらい誰でもあるよ。」



そんな空気だった。



でも。



ミンギュだけは違った。



一瞬、胸の奥がひやりと冷える。



さっきまで普通に動いていた指先が、

急に自分のものじゃないみたいに重くなる。



モニターを見つめる。



差し替え前のページを開いたまま、

目だけが何度も同じ行をなぞる。



「なんで気づかなかった?」



頭の中で、同じ言葉が何度も跳ね返る。



もう一度資料を確認する。



さらにもう一度。



「……。」



ページをめくる手が止まらない。



確認。



もう一度確認。



さっき見たはずの数字を、

今度は声に出さないまま唇だけで追う。



同僚が苦笑する。



「ミンギュさん。」



「もう大丈夫ですよ。」



「さっきもすぐ対応できたし、十分です。」



ミンギュは顔を上げる。



「うん。」



笑う。



「念のため。」



そう言って、

もう一度だけ資料を見直した。



でも本当は、

念のためではなかった。



あの数分の停止が、

頭の中で何度も何度も巻き戻されていた。



「最初に確認していれば止まらなかった。」



「自分が見落としたせいで、みんなの流れを止めた。」



「たった一箇所なのに。」



「たった一つの差し替えなのに。」



その“たった一つ”が、

妙に重く胸に残る。



誰かが気にしていないことほど、

自分の中では大きく膨らんでいく。





プレゼン終了。



会議室。



同僚が飲み物を差し出す。



「今日はお疲れさまでした。」



「ありがとうございました。」



ミンギュは受け取る。



紙コップの冷たさが、

やけに指先に残る。



同僚の一人が言う。



「さっきのこと、本当に気にしなくていいですからね。」



「ミンギュさんが最初に全体を見てくれてたから、すぐ立て直せましたし。」



「そうそう。あの場で慌てなかったの、ミンギュさんのおかげでもありますよ。」



ミンギュは少し目を丸くする。



「……そうかな。」



「そうです。」



別の同僚が笑う。



「前も、急な差し替えにすぐ気づいてくれましたよね。」



「しかも、こっちが言いにくいことも先に整理してくれるから助かるんです。」



「だから、みんなミンギュさんを頼るんですよ。」



ミンギュは笑う。



「分かってます。」



そう答える。



でも。



その笑顔は、

どこか力が入っていた。



口角だけを上げている感覚がある。



頬の奥が少しこわばって、

うまく笑えているのか自分でも分からない。



「大丈夫」と言われるたびに、

余計に自分の失敗が浮き彫りになる気がした。





同僚たちが部屋を出る。



一人になった会議室。



ミンギュは椅子に座る。



背もたれに体を預けても、

肩の力は抜けない。



目を閉じる。



「……。」



頭の中では、

もう終わったはずの数分前の出来事が繰り返されていた。



資料を開くタイミング。



確認の順番。



止まった空気。



同僚の「ごめん」という声。



その全部が、

ひとつずつ細かく再生される。



「あそこで気づけたはず。」



「確認が足りなかった。」



「もっと早く見れば。」



「なんで、あの一枚を最後まで見なかった?」



誰にも言わない。



誰も責めていない。



それでも。



自分だけは、

自分を許せなかった。



たった一度の見落としなのに、

胸の奥ではそれが“いつもの自分の甘さ”みたいに感じられてしまう。



「ちゃんとしているつもりだっただけだ。」



そんな言い訳が浮かんでも、

すぐに打ち消す。



ちゃんとしていたなら、

止めずに済んだはずだ。



ちゃんとしていたなら、

あの場で誰かに気を遣わせずに済んだはずだ。



そうやって、

失敗の大きさを何倍にもしてしまう。





スマホが震える。



404 HOUSEのグループチャット。



スングァン。



「今日も帰ったらご飯よろしく(笑)」



続いてスニョン。



「期待してるー!」



ミンギュは思わず笑う。



「……。」



短く息を吐く。



その笑いは、

さっきまで胸に溜まっていた重さを少しだけ緩めた。



「帰ろう。」



そう呟いて立ち上がる。



404 HOUSEでは、

きっと今日も、

「おかえり。」

と言ってくれる人がいる。



その場所へ向かう足取りは、

少しだけ軽くなっていた。



【STAFF NOTE】



誰も気にしていない小さな失敗。



でも、

一番許せないのは、

いつも自分自身だった。



期待されること。



頼られること。



それは嬉しい。



でも同時に、

「失敗できない。」

という見えない重さにも変わっていく。



その重さに、

ミンギュはまだ誰にも気づかれていなかった。



次回 Scene3

『気づく人』



夜。



404 HOUSEへ帰宅したミンギュ。



いつも通り笑っている。



でも、

一人だけその違いに気づく人がいた。




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