ROOM 404 ― 恋愛禁止の家で、秘密と恋が始まる ―

Episode43

『笑顔の理由』

― 笑顔は、強さの証とは限らない。―

Day:Monday(共同生活43日目)



Scene4

『変わらない笑顔』

Monday|Evening



仕事を終えた夕方。



ソウルの駅前。



空は少しずつ夕暮れ色へ変わり、

仕事帰りの人たちが改札を行き交っていた。



チアキは空港から戻り、

改札を抜ける。



肩には仕事用のバッグ。



長い一日を終えた疲れはある。



それでも、

404 HOUSEへ帰る足取りは以前より軽かった。



「……あ。」



前から歩いてくる人影。



キャップを深くかぶり、

大きなバッグを肩に掛けたスニョンだった。



「チアキ!」



スニョンが笑う。



その声はいつも通り明るく、軽やかだった。

けれど、その笑顔の奥で、胸の奥に沈めた疲れがわずかに軋む。

今日も平気なふりをしなければいけない。

そう思った瞬間、ほんの少しだけ呼吸が浅くなる。

それでもスニョンは、何もなかったように口角を上げた。



チアキも自然と笑顔になる。



「スニョンさん。」



「また会ったね。」



スニョンが笑いながら言う。



その笑い方は軽いのに、どこか無理に明るさを引き寄せているようにも見えた。

本当は、今日は少しだけ立ち止まりたかった。

誰にも気づかれない場所で、肩の力を抜きたかった。

でも、そんな弱さを見せるのはまだ早い気がして、スニョンはいつもの調子を崩さない。



チアキも思わず笑う。



「本当だ。」



「最近よく会うね。」



「帰る?」



「うん。」



「一緒に帰ろ。」



「うん。」



二人は並んで歩き始める。



帰り道



夜風が少し涼しい。



車の音。



信号待ちの人たち。



何気ない帰り道。



スニョンは、

いつものように話し始める。



「今日ね。」



「レッスンでさ。」



身振り手振りを交えながら、

面白そうに話す。



けれど、その言葉のひとつひとつを選ぶたび、頭のどこかでは別のことを考えていた。

疲れているのに、疲れていないふりをする。

笑っていれば、誰にも心配されない。

そうやって何度も自分を納得させてきたはずなのに、今日は少しだけ、その仮面が重い。

それでもスニョンは、話すことをやめない。

止まってしまえば、胸の奥に溜め込んだものがこぼれそうだったから。



チアキは笑いながら聞く。



「それ大変だったね。」



「でしょ?」



「でも先生に笑われた(笑)」



二人で笑う。



いつものスニョン。



誰よりも明るくて、

誰よりも場を盛り上げる人。



でも。



チアキは、

ふと違和感を覚えた。



笑っている。



ちゃんと笑っている。



それなのに、

少しだけ。



疲れて見えた。



歩幅。



呼吸。



笑ったあと、

ほんの一瞬だけ表情が戻る速さ。



その小さな違いに、

自然と気づいてしまう。



スニョン自身も、その違和感に気づいていた。

笑顔を作るたび、頬の筋肉が少しだけこわばる。

大丈夫だと口にするたび、心のどこかで小さく反発する声がする。

本当は、今日は誰かに「無理しなくていい」と言ってほしかったのかもしれない。

けれど、そんな言葉を待っている自分を認めるのが怖くて、スニョンはまた笑った。



チアキは少しだけ歩く速度を落とした。



「……スニョンさん。」



「ん?」



「今日。」



少し迷う。



でも、

そのまま聞いた。



「疲れてる?」



スニョンは一瞬だけ止まる。



ほんの一瞬。



その問いは、思っていたよりずっと優しかった。

だからこそ、胸の奥に隠していたものが少しだけ揺れる。

気づかれたくなかった。

でも、気づいてほしくもあった。

その矛盾が、スニョンの中で静かにぶつかり合う。



それから、

いつもの笑顔になる。



「ちょっとね。」



短い返事。



それ以上、

何も言わない。



本当は、少しだけしんどい。

本当は、今日は笑うたびに少しだけ息が詰まる。

本当は、誰かに寄りかかりたい気持ちを、ずっと押し込めている。

けれど、そこまで言ってしまえば、きっと自分はもっと弱く見えてしまう気がした。

だからスニョンは、それ以上を飲み込む。



チアキも、

それ以上聞かなかった。



「そっか。」



それだけ言って、

静かに歩く。



無理に理由を聞かない。



話したくなったら、

きっと話してくれる。



そんな気がした。



その沈黙は、

不思議と居心地が悪くなかった。



スニョンは横を歩くチアキを見て、

少しだけ笑う。



「ありがと。」



チアキが振り向く。



「え?」



「いや。」



「何となく。」



「気づいてくれたから。」



少し照れくさそうに笑う。



その笑顔は、やっぱり優しかった。

でも、その裏でスニョンは、自分でも気づかないほど小さく息を吐いていた。

気づかれたことが嬉しい。

それなのに、これ以上踏み込まれたら崩れてしまいそうで怖い。

そんな気持ちが、静かに胸の中で絡まっている。



チアキも、

柔らかく笑った。



「いつも一緒にいるからね。」



その一言に、

スニョンは少しだけ目を細める。



「そっか。」



「それなら嬉しい。」



「じゃあ、もう少しだけ頑張れる。」



本当は、もう少しだけじゃなく、誰かに「頑張らなくていい」と言ってほしかった。

けれど、そう言われたら今の自分が保てなくなる気もして、スニョンはあえて前を向く。

笑顔のままなら、まだ歩ける。

まだ大丈夫だと、自分に言い聞かせる。



「無理はしないで。」



チアキがそう返すと、

スニョンは小さく笑った。



「うん。チアキがいるし。」



その言葉は軽く聞こえるのに、実際にはずっと支えを求めていた心の奥からこぼれたものだった。

頼っていいのか迷いながら、それでも口にしてしまう。

その瞬間だけ、張りつめていたものが少し緩む。



「……それは、ずるい。」



チアキの言葉に、

スニョンは楽しそうに肩を揺らす。



二人はまた歩き出す。



404 HOUSE



玄関のドアが開く。



「ただいま!」



スニョンが先に声を出す。



その声は明るい。

けれど、家に入った瞬間、外で張りつめていた気持ちが少しだけほどけて、見えない疲れが肩にのしかかる。

誰にも見せないようにしていた重さが、ようやく自分のものとして戻ってくる。

それでもスニョンは、笑顔を崩さない。



リビングから、

すぐに返事が返ってくる。



「おかえり!」



「お疲れ!」



いつもの404 HOUSE。



チアキは靴を脱ぎながら、

その温かい声に小さく笑う。



キッチンへ向かう。



冷蔵庫を開ける。



牛乳を取り出す。



ココアパウダー。



小さな鍋。



スニョンが不思議そうに近づく。



「何作ってるの?」



チアキは振り返る。



「ココア。」



「今日は甘いもの飲んだ方がいいかなって思って。」



スニョンは少し笑う。



「俺?」



「うん。」



「疲れてる時って、甘いもの飲みたくならない?」



スニョンは照れくさそうに笑う。



その問いに、胸の奥が少しだけ痛む。

本当は、甘いものが欲しいのは自分のほうかもしれない。

温かいものに触れて、何も考えずに息をつきたい。

でも、そんな本音を見せる代わりに、スニョンはいつものように軽く笑った。



「なる。」



「じゃあ正解。」



温かいココアをマグカップへ注ぐ。



チアキは両手で持って、

スニョンへ差し出した。



「はい。」



スニョンは受け取る。



「ありがとう。ちょうど飲みたかった。」



「ほんと?」



「うん。チアキ、わかってるね。」



マグカップの温もりが、

冷えた手へゆっくり伝わる。



その熱が、少しだけ張りつめていた心にも届く。

一口飲む。



「……美味しい。」



小さく笑う。



その笑顔は、さっきまでより少しだけ自然だった。

ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。

誰かに気づかれて、何も言われず、ただ温かいものを差し出される。

それだけで、こんなにも救われるのかとスニョンは思う。



「ありがとう。」



チアキも笑う。



「どういたしまして。」



「明日もこれ、お願いしていい?」



「うん。スニョンさんが疲れてたら。」



そのやり取りを、

少し離れたリビングから見ていたスングァン。



何も言わず、

少しだけ微笑んだ。



404 HOUSEでは、

誰かが疲れていれば、

誰かが自然と隣へ行く。



そんな毎日が、

もう当たり前になっていた。



【STAFF NOTE】



優しさは、

理由を聞くことだけじゃない。



何も聞かずに、

温かい飲み物を渡すこと。



静かに隣を歩くこと。



「疲れてる?」



その一言だけで十分な日もある。



共同生活43日目。



笑顔の裏側へ、

少しだけ近づいた人がいた。



次回 Scene5

『何気ない会話』

夕食後。



リビングで始まるストレッチ。



「身体柔らかいね。」



何気ない会話から、

また一つ、

優しい時間が生まれていく。




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