01




 日々、教育番組を眺めながら過ごす。身近に子どものお手本がいないので、テレビの向こうの誰かを見本にしてみようという試み。
 まぁ早々に破綻して、年不相応な行動をするぼろを出してしまったけれど。自分のことは自分でできる、一度は自立した大人なので……。けれどやっぱり両親は気にしていないようで、あらあらまぁまぁ、ふーんすごいね、で受け入れてくれた。子どもらしくない行動?それも個性だよね!といった感じ。
 これは気にするだけ無駄だな、と察して自由に行動することにした。家族が気にしないならヨシ!

 だから着替えは全部自分で出来るし、簡単な朝ごはんの用意なら自分で出来る。さすがに火は使えないので、焼かないままの食パンに苺ジャムを乗っけて、牛乳をお供にするだけだけれど。
 別に毎日自力でしているわけではなく、今日みたいに両親が朝から忙しくて、私にかまけている暇が無さそうだなぁ、と察した時はそうしているだけである。決してネグレクトされているわけではない。どちらかと言うと甘々な両親だ。

 そんな両親が、先述した通り今日は朝から慌ただしい。
 正確には、慌ただしく動いているのはお母さんだけで、お父さんはゆらゆら舟を漕ぎながらリビングのソファに座っている。たまに「ほら両手上げて」「ちゃんと立ってちゃんと穿いて」とお母さんがお父さんのお世話を焼く。子どもがもう一人いるみたいだ。
 私はそんな二人をダイニングから眺めながら、パンの最後のひとかけらを飲み込む。
 ごちそうさま、と両手を合わせていると、向かいの席にお母さんが座った。どうやら準備が終わったらしい。紺色の落ち着いた雰囲気のドレスに、いつもより華やかな化粧をした母は贔屓目なしで美人だった。
 ちらりとリビングのお父さんを見れば、外行きの恰好のちょっと洒落たスリーピーススーツを着込んでいて中々に格好いい。長ったらしい前髪も今日は後ろに撫で付けられていて、いつもは見えない立派なオデコが見えている。
 二人とも着飾ってどこかに行くのかな、と口の周りに着いた牛乳を舐めつつ考えていると、向かいのお母さんがこちらに手を伸ばし、近くに置いていたタオルハンカチで口を拭ってくれた。

「ごめんねまぁちゃん。お母さんたちお出掛けしなきゃいけないの、すっかり忘れてて」
「どこいくの?」
「お父さんが作品を出している美術展よ。主催者さんたちに挨拶と、夕方のパーティーに軽く顔を出したら帰ってくるから」

 美術展とパーティー。ちょっと馴染みのない言葉を頭の中で反芻して、中々に重要な催し物なのではないかなと思う。そんなことをすっかり忘れてしまう両親は中々に大物だ。あんまり真似しちゃいけない方で。
 ふーん。と気の無い返事を返してしまったけれど、現時点で私はなんの用意もしていないのだからご用はないのだろう。この様子だと私はお留守番かな?なんちゃって三歳だから余裕でお留守番できますよ!
 今日は何して遊ぼうかな。スマホがあったら一日なんて溶けるようになくなるのにな。あと十年くらいおあずけかな……。
 脚をぶらぶらさせながら文明の利器に思いを馳せていると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。お母さんが「はーい」と返事しながら玄関に向かう後ろ姿を見送る。こんな日に来客とは間が悪い。

「……迎えだ……」

 リビングのお父さんがのそりと動き出す。いきなり呟いて立ち上がるのは止めてほしい。呟いたセリフの内容も内容で、なんかちょっと不穏さを感じてしまう。
 そのままお父さんが玄関に向かうので、私もちょろちょろと後ろに付いて行くことにした。玄関口から少し離れた場所で立ち止まったお父さんの脚に隠れて様子を窺えば、黒髪黒目で中肉中背の、あまり特徴のないビジネススーツ姿の男性が母と会話していた。

「えぇ!?まひわちゃん置いていくつもりなんですか!??」
「ええ。美術展なんて子どもには退屈過ぎるでしょうし、パーティーだって子ども向けではないし。それなら家にいて好きなことをさせてあげた方が良いよね、ってあの人と話し合って決めたの」
「いやいやいやいや。退屈とかそういう話じゃなくてですね……。あ、シッターを雇ったんですか?」
「そんな。シッターなんてお願いしなくてもまぁちゃんなら大丈夫よ」
「普通は大丈夫じゃないんだよなー!!」

 ごめんね初めて会った人。私普通じゃないんです。シッターさんなんて雇われたら何が起こるか分からないし、一人残して行ってもらった方が大変助かるんです。

「まひわちゃんまだ三歳ですよね?三歳児に一人で留守番とか聞いたことないんですけど!??」
「今聞いたじゃあないかぁ」
「そういう問題じゃないでしょう!」

 お父さんの半笑いでの発言に、男性がポコポコと怒る。
 ……言われてみれば確かに、普通であれば三歳児に一人で留守番をさせようなんて正気じゃあない。けれど私の中身は二十余年を生きた記憶があって……、なんてことは言えないため、傍目からみると幼い子どもを一人家に置いて外出しようとしている状態になってしまう。
 普通なら思い至るだろうけれど、この両親はちょっとズレているからな……。それが過ごしやすいので助かっているのだけれど。
 美術展の挨拶やパーティーへの参加を見送るわけにはいかないだろうし、このままだと私も連れて行かれるんだろうか。面倒臭いし行きたくないな。
 どうにかならないかな、と成り行きを見守っていれば、お母さんが「あら、それならいい案があるわ!」と笑顔で手を打った。動作がいちいち可愛いなぁ。

_ _ _
「鳥澤 まひわです。おせわになります」
「はい、よろしくねまひわちゃん!お母さんたちが帰ってくるまで、今日はうちでいいこにしていましょうね!」

 舌足らずの挨拶と、子どもらしいまあるい頭を下げて挨拶すれば、目の前の女性はニコリと微笑み歓迎してくれた。いい子のお返事を返せば頭を撫でてくれ、家の奥に向かって誰かを呼ぶ。
 現在地はお隣さんの家だ。
 お母さんが思い付いたのは、シッターではなくご近所さんに私を預けることだった。私の身長より高い垣根を挟んだお隣さん、それなりに大きくて立派なお宅である。
 どうやらお隣さんには私と同じくらいの年齢の子どもがいるらしく、母親同士は会話も合って良好なご近所付き合いを頻繁にしていたらしい。それこそ、当日いきなり子どもを預けられても不快に思わず、即快諾してくれるくらいには。
 人間関係って大事だなぁ。

 知らない家に緊張してキョロキョロしつつ、通されたリビングで今日はヘマしないようにと気合を入れる。短い手足で転んで家の中の物を壊す、なんてことはしてはいけない。振りじゃない。全くもって振りじゃあない。
 お隣さんとしばらく待っても、呼ばれた誰かが部屋に入ってくる様子はなかった。頭上から小さな溜め息が聞こえ、「ちょっと待っていてね」と知らないリビングに一人置いていかれてしまう。心細い。
 所在なく佇み待っていれば、女性が見知らぬ男の子の両脇を持ち上げて連れて来た。む、無理矢理だぁ。
 女性に「はい到着〜」と私の目の前に降ろされた男の子は、不満げに口を尖らせそっぽを向いている。
灰色がかった赤系の髪色だけでも珍しいが、その髪型も特徴的だ。親の趣味だろうか。身長は私よりいくらか高い。眉間に薄く皺を寄せ、ちらちらと向けられる視線には確かに警戒心が透けて見える。

「はじめまして、鳥澤 まひわです。さんさいです」
「……かきょういん、のりあき、です。……五さいです」
「ノリアキ君、よろしくね」

 不本意そうな自己紹介に笑顔で応えれば、ノリアキ君は小さく頷いた。掴みは良いようである。
 ノリアキ君のお母さんが「この子人見知りなのよ、ごめんね」と言って彼の頭を撫でる。それに何と答えるべきか分からず、気にしませんの意思表示として大きく首を横に振った。子どもの頃の人見知りなんて可愛いものだ。
 ブンブンブンブン頭を振って目が回りよろけた私を、ノリアキ君が慌てて手を掴んで支えてくれた。感謝を言えばちょっと迷った後、「……どういたしまして」と顔を赤くする。優しいし可愛い!これは仲良くなるしかない!!

 二人で仲良く遊んでねと子ども部屋に押し込まれた。暗に一人行動は許しませんと言っている。私は全然いいけれど、ノリアキ君はそわそわしていてちょっと落ち着かなさそうだ。
 部屋の扉付近で固まるノリアキ君の隣に立ち、様子をうかがう。視線だけが部屋の中をぐるぐる回っているので、母親の言いつけを守って二人で遊ぶにはどうすればいいのか、を考えているのかもしれない。ノリアキ君って友達いないのかな……。つまり私が初めての友達、……ってこと?は??素敵なことでは???

「本、よもう?」
「いいよ!」

 ついに歩き始めたノリアキ君の後ろを付いて行けば、子ども用の背の低い本棚へと向かった。そこでもまた悩んで、抱えるくらいの大きさの図鑑を手に取る。他にもシリーズとして出された図鑑がしまわれていて、親の趣味かノリアキ君の趣味かちょっと気になった。私はとりあえずシリーズを揃えるだけ揃えて満足する派だ。
 二人で床にぺたりと座り、置かれた図鑑の表紙を見る。きらきら輝くような宝石たちの写真が載った表紙だ。題名は『宝石・鉱物の図鑑』。渋い選択したねノリアキ君。
 パラパラとノリアキ君にページをめくってもらいながら、たまに「きれいだね」「きらきらしてる」「とげとげだぁ」と軽い感想を混ぜる。三歳の子どもの感想ってこのくらいだよね……?
 たまにページをめくる手が止まる時があるが、興味深げにジッとどれかを見つめているので静かに待つ。その際の視線の先に載っているのは緑色の宝石や鉱石だ。

「みどりいろすきなの?」
「んー……、うん。ぼくのともだちみたいできれいだから」
「ふーん」

 緑色のお友達とは??
 疑問符いっぱいの視線をノリアキ君に向けるけれど、ノリアキ君が私の方を見ないので視線に気が付いてくれる様子はない。つい気の無い返事をしてしまったのも原因かもしれないけれど。
 まぁ子どもは時々不思議なことを言うものだから、あんまり気にしても仕方が無いだろう。

 ぺらりぺらりとページが捲られていく。キラキラしてて綺麗だなぁと軽い感想を抱きながら、ちょっとした違和を感じた。
 なんだろう……?
 首を傾げながら視線を部屋の中に巡らせるも、それらしい何かは見当たらない。気のせいだろうか。知らない家の知らない部屋だから気が張っているのかもしれない。
 読書へと意識を戻して、次に隣のノリアキ君を見て、ハッと気が付く。
 ……ノリアキ君の両手が床に付いてるのに、ページが捲られている……???

「(か、かいきげんしょうだ!!!)」

 口に手を当て慄くも、ノリアキ君は変わらず図鑑を眺めていた。気が付いていないのだろうか?それともまったく気にならないほど、いつものこと、なんだろうか。
 部屋の主であるノリアキ君が騒がないのに、今日初めて来た私が騒ぎ立てるのも違う気がして、私はお口にチャックする。気味が悪い感じもしないし、たぶん悪いものでもないのだろう。半ば無理矢理ではあるものの、受け入れることにした。
 それでも気になるものは気になるので、ペラペラと捲られるページの端の方を注視してしまう。
 ジッと見つめて見つめて、うっすらとだがキラキラと輝く薄緑色の何かが見えた。気がした。
 その薄緑色の元を追えば、私と反対側のノリアキ君の隣に、彼と同じくらいの大きさの緑色の何かがいる。気がする。
 気がした、気がする、と言ってしまうのも、見えたと思った次の瞬間には靄のように消えてしまうからだ。やっぱり幽霊じゃない?緑色の幽霊かぁ。……エクボかな??実はここってモブサイコの世界だったりする???
 だとしても私に超能力なんてないし、それこそ本当のモブになるしかないなぁ。
 ハァ、と小さく吐いた溜め息はノリアキ君にもばっちり聞こえたようで、「つまらなかった?」と不安げに問われる。

「そ、そんなことない!おもしろいよ!」
「どこがおもしろいの?」
「え!?えーっと、あ、きらきら!いっぱい!おもしろいよね!!?」

 突然の質問にどう答えていいか分からず、中身のない感想で半ばゴリ押す。勢いに押されたノリアキ君も、びっくりして目を見開きながらも「それならいいんだ」と言ってくれたのでそれでいいのだ。

 それから昼食と夕飯で呼ばれた時と諸々以外の一日中、ノリアキ君と本を読んで過ごした。時々五歳の子どもにしては難しい本も出てくるので、きっと頭の出来が良いんだろうなぁと思う。……思うのだけれども、私は時折見える薄緑色の靄のせいでそれどころでない。
 集中できないせいでノリアキ君には「つまらない?」って頻繁に訊かれるし……。つまらなくないです楽しいですなのでそんな悲しそうな顔しないでください。

「……つぎは、もっとたのしいの、よういしておくね。だからまたあそぼう?」
「うん!!」

 それでもノリアキ君に遊び相手として認められたらしい。喜びのあまり大きな声で返事をして、顔を顰められてしまった。エンッ、物静かなの好きそうだもんね、ごめんね。

 次は名前を呼んでもらうことが目標である!
 初めてのお友達までの道程は遠い……。


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20250421



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