ROOM 404 ― 恋愛禁止の家で、秘密と恋が始まる ―

Episode39

『完璧じゃない自分』

― 誰かに優しくできる人ほど、自分には厳しい。―

Day:Thursday(共同生活39日目)



Scene3

『気づく人』

Thursday|Evening



404 HOUSE。

夕方。

玄関のドアが開く。

「ただいま。」

ミンギュが帰ってくる。

いつも通りの声。いつも通りの笑顔。

リビングでは、夕食の準備が進んでいた。

スングァンがテレビを見ながら笑い、スニョンはキッチンでつまみ食いをしている。

「こら。」

チアキが笑いながら言う。

「まだ味見。」

スニョンは肩をすくめる。

「味見も仕事だから。」

リビングに笑い声が広がる。

その輪に、ミンギュも自然に加わる。

「何それ(笑)」

笑う声はいつも通りだった。

でもチアキは、一瞬だけその顔を見つめた。

何かが違う。

大きな違いじゃない。けれど、どこか少し疲れて見えた。



キッチン

夕食の準備を手伝おうと、ミンギュがエプロンをつける。

「何かやる?」

チアキは振り向く。

「じゃあ、お皿お願い。」

「了解。」

皿を並べるミンギュの動きは、今日は少し慎重だった。

一枚置いては位置を直し、また確認する。

チアキは何気なく見ていた。

「……今日は、やけに丁寧だね。」

そう言うと、ミンギュは少し目を丸くする。

「え、そう?」

「うん。いつもはもう少し早い。」

「雑ってこと?」

「そこまでは言ってない。」

「今の、ちょっと傷つくんだけど。」

わざとらしく肩を落とすミンギュに、チアキはくすっと笑った。

「でも、今日は丁寧。」

「……バレた?」

「うん。なんか、気をつけてる感じする。」

ミンギュは手を止めて、苦笑する。

「そんなに分かる?」

「分かるよ。いつもよりちょっと静かだし。」

「……静か?」

「あと、さっきから何回も皿の位置直してる。」

「見てたの?」

「見えるよ、普通に。」

ミンギュは思わず笑って、少し肩の力を抜いた。

「なんか、恥ずかしいな。」

「別に変じゃないよ。」

チアキは少し声を落とす。

「ただ、疲れてるのかなって思っただけ。」

ミンギュが顔を上げる。

「え?」

「何となく。今日は少しいつもと違う。」

ミンギュは言葉を探してから、少し笑った。

「……そんなに分かる?」

「うん。」

チアキは包丁を置いて、ミンギュを見る。

「いつも一緒にいるから。」

自然に出た言葉だった。

それ以上でも、それ以下でもない。

でも、その一言がミンギュの胸に静かに残る。

チアキは鍋の火を弱めながら、首を傾げた。

「それで、何かあった?」

ミンギュは一瞬黙る。

聞かれると思っていなかったわけじゃない。けれど、その聞き方が自然で、逃げ道がなくなる。

「実は。」

ミンギュは少し笑う。

「今日、小さいミスしちゃって。」

チアキは黙って聞く。

「誰も気にしてなかったんだけど、俺だけ気になっちゃって。」

少し照れくさそうに笑う。

「引きずってる。」

チアキは少し考えてから、やわらかく笑った。

「ミンギュらしい。」

「え?」

「ちゃんと責任感じるところ。」

それから、少し首を傾げる。

「でも、たまには自分にも『大丈夫』って言ってあげてもいいんじゃない?」

静かな声だった。

ミンギュは目を伏せる。

誰かにそう言われたのは、いつ以来だろう。

「……難しいな。」

小さく笑うと、チアキも笑った。

「私もだから。」

「『大丈夫』って言い過ぎる人同士だね。」

ミンギュは吹き出す。

「確かに。」

その瞬間、今日初めて肩の力が少し抜けた。

チアキは鍋をかき混ぜながら言う。

「ねえ、味見してみる?」

「いいの?」

「うん。ちょっとだけ。」

ミンギュはスプーンを受け取り、一口食べて目を見開いた。

「おいしい。」

「ほんと?」

「ほんと。」

「よかった。」

ほっとしたように笑ったあと、チアキは続ける。

「でも、もう少し塩足してもいいかも。」

「え、今の『おいしい』は?」

「おいしいよ。でも、もっとおいしくなる。」

「……急に厳しい。」

「料理には厳しいの。」

そう言いながらも、声はやわらかい。

ミンギュは塩を手に取る。

「じゃあ、少しだけ。」

「うん。お願い。」

鍋に塩をひとつまみ入れると、チアキがすぐに混ぜる。

その手元は思ったより近く、肩が触れそうで触れない距離だった。

「……チアキって、料理するときも丁寧だよね。」

「そう?」

「うん。なんか、全部ちゃんと見てる感じ。」

チアキは火加減を確かめる。

「失敗したくないだけ。」

「でも、失敗しても大丈夫そうだけど。」

「そう見える?」

「見える。」

即答すると、チアキは少し目を細めた。

「それ、褒めてる?」

「褒めてる。」

「……なら、ありがとう。」

少し沈黙が落ちる。

でも気まずくはない。

鍋の煮える音と、遠くのリビングの笑い声が、その間を埋めていた。

ミンギュはふと、チアキの横顔を見る。

さっきまで自分のことを気にしていたのに、もう自然に手を動かしている。

その切り替えの早さが、少し頼もしい。

「チアキ。」

「ん?」

「……ありがとう。」

チアキは手を止めずに、少しだけ目を向ける。

「何が?」

「気づいてくれて。」

チアキは一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑った。

「別に。」

「別にじゃないよ。」

ミンギュは少し真面目な顔になる。

「今日、誰にも言ってなかったから。気づいてもらえると思ってなかった。」

チアキは火を止めて、静かにミンギュを見る。

「気づくよ。」

その一言は、さっきより少しだけ近かった。

「ミンギュが、無理して笑うとき。」

「……そんなに分かる?」

「分かる。いつもより、ちょっとだけ目が笑ってない。」

ミンギュは苦笑する。

「それ、かなり見られてるね。」

「うん。でも、見てるつもりはなかった。気づいたら見てた。」

妙に素直な言い方だった。

ミンギュは視線を落とす。

「……そっか。」

チアキは少し間を置いて、やわらかく言う。

「だから、無理に元気じゃなくてもいいよ。ここでは。」

その言葉に、ミンギュは静かに息をつく。

誰かにそう言われるだけで、こんなに楽になるなんて。

「……うん。」

小さくうなずく。

「じゃあ、今日はちょっとだけ甘えようかな。」

「うん。」

「何か手伝って。」

「もう手伝ってる。」

「そうだった。」

ミンギュが笑うと、チアキもつられて笑った。

その笑い方は、さっきより少しだけ近い。



リビング

「ご飯できたー!」

スングァンの声が響く。

「やっと!」

スニョンが席へ向かう。

いつもの夜。いつもの笑い声。

ミンギュはチアキの隣を歩きながら、小さく言う。

「ありがとう。」

チアキは振り向く。

「どういたしまして。」

その笑顔は、誰かを励まそうとして作ったものじゃなかった。

ただ、隣にいる人へ向ける、いつもの笑顔だった。



【STAFF NOTE】

人は、心配している相手の小さな変化には、驚くほど敏感になる。

言葉より先に、表情で気づく。仕草で気づく。沈黙で気づく。

「今日、疲れてる?」

その何気ない一言は、誰よりも先に、ミンギュの心へ届いていた。

次回 Scene4

『できないって言えない』

食後のデザート。

ほんの小さな失敗。

そして、思わずこぼれた本音が、404 HOUSEの空気を少しだけ静かに変えていく。




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